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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
19/63

18:地獄王の読書感想と、三人の料理の腕前



 時刻は午前十時過ぎ。

 裏庭で、パカン、パカンと音が鳴る。薪が斧によって割り裂かれる音だ。二時間、地下倉庫を磨いた後で命じられた、次の仕事である。


「えい、やっ!」


 掛け声を入れ、公一が斧を振るう。一撃入れただけで、薪は真っ二つになり、燃やすのに丁度いい大きさとなったものを、ナピが拾い集めて、薪置き場にまとめる。そしてエレが大きな木材を新たに公一の前に置き、それに対し公一は、また斧を振り下ろす。パカンと音がし、薪ができる。

 このドナルレヴェンでは、まだ石油やガスは使われていない。金持ちならば石炭を使うくらいはするが、オギトは石炭が取れる地方から遠いこともあり、ほとんどの家では薪を燃料としている。生活のために魔術を駆使するメイドたちも、火魔術はそれほど得意なわけではないらしく、この屋敷でも、火を使う場合は薪が不可欠。いくらあっても、多すぎるということはない。

 普段は執事のザライがやっている仕事だが、ザライは他にもたくさんの仕事は抱えていて忙しいので、必要最低限の薪をつくるのが精一杯。公一が働いている機に、たくさん薪をつくってため置きしてほしいということだ。

 公一も自分の力を役立てる仕事ということで、張り切って斧を振るう。無論、下手に強く振るうと、斧の方が壊れかねないので、ある程度の手加減はしている。


「しかし……あれですね……よっと!」

「何です?」


 公一の呟きに、ナピが反応する。


「こうして強い力を手に入れて……はっ! 剣と魔法の世界に渡ってきたっていうのに……やぁっ! やってることは地道なものですねぇ」


 かつて、公一が読んだ本の中に混じっていた、異界へ勇者として渡る話や、異世界の住人に生まれ変わる話は、大抵特殊能力を便利に使って、もっとハデなことをしていた気がする。


「軍隊を率いたり、文明を発達させたり、内政で富を築いたり……元の世界の知識を活用して、世界に大きな影響を与えるのが、異世界に渡った主人公の定番なんですけどね」

「なるほど……言いたいことはわかる。私が読んだ似たような系統の小説も、もっと楽に物事を達成していた」

「……エレさんが、読んだ?」


 エレがした反応に、公一は目を丸くする。神様が人間の娯楽小説を読んでいたとは。


「何という題だったか……二百年くらい前のことだったはずだが」

「にひゃ……ええ?」


 当然ながら、公一が知る異世界への転移だの転生だのを題材にしたファンタジーは、そんな前のものではない。


「ああ、そうだ。題は『ファウスト』。作者はヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテだ」

「……それは、その、ストーリーを子供向けに漫画化したものなら、読んだ記憶がありますが」


 エレが読んだという物語は、確かに娯楽小説に変わりはない。日常を生きる主人公が非日常の世界を訪れ、魔法と幻想が入り乱れる中、恋愛や冒険を繰り広げる話だ。経済事業を成功させ、戦争を勝利に導く英雄譚であることも間違いない。けれど、


「僕の思い出した話とは、ちょっと毛色が違うかなぁ……」

「そうか。もしウラヌギアに戻ったら、お前が読んだと言う話も読んでみようか。正直に言うと、『ファウスト』は少々期待外れでな」


 エレは首を左右に振りながら、文豪が書いた傑作への評価を口にする。彼の小説は、古代ギリシア神話の世界への冒険も描かれていたが、本物のギリシアの神の目にはどう映ったのか、公一も興味を抱く。果たして、エレは不満点を口にした。


「我が妻が登場すると言うから目を通してみたが、結局名前しか出てこないのだから」

「ああ……なるほど」


 エレの目の付け所に大いに納得し、それなら辛口の評価になるのも致し方ないと、公一は頷く。そして、自分の出番より妻の出番を気にする彼の愛妻家ぶりを、改めて認識する。

 そうやって話しながらも、公一は手を止めてはいない。薪を割り続け、つくられた薪の量が一ヶ月分を超えた辺りで、足音が近づいてきた。


「これは……随分割ったものですね」


 やってきたザライは少し驚いた様子であった。彼女は昨日、公一が戦った現場にいなかったので、彼の超人的な身体能力を初めて見る。主人であるジェインの言葉を疑っていたわけではないだろうが、実際に見るとやはり驚くべきものだ。


「今日はもう薪割りはいいでしょう。次の仕事をお願い申し上げます」

「はい。どんな仕事ですか?」


 ザライは屋敷の裏門の方を指差し、


「商人から食料や生活用品が届いているので、運ぶ手伝いを。それが終わったら、台所へ。食事の作り方を教えます。ここでは料理は交代で作っているので、貴方たちも作るよう、よろしくお願い申し上げます」


   ◆


 朝食を食べた台所で、公一は見慣れた食材と、見慣れぬ食材を見つめる。


「メニューは事前に決めてあるので、こちらの表を見てください。作り方はこちらの本に書いてあります。この通りにつくればよろしい。最初は私が手本を見せます。器具や調味料などの収納場所はこの機会に覚えてください。では、よろしくお願い申し上げます」


 ザライは包丁を引き出しから取り出すと、公一たちに配る。そして、ボウルいっぱいの芋を指差した。


「まず、オギト芋の皮むきを。この辺りの特産で、煮物には向きませんが、炒めると中々に美味です」


 公一は黒いジャガイモといった感じのオギト芋を手に取り、言われるままに包丁で皮を剥きだす。皮の中身は薄いピンク色だった。


「あっ、コ、コーイチさん、手際いいですね」

「うん、結構慣れてるからね」


 ナピの言う通り、一般に料理上手と呼ばれるくらいには公一は素早く丁寧に、芋の皮を剝いていた。ナピの方は少し速度が遅いが、綺麗に剥いていく。しかし、


「…………」


 表情は変わらないものの、纏う空気にどこか苦いものを滲ませ、沈黙する銀髪黒肌の青年の手の中。そこには、元の大きさの半分以下になった芋があった。手に傷はないが、それはエレが人間ではなく、包丁程度で傷つかなかったからにすぎない。


「……貴方は切る方はやめておきましょう。食材はタダではない」

「……すまん」


 ザライに作業を止められたエレは、野菜を水洗いする作業をやらされることになった。

 その後、公一は鶏肉を味付けし、焼く作業を任された。薪の火を使った調理は初めてであったが、思ったよりは難しくなかった。

 調味料は塩や砂糖、胡椒、唐辛子など、公一が知っているものから、カレー粉に似た香りの緑の粉や、甘い香りの青い粉など、見たことのないものもあった。それらをザライの指示どおりに、一口サイズに切り分けた鶏肉に振りかけると、香りが混ざって醤油に似た香りへ変化する。


「わぁ、いい匂いですね」


 オレンジ色のメロンのような果物を切っていたナピが、鼻をスンスン鳴らして言う。エレの方は、ザライが用意したシチューを煮込み、焦げ付かないようにかき混ぜる作業を行っていた。

 ザライはサラダに使うソースを用意していた。卵と酢とオイル、調味料をボウルに入れ、そこに泡立て器の先を突っ込むと、


「『レイラデン』」


 呪文を唱えた。固体を動かす、土魔術の呪文だ。

 それによって、泡立て器が高速で回転し、見る見るうちに材料が白くなり、粘りを帯びていく。一分ほどで完成したそれは、ザライのいう所の『ヴィネガー・クリーム』。公一の知識では、『マヨネーズ』と呼ばれるものだ。調理自体は簡単だが、手でかき混ぜると重労働なため、魔術を使用しているのだそうだ。

 あまり市販されることはない、高価なソースだという。公一の世界でもマヨネーズが普及したのは、電動ミキサーが作られてからである。


「オギト芋の炒め物、ハンザ鳥のビッテンシュタイン風ロースト、フエリアシチュー、ザラの実のサラダ……後は保存していたウィンナーや小魚の油漬け、ピクルスを出して、完成です。では、それぞれ味見するようにお願い申し上げます」


 ザライがメニューを確認し、それぞれの料理から少しずつ小皿に取り分け、公一たちに差し出す。


「うん、うん……ええ、火の通りも十分で、大丈夫だと思います」

「は、はい、とても美味しいです」

「……問題はないだろう」


 三人の言葉に頷き、ザライもまた味を確かめ、


「ええ、では皿によそってください。食卓に運ぶとしましょう」


 公一たちは四角い御盆に料理を乗せ、台所から運び出す。廊下の植木鉢に生えた時計花(クロック・フラワー)は満開、つまり、ちょうど昼の十二時を示していた。


   ◆


 ザライについて歩く公一たちは、屋敷の中でも立派なドアをした部屋の前につく。ザライがドアをノックすると、入れという返事が返って来た。

 ザライがドアを開け、中にいる部屋の主に一礼する。公一たちもそれに倣い、礼をする。


「昼食をお持ちしました。失礼いたします」


 ザライがそう言って室内に入り、公一たちも後に続く。室内には、立派な木製の机で仕事をする美少女の姿があった。

 彼女は公一の姿を見ると、


「やあ、おはよう! というにも遅いが、ようやく会えたな!」


 元気いっぱいという表現が似合う笑顔で、挨拶する。彼女――すなわちジェインは、公一と今日になってから初めて顔を合わせた。


「はい、おはようございます。ダーリング様」


 公一は、ナナからジェインのことは『ダーリング様』と呼ぶようにと言い含められていた通りに返事をする。

 しかし、ジェインはその呼ばれ方があまり気に入らない様子で、笑顔の明るさが少し弱くなった。


「うん、今朝は早くから神殿に呼び出されてな。昨日の魔物が暴れた件とかで」


 神殿は結界を張り、魔物などから町を護ることが職務である。それなのに町中に魔物の侵入を許してしまったとあっては大問題だ。詳しい話を聞くのは当然であろう。

 しかし、公一は神殿の人間が聞き出したかったことは、魔物のことだけではないだろうと察した。


「そ、その、ダーリング様、ひょ、ひょっとして、神殿に呼び出されたのには、わ、私たちのことも……」


 ナピも同様に察したらしく、恐々とした様子で尋ねる。


「んー……まぁな。君たちを罪人として引っ立てて、神殿に連れてこいと言われたよ。断ったがな!」


 カラリと笑い、ジェインは胸を張る。


「それは……嬉しいですけど、でも、大丈夫、なんですか?」


 神殿という『組織』が、町にとって大切な役割を担っていることは、ナピに少し説明を受けただけの公一にもわかる。実際は、公一が思うより遥かに重要なことなのだろう。そして、重要な組織は自然と権力を持つことになる。領主という、領地における最高権力者を朝っぱらから呼び出せるほどの権力を。

 そんな権力を持った相手の要求を、正面から断るということは、ジェインにとって不味いことに違いない。特にあの、私利私欲のために権力を振りかざすことに慣れた神殿長を相手にしてとあっては。


「まあ、色々と嫌がらせはしてくるだろうが、もうそんなのは慣れっこだし、君らに非が無いことを知っていて突き出すのは私の誇りが許さない。仮に君らが、嘘つきの悪者の罪人であったとしても、その捕縛も尋問も投獄も私の仕事。神殿に口を出す権利はないしな」


 嫌がらせには慣れていると言うジェインの声には疲れを感じたが、神殿の要求には屈しないという意志の固さもまた、確かに感じられた。

 神殿は、民と民の住む町を守護する役目を持ち、その重要な役目のために高い地位にあり、その役目を果たすための権限を与えられている。必要となれば、金銭でも物資でも引き出せる。法律に反する行動をとっても、許される。

 しかし、それはあくまで緊急時のみ、神殿が背負った役目を果たすために必要である場合だ。悪用を防止するための戒律もあり、神殿の活動が公正か判断する審査機関も備えてある。神殿にも腐敗は存在し、ギモージアのように権限を悪用し、適正審査を誤魔化し、好き勝手をする輩も一人や二人ではない。だが、本来それは許されないことだ。

 ギモージア神殿長がジェインに対して行った要求もまた、その許されないことに値する。


「とにかく、君らは安心して働いてくれ。奴らの好きにはさせないさ」


 公一たちを元気づけるように微笑むジェインは、一言で言って、とても『男前』であった。


(…………‼)


 そんなジェインに、公一は胸の奥から震えが生まれ、全身に行き渡るのを実感した。

 自分の身の安全よりも、他者を優先する。身の危険を恐れず、善を為す。その勇気。その気高さが、決して容易いことではないと、公一は酷く良く知っていた。

 何か言わなくてはいけないと感じて、言葉を探して、探して、脳の中を急いで引っかき回して、


「……ありがとうございます」


 結局、それ以上に相応しい言葉を思いつけなかった。


「あ、ありがとうございますっ!」

「……感謝する」


 公一に続いて、ナピとエレも頭を下げる。ナピは大きな目を潤ませ、今にも嬉しさのあまり泣き出しそうだった。エレに関しては、やはり表情にも声にも感情が含まれておらず、心で何を思っているのかわからなかったが。


「……貴方たちは、朝と同じところで食べなさい。ジェイン様の食事には私が着きます。食後、また別の仕事をするようお願い申し上げます」


 ザライに言われ、公一たちはジェインの部屋を後にする。部屋を出る前、公一はもう一度ジェインに向き直る。


「では、失礼します」

「ああ、頑張ってくれ」


 扉が閉められるまで、ジェインは公一を見つめて、笑顔を浮かべていた。


「……ジェイン様」

「んん? 何だザライ」


 ジェインが生まれる前からダーリング家に仕えるザライは、ジェインの笑顔の質が、公一と話し始めた時と、今とでは違っていることに気づいていた。今の彼女は、疲れも忘れて、鼻唄でも歌いそうなほど『ウキウキ』している。


「随分と嬉しそうですね」

「え? そうか? そうだろうなぁ」


 ジェインは少し照れたように、頬に手を当てて言う。


「そう滅多にないことだからなぁ。小さなお礼ならともかく、あんなに真剣に……心から感謝されるなんて」


 領主として、民に感謝されることはあるし、それも嬉しいものだ。だが、立場の上下関係ゆえにジェインはその感謝が、見えない壁を通して伝えられることからくる、よそよそしさを感じざるを得ないでいた。けれど、公一たちにされた感謝は、そういった隔意がなかった。それがジェインにとって、中々に新鮮で、心地よいものだった。




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