表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
13/63

12:針山の魔物



 ドナルレヴェンには、『混沌(カオス)』という概念がある。かつてはウラヌギアにも多く存在したが、ほとんど使い切って無くなってしまっている。とはいえ、完全に無くなることはない概念だ。

 無から有を産む概念。力ではない。力があるのなら、それは無ではない。真なる無から有が引き出される奇跡。あるいは可能性。それが『混沌(カオス)』という、人間の言葉では説明しきれない『何か』だ。神か、神と同等の存在にしか真に理解できず、扱えない『何か』。


 しかし、理解できなくても多少は扱う術を、人間は持った。『混沌(カオス)』を人間が理解できる形に変え、様々な効果を作り出す術。

 何もないところから炎を生み出し、手も触れずに物体を動かす術。

 天地自然の法則では起こり得ぬ現象。物理に反した事象。それは統括して『魔』と呼ばれ、その『魔』を引き起こす術として『魔術』と呼ばれる。

 ドナルレヴェンにおいては人間が、神々から許されて教わったもの。神々が創り上げた世界を、一時的なれど歪めることを許される、五種類の術。それが『魔術』なのだ。

 そして、『魔術』が『混沌(カオス)』を、理性でどのように使うか考える技術であるのに対し、何も知らずとも本能で『混沌(カオス)』を使う生物が存在する。

 神に許されずに『混沌(カオス)』を使うもの。エルヴィムがもたらしたと、伝説で伝えられる生物。本能的に『混沌(カオス)』を利用することで、異常な生態を可能にした生物――『魔物』である。


   ◆


 公一は、針だらけの怪物を見つめる。怪物の方も、飛び出した目でこちらを見つめていた。


「暴れろ化け物!」


 レダは、魔物の入っていた球――『ランプ玉』を入れていた麻袋から、今度は金色の薄い円盤に、八角形の穴を開けた物を取り出した。様々な字や紋様が彫り込まれており、何かのお守りのようだと、公一は察した。

 その通り。それはお守り――護符であった。下位の魔物を寄せ付けぬ『簡易退魔結界』。神殿の高位神官だけがつくることができ、大量のお布施と引き換えに手に入る。魔物を追い払う力の強さや、効力が持続する時間の長さによって、価値には差がつき、効力の低い物は金貨1枚で手に入る。レダが持っているのは、金貨三十枚ほどのものだ。


 キュルルルルルルル!!


 魔物は鳴いて、公一の方に向かう。別にレダの言うことを聞いたわけではない。

『ランプ玉』は魔物を『封印』する道具であり、魔物を支配することはできない。

 単に『封印』をレダが解き放ったために、魔物が解放されただけのこと。『結界』に守られているレダは攻撃されないが、それだけだ。そして、魔物は『封印』された怒りと、飢えに満ちている。起こす行動は一つ――捕食である。


 キュルルルルルルルッ‼


 魔物が跳ね、公一に飛びかかる。棘だらけの体に圧し掛かられたら、それだけで少年の体に穴が開くだろう。

 公一はこれをかわし、手の剣で魔物の脚の一本に斬りかかる。草を刈り取るように、魔物の脚は断ち切られた。蒼い血が噴き出し、魔物は残った脚で後退する。

 距離を取った魔物は、動きを止めた。公一のことをただの獲物ではなく、危険な敵と見なしたのか、様子を伺っているようだった。

 公一は視界の片隅に、レダが逃げていくのが見えたが、見逃すしかない。悔しく思うが、魔物に背を向けていては喰われるだけだ。


「くそ……」


 公一が思わず悪態をついたと同時に、魔物が動いた。地を跳ね、右にある建物――三階建ての宿屋に飛びついた。そのまま建物に張り付き、落ちることなく壁と垂直に立っている。

 そして、


 キュルルルルルッ!


 魔物の体に生えていた棘が、一部撃ち出された。十発ほどの棘が飛び、公一に降りかかる。


「うわっ!」


 身をかがめて、ギリギリでかわす。しかしすぐに次が飛んでくる。それを左右に動き、あるいは下がり、しかし背を向ける事は決してせずに、かわしていく。ドッジボールで投げられた球を避けるような感覚だったが、必死さが違う。


(まずいな……)


 周囲の地面には、あっという間に百本近くの棘が突き立てられている。これらは避ける時の邪魔になり、次第にかわしにくくなっていく。しかも放たれた棘はすぐに新たに生え変わり、きりがない。だが、こちらには剣だけで、建物の三階に位置する敵まで届く攻撃はできない。

 昨夜のイライツに比べればずっと弱いとはいえ、あの時のように剣の届く位置にまで接近する作戦は無い。

 公一は内心、焦りと恐れを抱いていた。


   ◆


「駄目だな。これは私の力では届かない」


 公一が攻めあぐねているのを見て、エレは呟く。

 エレの所有する『地下資源の支配』――『財宝』の権能は、地下にある物質を集め、動かすことができるが、地面から遠く離れた敵に対しては扱いづらい。イライツに使ったように、金属を固め、長く伸ばして攻撃することはできるが、今の魔物の機敏さを見るに、この距離ではおそらくかわされてしまう。小回りの利く相手は苦手だ。


「そ、それなら私がっ」


 エレの隣のナピが走り出す。

 臆病な割に、非常時に怯えて動けなくなるということにならないのが、ナピの性質であった。身を縮めて固まるのではなく、白ネズミのように突っ走る。冷静な判断ができているわけではないので、下手に動いて余計悪くしてしまう可能性もあるのだが、今回はそう悪くなかった。


「『マチルガ』っ!」


 ナピの唱えた『マチルガ』とは、あらゆる火の魔術を使う時に唱えられる共通の呪文である。威力の大小、効果の差異に関わらず、火の魔術はすべて『マチルガ』と唱えられる。

 そして放たれたのは、火魔術の中でも初歩の攻撃魔術。球形の炎を放つ術で、見た目通り『火の玉』と呼ばれるものだ。『火の玉』は放たれた棘とぶつかり合い、空中で棘を焼き崩す。それを見て、あの棘は火に弱いようだと見たエレは、この場ではナピが一番役に立つと判断した。

 それと同時に、こちらに近づいてくる馬の足音を聞き取っていた。


「……兵士の増援か?」


 そのエレの予想は、ほぼ当たっていたが、完璧に正確ではなかった。

 馬に乗ってやって来たのは、長い髪を、馬の尾の形に縛ってまとめた女性。

 この都市、この地方の領主――ジェインであった。


   ◆


 ジェインは、逃げる人々の群れを掻き分け、現場に急行して、まず叫んだ。


「あれは『吸血サボテン』! なぜ!」


 棘だらけの緑の蜘蛛のような、あるいは、脚の生えたサボテンのような怪物。


 それは正式には『ピンクッション』と名付けられている魔物であった。


 通称を『吸血サボテン』、または『毒トゲ蜘蛛』。しかし、ピンクッションはサボテンでも蜘蛛でもない。魔物は自然の生態系とは逸脱した生物であるため、通常の分類法では、種類の組み分けが難しいが、学者の分析によると、タコやイカに近い生き物であるらしい。

 その武器は『針山(ピンクッション)』の名のとおりに、全身に生えた鋭い棘。棘には毒が含まれ、刺されてすぐに死ぬような強力な毒ではないが、体が痺れて動けなくなる。そして動けなくなった生き物に圧し掛かり、棘の一つに見える口を突き刺し、蚊のように血を吸うのだ。

 オギト荒野の奥の方に、時々見かける魔物であるが、結界に守られた町に入り込むことはあり得ない。故に、それは誰かが持ち込んだものであると、ジェインはすぐに見当をつけられた。


(いかん。ナナを連れてくるんだった)


 ナナには逃げる人たちの誘導を任せ、別れてきてしまった。


(こいつ相手だと、兵士がもっと……万全を期すなら、十人は欲しい……うん?)


 そこでようやく、ジェインはピンクッションが誰かと戦っていることに気づいた。

 剣を手にした、黒髪の少年だ。何者かはわからないが、周囲に突き刺さった棘を見ると、ピンクッションの攻撃を凌ぐことができているようだ。

 領主としては、自分の部下以外の者に頼ると面子に関わるのだが、ジェインは町の安全のために、魔物を速やかに倒すことを優先させることを決断する。


「そこの君! 私は」


 魔物退治の協力を求めようとしたジェインの声に反応し、ピンクッションは飛び出た目をジェインの方に向けた。


「っ‼」


 ジェインは軽率なことをした自分を、内心で罵りながら、腕で顔をかばう。

 しかし、飛び来る毒の棘を、その身に受ける覚悟を決めたジェインに向かい、飛んでくるものがもう一つあった。


「危なぁぁぁいっ!」


 地を蹴って、まさに矢のような勢いで跳躍した公一であった。ピンクッションが毒棘を、ジェインに向けて発射したのは、公一の跳躍のすぐ後だった。

 一瞬後、ドスドスという、針が物体に突き刺さる鈍い音が起こった。


「くうっ! うぅぅぅっ‼」


 とは言っても、ジェインと、彼女の跨る馬には、一本の毒棘も刺さらなかった。


「お、おいっ!」


 しかしジェインは、自分が毒針を浴びたとしても、見せないだろう焦りを、表情に浮かべた。見知らぬ少年が自分を庇い、毒針をその背中に受けたのを見たためだ。


「いっつぅぅぅ……」


 公一は棘を背に刺した後で着地したが、転ぶことはなかった。しかし、その場に膝をつき、痛みに顔を歪める。


「大丈夫か!」


 ジェインが馬から降り、公一の傷の具合を見ようとする。背中や肩に、計五本の棘が刺さっていた。服に血が滲んでいるが、その量はジェインが思ったよりは少ない。だが、棘より問題なのは毒だ。乱暴だが、早く棘を抜いた方がいい。


(だが、その余裕があるか?)


 ジェインは横目でピンクッションを見る。


(棘を飛ばして来たら、この少年を抱えて避けられるか?)


 自分を護った少年をこのままにしてはおけない。だが、自分まで棘を受けたら、それこそ二人ともやられてしまう。


(兵士はまだか! 遅すぎるぞ! 鍛え直しだ!)


 自分の部下たちに内心で叱責し、非常時の動きについて見直し、もっと早く対処できるようにしなければと、心に誓う。

 そして、次に棘が放たれたら、今度は自分が少年を護り、借りを返すと覚悟する。けれど、


「『マチルガ』‼」


 ピンクッションの身を焼く炎を見て、どうやら覚悟は無用で終わりそうだと、ジェインは思った。


 キュルルルルルルルッ‼


 ピンクッションは痛みに悲鳴をあげ、宿屋と道を挟んで、反対側の建物に飛び移って逃げる。


「だ、だ、大丈夫ですかコーイチさんっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 遅れてしまって!」


 走り寄って来た金髪の美少女は、ボロボロ涙をこぼしていた。戦闘経験のない彼女は、手際よく攻撃することができなかった。自分の魔術がもっと早く放たれていたら、公一が傷つくことはなかったと、後悔していた。


「と、咄嗟に反応できなくてっ、ううっ、ごめんなさいぃぃ」

「だ、大丈夫だよナピ。そんなに痛くないから」


 言いながら立ち上がる少年に、ジェインは目を丸くする。大の大人であっても、五本も毒針を受けたら、痺れて動けなくなるはずだった。しかし公一は、ナピを安心させるために、笑顔さえ浮かべていた。


「それより、あの怪物、どうもナピの魔術が有効みたいだ」


 攻撃をやめ、壁に立って身悶えしているピンクッションを見て、公一は言う。


「う、うむ。ピンクッションは、炎に弱い。あの棘も火に燃える」


 ピンクッションは、魔物の中では弱い部類である。もちろん、個人で戦うと余程の達人でなければ敵わないが、訓練された兵士が部隊を揃えて戦えば、勝てる相手だ。その理由は、炎という明確な弱点ゆえ。多くの魔物は頑丈で、生半可な炎でも焼けはしないが、ピンクッションは松明(たいまつ)の火でも傷つけることができる。

 全身が棘だらけで容易に近づけないので、火矢を放って攻撃し、飛ばしてくる棘は別の兵士が盾を構えて防ぐ。火によって棘をあらかた焼いた後、槍で突き刺して仕留めるのが、ピンクッション退治の定跡であった。勿論、熟練の部隊であることが前提だが。


「よし、それじゃナピ、行こう」

「は、はい……で、でも、私の魔術は一発放つと、次に放つまで、ちょっと時間がかかるんです……」


 ナピレテプがしょんぼりと言う。地に墜ちたナピは、並みの魔術師程度にしか、魔術を扱えない。一度魔術を使うと、次の魔術を放つまで、幾ばくかの時間を要し、その間は無防備になってしまう。


「ちょっとって、どれくらい?」

「え、ええと……五秒くらい」

「……うん、わかった」


 頷くと、公一は剣を鞘に納める。そして、申し訳なさそうに眉を下げ、しかし他に手を思いつかず、行動する。


「その、ごめんっ!」


 ナピレテプの小柄な身体に手を回し、横抱きにした。


「え? ええっ⁉」

「ごめんっ、我慢してっ!」


 公一はその場で地を蹴って跳んだ。直後、公一のいた場所に、飛来した棘が突き刺さる。


「僕がナピを抱えて逃げ回るから、ナピは魔術で攻撃してっ!」

「そ、そういうことならっ!」


 ナピは顔を真っ赤にしていたが、作戦とわかると気を引き締め、魔術を使うために意識を集中する。そして、


「『マチルガ』ッ‼」


 ピンクッションの背中に、見事に『火の玉』を命中させた。


 キュールルルルルルッ‼


 ピンクッションは飛びのきながら、続けざまに毒棘を飛ばす。しかし、走り回る公一を捉えることはできなかった。


「『マチルガ』!」


 そしてナピの炎は次々と着弾する。肌と棘が焼け、放つ棘も少なくなっていく。

 六発の『火の玉』がピンクッションを焼いたところで、壁に張り付いていた蜘蛛に似た体は、壁から剥がれて落下し、仰向けに倒れた。そして、足を動かしてもがき、何とかひっくり返った体を正しく直す。けれど、もう棘はほとんど失われていた。


「も、もうよさそうです!」

「うん、降ろすよナピ」


 公一は、建物の傍にナピレテプをそっと降ろすと、剣を再び抜いて、ピンクッションに向かっていった。もう放つ棘が無いピンクッションは、足を振り回して公一を近づけまいとしたが、その攻撃をかわした公一は、魔物の胴体に飛び乗る。


「……せやっ!」


 気合を込めて、公一はピンクッションの背中を剣で貫き、切り払った。


 キュルルルルルルルルルッ‼ キュルル……ル……ル・ル・ル……!


 甲高い悲鳴が小さくなっていき、ついに途絶えると同時に、魔物の脚から力が抜け、ドスンと腹が地面につく。

 ピンクッションが息絶えたのは、明らかだった。


「……勝った」


 公一はほっと息をつき、剣を魔物の体から抜く。勢いよく一振りして、ピンクッションの蒼い血を払い飛ばし、鞘に納めた。安心すると、急に背中に棘が刺さった痛みが、増したような気がした。

 魔物の背中から降りると、二人の少女がこちらに駆けてくるのを、公一は見た。


「だ、大丈夫ですか?」

「早く傷の手当をしないと! 体は痺れていないのか!?」


 二人は詰め寄り、公一の全身をよくよく見つめる。その剣幕に少し驚きながら、公一は二人を安心させるために口を開いた。


「僕は大丈夫だよ。ナピと……えっと」

「ん? あ、ああ、私はジェインだ。ジェイン・ダーリング・ユス・オギト。こう見えても、このオギト領を任されている領主だ」


 胸に手を当てて自らを示す姿勢をとり、ジェインは名乗りを上げる。


「え……えっ? りょ、領主?」


 自分より少し年上くらいの少女が、この都市に君臨する主人であると知り、公一は目を白黒させる。


「あーっと、慌てないでいい。それより、礼を言わせてくれ。君が魔物を早急に退治してくれたおかげで、町に被害が出ずに済んだ。領主として、感謝する……ありがとう」


 優雅な態度で、ジェインはどこの馬の骨とも知れぬ公一に、頭を下げた。その仕草は洗練され、日本で一般的な庶民として生きていた公一にも、彼女が貴人であることが理解できた。そんな彼女が自分に感謝し、敬意を示していることに、公一は勿体なさと、誇らしさを抱くことができた。


「そんな、その、大したことじゃ……僕はただ……あっ⁉」


 照れくさげに頬を掻きながら、公一は大事なことを思い出した。

 そもそも魔物が現れたのは、強盗の仕業であったことを。


「そうだ! あいつを忘れてた! 魔物を町に連れ込んだ奴がいるんです! もう逃げてしまったかも……!」

「いや、逃げてはいない」


 冷徹な声と共に、ドサリと地面に一人の男が投げ出された。黒い鉄線で縛り上げられたレダ・マッカだった。


「罪人を縛り上げるのには、自信がある」


 強盗を捕らえたのは勿論、冷たい表情をした、黒肌銀髪の美青年だった。


「エレさん!」

「……余計な首を突っ込むのには賛成しないが、突っ込んでしまったからには、終いまでやりきるべきだ」


 レダは気を失っているらしく、目を閉じて動かない。その悪党面を見て、ジェインはすぐに手配書を思い出した。


「こいつ、都市盗賊のレダじゃないか! 金貨百枚の賞金首だ。こいつは更にお手柄だぞ!」


 若き領主が飛び跳ねんばかりに喜んでいると、大勢の足音が近づいてくるのが聞こえた。公一が音のする方向を見ると、二十人ほどの武装した兵士たちが向かってきていた。


「ご無事ですか! 領主さま!」

「魔物と聞いて、駆け付けたのですが……」


 血相を変えた兵士たちに、ジェインはちょっと目を険しくし、


「遅いぞお前たち! もう魔物は片付けてしまったぞ!」

「なんとっ⁉ も、申し訳ありません!」


 兵士たちが驚き、頭を下げて謝る中、ジェインはため息をつき、


「もういいから……そいつを連れていけ。レダ・マッカ、お尋ね者の盗賊だ。魔物を町に放ったのもそいつだ。くれぐれも用心しろ。他に何か仕込んでいるかもしれん」

「はっ! それではすぐに!」


 兵士が二人選ばれ、レダを引きずって連れていく。他の兵士たちはジェインの指示を受け、魔物の死体の処理や、町の被害の検分などの作業を開始した。


「さて、待たせてしまったな。それでは……おっと、まずは傷の手当からだな」


 ジェインは公一の背後に回り、刺さった棘に手を振れる。


「抜くぞ。痛いと思うけど我慢してくれ」


 すまなそうに言い、長い棘を握ると、ゆっくり引き抜く。ピンクッションの棘は釣り針のような返しはなく、真っ直ぐなため、引き抜くのは難しくない。それでも痛まないわけはなく、公一の体が震える。


「くっ!」

「痛いか? だが抜かないと治療できないんだ。許せ」

「が、頑張ってください、コーイチさん」


 ナピが、呻く公一の様子をハラハラした様子で見守る中、刺さった棘は全て引き抜かれた。


「終わったぞ。よく頑張った」

「……あ、ありがとうございます」


 公一は痛みで脂汗を流しながらも、処置が終わったことに一息つき、礼を言う。


「ああ、だが本当に痺れてはいないようだな。なぜだ? 一本でも刺されたら牡牛だって動けなくなるのだが」

「さ、さあ? 僕もわかりません」


 おそらく、身体機能の強化が、耐毒性も引き上げているのだろう。しかし、自分が異世界の勇者であるなどと、みだりに言うのは憚られたので、公一はそう答えた。彼は言ってから、いくらなんでも適当過ぎる答え方だったかと後悔したが、


「むう……まあ無事ならいいか。ともかく、傷の様子を見せてもらうぞ」


 幸い、追究されることはなかった。

 ジェインが公一の服を捲り上げ、背中を見る。綺麗な丸い穴が五つ開いていたが、出血はそう多くない。

 一人、表情を変えることもなく、棘が抜かれるのを見ていたエレは、公一の肌の様子を眺める。


(傷は浅いな。筋肉で押しとどめられている。おそらく公一の体は、急所に当たらない限り、矢やナイフ程度なら致命傷にはなるまい。しかし……)


 推し量ることのできる公一の身体能力で、昨夜のイライツを倒せたというのは不思議だ。


(この目で見た力や、公一から聞いた話、それに戦闘の跡を見るに……『迅雷』のイライツの破壊能力は、此度の魔物を遥かに上回るものだった)


 確かにピンクッションは個人で戦うには強敵であろう。ウラヌギアの熊や獅子などより、遥かに危険な怪物に間違いない。そのピンクッションと競り合う公一の身体能力は、やはり相当なものだ。


(それでも、今、見た限りの公一の力では、まずイライツには勝てないと判断できてしまう)


 大地を砕き、森を貫き、地形をも変える威力を持った稲妻を撒き散らし、その身を雷光に変身させて、瞬時に長距離を移動する。

 仮にイライツがピンクッションと戦えば、雷を一度振るうだけで、魔物の体を灰になるまで焼き滅ぼすだろう。

 拳でイライツを殴るなど、肉弾戦では互角以上に渡り合えていたのは認めるが、特殊な能力を併用しての戦いでは、公一では敵わない。


(確かに、私は策を授けた。敵は冷静でなかった。武器が優れていた。運が味方した。不意をつけた。だがそれだけで勝てる相手であったか? 公一は、奴の攻撃を一度くらったと言っていたが、雷撃に耐えきれるほどに、公一の体が頑丈とは思えない。公一には、まだ何かあるのではないか……?)


 知られざる、未知の、力。

 圧倒的な強さの敵に、勝ちを拾う、何か。


 エレが、公一の持つ何かについて考えている一方、ジェインは公一の傷が浅いことがわかって、安堵していた。


「ピンクッションの針は鋭い分、傷は綺麗なものになる。薬を塗って包帯を巻けば、すぐに良くなるだろう。私の屋敷に来い。治療と、魔物を退治してくれた礼をさせてくれ」

「え、えーと、それは……」


 好意に甘えたいところだったが、公一は頷くに頷けなかった。何せ、自分は神殿で問題を起こした身だ。早く出立する必要があった。

 だが、そんな公一の思いも虚しく、ジェインは訝し気に首を捻り、公一、ナピ、エレを順番に見て、


「……おや?」


 気づいてしまった。


「な、なんでしょうか?」

「お前たち……少し前に神殿で何かしなかったか?」


 ナピがビクリと、身を震えさせてわかりやすく動揺する。公一も目を逸らし、曖昧な表情を顔に張り付けて、脳内では必死に何か誤魔化す言い訳ができないか、考えていた。そして、エレはとことん、無表情を貫いていた。

 それらの反応に、ジェインはハァと息を吐き、


「どうやら、話してもらうことができたようだな。やはり、私の屋敷に来てもらうぞ」


 文句無いな――と、ジェインは公一たちを睨み付けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ