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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
20/63

19:呼ばれてきた男



 昼食をとった後も、公一たちの仕事はいくらでもあった。

 靴磨き、ナイフ磨き、家畜の世話、庭の手入れ、書庫の防虫剤の取り換え、洗濯物の取り込み――次から次へと。一時間に五分ほどの休憩を挟みながら、公一たちは働き続けた。


「すべて畳めたようですね。ではしまうのは私がやっておきますので、また台所の方へ行ってください」


 時間は午後五時。洗濯物のアイロンがけをして畳んでいた士郎たちは、様子を見にやってきたナンシーにそう言われた。


「台所というと、夕食の準備ですか?」

「それもありますが、その前にジェイン様のおやつの時間を持って行ってください。毎日、今頃には執務室で吠えていらっしゃいますので、気を休ませて、落ち着かせてあげるのです。はい」


 吠える? と公一が首を傾げたが、ナンシーは微笑むばかりで答えてくれなかった。いいから早く台所に向かうようにと促され、執務室前にやってきた公一たちが聞いたのは、


「ウガァァァァァッ‼」


 扉越しからでも響く、猛獣の如き大音量であった。


「いやぁ、執務室のライオンは、今日は『唸り』を超えて『雄叫び』のレベルですねー」


 執務室に公一たちを案内してくれたミシェルがおっとりと言う。どうやら、これはこの屋敷ではいつものことらしい。ミシェルがノックするが、雄叫びが続くばかりで返事はない。仕方なく、雄叫びがやむまで待つこと約一分。静寂が訪れてから、再びミシェルがノックすると、ジェインの入れという声がした。


「いやぁ、おやつの時間ですよー」


 ミシェルがドアを開け、公一たちに入るように促す。公一がお茶とクッキーを乗せたトレイを持って入ると、執務室の机に山のように積まれた書類と、机に上半身を倒れ込ませ、うつ伏せになっているジェインの姿があった。


「あの、ダーリング様、大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ。いつものことだ。いつもどおりの書類の無間地獄だ」


 チラリと顔を起こして公一に答えるジェインの顔は、昼の笑いが消え失せ、生気を絞り上げられたように疲れ切っていた。


「いやぁ、毎日のことなのでお気になさらず。まぁ紅茶を一杯」


 ミシェルが、ナピの持っていたポットとティーカップを手に取って机に並べ、レモンの輪切りを入れたカップに紅茶を注ぐ。その間に、エレが甘味を抑えたクッキーを置いた。


「……大変ですね」

「まぁな。書類仕事を任せられるのがナナしかいないし、今日はナナも君らに仕事を教える仕事をしているから、手伝ってもらえない……。早く仕事を憶えてくれよ?」


 公一にほとんど哀願という様子で言いながら、ジェインはレモンティーを口にした。普通はレモンを入れるのは飲む直前に入れ、皮から苦みが出る前に引き上げるものだが、ジェインはレモンを入れたまま飲むのが癖になっている。なお、砂糖は入れない。


「はい、努力します」


 心から答えた公一は、ジェインの前に置かれた書類の一部を、ふと目にする。『税金の徴収結果』『作物の収穫量の見込み』『橋の修繕に伴う出費予測』『路地の舗装計画』『犯罪者の逃走経路についての報告』などなど……多岐に渡るもので、しかもそれぞれが領地経営と統治において重要なものばかり。


「おっと、あんまり見ないでくれ? 一応、機密情報も混ざっているからな」

「あっ、ごめんなさい」


 書類に向けられる視線を手で遮るジェインに謝り、公一は自分と幾らも変わらない年齢のジェインが毎日行っているという仕事量に感心し、そして心配する。


「……手伝えもしない身で、余計な口出しかもしれませんが」

「ん?」

「無理はしないでください。僕ら、本当に頑張って早く仕事を憶えますから」


 ジェインはそう言われ、少しびっくりしたように目を丸くした。


「あ……やっぱり、余計なことでしたか?」

「え? い、いやっ! そんなことはないぞ! うむ、心配してくれてありがとう。無理はしないさ」


 慌てて手を振り、ジェインは落ち込む様子の公一に感謝の意を伝える。そしてレモンティーを口にして、フウと息をつく。


「それでどうだ? お前たちの方こそ、無理はしてないか?」

「大丈夫です。皆さん、丁寧に教えてくれますし、僕も体力は……なんか、結構あるようなので」


 実際、精神的にはともかく肉体的にはほとんど疲労を感じていない。公一自身、こちらの世界に来てから自分の体力がどこまでのものになったのか、把握できていない。


「うん、そのようだな。見た目、細いのになぁ」


 昨日の戦闘を見て、公一の身体能力は見た目では測れないと知っているジェインであるが、筋肉質でもない公一の見た目と、実際の力とが嚙み合わない違和感に、首を捻る。


「まあ、上手くやっているならそれでいいんだけどな。そっちの二人はどうだ?」


 次にジェインは、エレとナピレテプに声をかける。


「問題ない」


 エレに関しては予想のつく答えであった。本当に問題ないのかわからないが、本人がそう言うならそれでいいのだろう。ジェインとしては、エレが少し苦手であった。まがりなりにも人の上に立つ地位にいる者として、地位の上下を気にしなければいけない者として、感じ取れるのだ。エレが、何かとても高い地位にいる存在ではないかと。

 年若き女領主は、彼らが向こうから言わない以上、こちらから聞く気もなかった。まあどちらかというとジェインの心境は信頼などではなく、藪を突いて蛇を出したくないと言うものであるが、どちらにとっても悪いことにはならないので、いいのだろう。


「わ、私は大丈夫です。以前も同じような仕事でしたから」


 神の世話係である奉仕種族のナピにとっては手慣れた仕事であった。むしろ女神からの心を抉るような叱責を受けないだけ、とても優しい職場であった。


「ん、だが辛かったら、何でも言っていいんだぞ? ナナは時々怖いからなぁ」


 ジェインは微笑み、ジョーク混じりに言う。年下の少女と会話する機会などないジェインにとって、ナピは新鮮で、まるで妹でもできたような気になる相手だった。


「い、いえ、皆さん良くしてくださってます! 本当!」


 真剣にナナたちを弁護するナピに、ジェインはますます笑う。


「ああ、ああ、わかっているさ」


 レモンティーを飲み干し、盆にカップを置く。


「さて、もう一仕事しなきゃならん。下がってよろしい」


 心が少し元気になったジェインは、残った仕事と戦うべく、ペンをとった。


   ◆


 太陽が大分傾いた頃、ガラガラと音を立てて走る馬車があった。馬車自体も大きなものだが、それを引く二頭の馬も大したものだった。立派な体格と美しい毛並みを見れば、相当に高価な名馬であるとわかる。

 それに引かれる馬車というだけで、馬車の中身が人であれ物であれ、並みならぬものであることは確実だ。石畳の道を削りそうなほどに強く、俊敏な蹄が駆けていく。

 やがて、目的地を視界に捕らえた馭者が、馬の手綱を引く。馬はその合図に従って、速度を落としていき、城塞都市ゾシウの正門の前で静止した。


「む……馬車にいる人間と、荷物の確認を」


 見張りが二人、槍を握り、馬車を操る御者に近寄る。閉門時間ギリギリで、跳ね橋を上げようとしていたところに滑り込んできた

 対して、馭者の男は答えることなく、懐から一枚の紙を取り出し、門番に手渡す。最上級の紙に金箔の意匠を施した立派なものであり、片面に文字が躍っていた。


「こいつは……神殿の許可証だと?」

「なんじゃと?」


 門番は眉をしかめ、胡散臭そうに馬車を見る。普通ならばこの世界において、神殿の許可証と言えば最高の証明であり、即刻に門を開いて然るべきものだ。だが、この町では違う。神殿長の悪評は町で知らぬ者はなく、神殿を好いている者は一人もいない。

 元々、このオギトはある理由から、その領民も国の中央や神殿からはあまり良い目で見られていない。オギトの領民も、自分たちと自分たちの領主に、胡乱(うろん)な目を向けてくる者たちを快くは思っていない。それでも神への信仰心はあったし、人々を護る神官たちへの、感謝や尊敬の念もあった。

 しかし、三年前にギモージアが神殿長になって以来、神殿への感情は悪化の一途をたどっている。神殿と取引する商人からは賄賂を取り、目についた女はその権力で無理矢理に愛人にし、仕事はろくにせずに贅沢にふける。そういった堕落した行為に眉を顰める真っ当な神官は追い出し、追従する太鼓持ちばかりを周囲に置く。護衛として身元の怪しい傭兵を神殿内に入れ、その傭兵たちが町で暴力や盗みを行っても罪を揉み消す。


(証拠は無いが……ここ最近の、犯罪件数の増加と、犯罪者を取り逃がす失態の増加も……奴と無関係とは思えん!)


 そして領主へ寄付の名目で金銭や権限を要求し、まさに王のように好き放題に振る舞っている。


(あのクソ野郎の客だと?)


 内心で吐き捨てながら、どうせろくなものじゃないと確信する。馭者を見ると、これもこちらを見下す嫌な目つきをこちらに向けている。主人の権威を笠に着て傲慢に振る舞う馭者の態度に、ぶん殴ってやりたくなった。

 このゾシウ。代々の領主が統治し、増設してきた城塞都市。整然とした道をつくって行き来を容易くし、発展を心がけて生み出された町。良からぬ者の溜まり場になるような、目の届かない場所を極力作らないように設計し、治安を良くできるよう力を注ぎ続けている町。

 今の領主もまた、住みよく安全な都市であるように、全力を尽くしている。領民が安らかであることを求める、自分たちの主の気高い精神の手助けとなれる職務を、誇りに思わない門番などいない。


(わしらが、悪党をこの町に入れないことを使命とするわしらがっ、みすみす……)


 だからこそ、忌まわしいギモージアの息のかかった者を通すということは、門番たちにとって酷い屈辱であった。

 だが門番としては通すしかない。許可証には、荷物の検査や人物の照会も行ってはならないと書かれている。本来、その許可を出したことで問題が起これば、神殿が責任を負うことになるため、そう簡単には出されないものだが、ギモージアは乱発している。


「……通れ」


 門番の男たちは苦い表情で言う。馬車の馭者は、門番に礼の一言どころか頭を下げることもなく、馬に鞭を振るい、馬車を進ませて走り去っていった。


   ◆


 馬車はゾシウの町を一直線に走る。大通りを突っ切った先にあるのはゾシウ神殿だ。

 馭者のケニー・サイズモは神殿の庭へとそのまま馬車を進め、扉の前に馬を止めた。扉の前には、既にギモージア神殿長が、取り巻きの神官と共に待っていた。取り外し式の階段を馭者席の脇から出し、馬車の側面の扉に取り付ける。そして扉をノックし、


「……到着いたしました」


 ケニーの小声が扉の向こう側へと届けられる。その声には、隠しきれない震えがあった。


(ああ、早く出てくれ。俺はこんな『怪物』の送り迎えなんかしたくねえのに……)


 中から一人の男が降りてくる。その男の顔を見て、ギモージアは笑みを浮かべた。自分の勝利を呼び込む、強い味方を迎えられる喜びの笑み。

 しかし、ケニーには何でそんな顔ができるか、心底不思議であった。


(単に鈍感なのか、自分は絶対殺されないと自惚れているのか……まあ、自分が死なないと思えるなら幸せなことだぜ。ああ、今夜は高い酒を開けよう。この嫌な気分を酒で洗い流して、とっとと寝ちまおう)


 ともあれ、客人が馬車から降りれば、もうケニーの仕事は終わりだ。早く馬車を片付け、休まなければ身が持たない。馬車を車庫に入れに行こうとするケニーに、ねぎらいの言葉一つかけず、ギモージアはやって来た男と話していた。


「待たせただろうか」

「いや、時間通りだ。今夜、すぐに仕事をしてもらう。いいか?」

「今すぐでも」

「頼もしいな」


 ギモージアはそれでこそだと深く頷く。


「それでは、本命の前に一仕事頼もうか」

「その分、報酬を頂けるなら」

「ああ勿論」


 ギモージアは、馭者席に座り、馬に鞭を入れようとしているケニーに、目を向ける。


「その馭者を頼む」

「了解した」


 直後、ゴキャという音がして、ケニー・サイズモが馭者席から転げ落ち、地面に落ちる。ケニーの首が不自然に曲がっており、圧し折れているのがわかった。

 地に倒れ伏すケニーの代わりに、ギモージアから仕事を引き受けた男が、地上から消えて、馭者席に立っている。赤い右目と、黒い左目で、静かに身近らがつくりだした亡骸を見つめていた。


「……ご苦労」


 まさに瞬く間であった。ギモージアの眼には何が起こったのかも見えぬ早業であった。悲鳴をあげることもできず、自分が殺されたことに気づくことさえなく、ケニーは絶命していた。


「フハハッ、実はこいつ、馬車で運ばせた金の一部を、こっそり自分の懐に入れていることがわかってのぉ」

「別に理由は教えないでいい。やれと言われればやるだけだ」

「ハハハッ、いやまったく頼もしいわ」


 取り巻きの神官たちに、馬と馬車と、ケニーの死体の後始末を命じて、ギモージアはやってきた男と共に神殿内に入る。今夜の仕事を説明するために。


   ◆


 深夜〇時。一日の仕事は終わり、公一たちも就寝を許可され、今頃は眠りについている。

 廊下の明かりも消され、門は鍵をかけられている。静まり返った屋敷の中、主人のジェインにも知られることなく、使用人たちは一室に集まっていた。


「……では、始めます」


 仕切るのはナナであった。彼女は、視線でもってザライに問いかけ、ザライは一番手として、ナナへと報告する。


「報告します。調理中、怪しい仕草はなく、毒を盛る機会をうかがう様子もありませんでした」

「料理の腕は、コーイチは慣れている様子で中々に手際よく、ナピレテプは遅いが無難にこなせる。そしてエレは雑用とお茶入れができる程度。しかしお茶入れは相当に上手いと。次」


 次にミシェルが、ナナに自分の目にした結果を教える。


「いやぁ、執務室でも重要書類を探す様子はなかったですねー。それに、中々いいものを見せてもらいましたよー、若いっていいですねー」

「ジェイン様からも聞かされました。やはり甘っちょろいですね我が主人は……一日でここまで入れ込ませるのは、もし良からぬ目的を持った者であれば、いっそ見上げた手腕ですが。次」


 続いてナンシーが、公一たちの行動をナナに伝える。


「倉庫部屋に置かれている美術品や宝石類などを、盗もうとすることもありませんでした。はい。掃除の後チェックしましたが、一つも無くなっていないことは確かです。はい」

「まあ既に目ぼしいものは換金した後ですけどね、うちの倉庫は。それで……現状、怪しい素振りはないと」


 使用人たち全員から、問題無しという報告を受け取ったナナだが、警戒心はいまだに解けていなかった。

 今回、公一たちがジェインの暗殺や、オギト領の情報を入手することを役目とした刺客であった場合、絶交のチャンスとなる仕事をやらせてみたが、怪しい動きは見せなかった。


(しかし、これで安心するのは甘っちょろいというもの。流石に露骨でしたから、罠と勘付かれたのかもしれない)


 それぞれの報告に、ナナも考え込む。刺客としても、そうでないとしても、あまりに奇妙な一行である。油断をする気はないが、どういった姿勢で対応すればいいのかわからない。

 自身が覗き見た公一の反応を思い出す。野生の兎にも気づかれぬ自分の隠形を察知した。


(そこまでなら達人級の実力者であると判断できる。判断できないのは、察知してもそれを見過ごしたこと)


 ナナに気づくことができたのに、それを活かすことができなかった。気配を気のせいか何かと考え、素通りした。己の能力を理解できていない。


(訓練で鍛えただけで実戦を経験していない新兵より、もっと使いこなせていない。まるで、自分が動けるということを知らぬ赤子のよう)


 普通ならありえない話である。能力を持っているのなら、身に着けた過程があるはずだ。その過程の中で、能力を自覚し使いこなせるようになるはずである。どんなに超絶的な才能があり、一瞬で能力を身に着けることが可能だとしても、『一瞬』という過程はあるのだから。


(何の過程もなく、自分も知らない能力だけ身に着けた? まるで、神から授けられたよう……まさか。『異界の勇者』じゃあるまいし)


 確かに黒髪や象牙色の肌などの身体的特徴は、昔語りに聞く召喚された勇者に一致するが、彼ら勇者は常に神殿で召喚され、以降も神殿に所属する。のこのこそこらを歩いているわけはない。


(あまり見ないというだけで、ああいった髪や肌をたびたび見かける地方もある。そちらの出身でしょう)


 ナナは静かに首を振り、自分の妄想を振り払う。


「一日では、まだ情報が足りないようです。様子を見ましょう。こちらから何か仕掛けることなく、普通通りに仕事を教えながらも、目を光らせておくように」

「「「はい」」」


 ナナの指示を三人は了解した。

 しかし、


「いやぁ、でも……私の直感的には、あの子たちは悪い奴じゃないと思うんですけどねぇ」

「素直で好感が持てますね。はい」

「真面目に働く姿勢は、悪くありませんな」


 三人の言葉に、ナナは眉間を抑え、


「……甘っちょろいのは、ジェイン様だけではなかったようですね」


 女秘書官は机を平手で叩き、ナンシーたちの気を引き締める。


「まだまだこれからですよ。油断しないでください」


 所詮、一日目。公一たちの審査は、まだ終わらない。




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