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異世界の道連れは地獄王  作者: 荒文 仁志
第一章:ドナルレヴェン
12/63

11:余計な手出し

 城塞都市ゾシウ。

 オギト領最大の町。

 人口は約一万人。

 辺境としては他に類を見ない、大きな規模を誇る町である。

 東にはノック川があり、北から南へ向かって流れている。かつて森林であった場所を切り開いて、ゾシウが生まれたのは今から七七〇年も前のことだ。

 その時から増改築を繰り返し、現代に至っている。城塞都市はそもそも壁によって都市の面積が限定されているので、その広さに見合った計画を立て、発展させていくものだ。設計に失敗し、家々が密集しすぎて住みづらくなったり、逆に家の数が足りずに人が多く住めなかったりして、破棄される城塞都市は数多くある。そんな中で、ゾシウの長は代々上手くやってきた。

 まず中央部には、他の都市と同じように、結界を張るための神殿がある。

 東側には領主の屋敷があり、その近くには兵舎がある。兵舎には町全体を見下ろせる高い塔がついており、見張り台となっていた。

 南の壁には正門があり、北に向かって大通りがつくられ、屋台や露店、居酒屋、風呂屋などが立ち並んでいた。南側は商業地域として、多くの店や工場が多い。

 西側は学校や病院などの公的施設が多く建っていた。また比較的、裕福な身の人々の多くがここで暮らしている。領主の果樹園もこの辺りにある。

 北側は居住区であり、民家が並んでいた。またこの区域にあるゾシウ最大の広場では、毎日、商人たちが市場を開き、時に祭りや結婚式も行われる。付近には仕事の斡旋所があった。


 公一たちは、店から客を誘う声が飛び交う大通りを抜けて、正門に向かっていた。


「安いよ安いよ! 脂ののった豚肉だ! 口の中でとろけるよ!」

「そこのあんた! ちょいと見て行ってくれ! この辺じゃお目にかかれない珍品ぞろいだよ!」

「お茶はいかがかな? コーヒーもあるよ? 甘いお菓子もご一緒に!」


 喧騒を身に浴びながら、公一たちは人ごみの中を潜り抜ける。時折、穀物や豆を扱っている店の前を通る時、地面に麦の粒などが落ちているのを見つけると、拾ってポケットに入れる。

 これはエレに言われたことだ。種を持っていれば、どこででも豊穣の力によって、作物を育てることができる。先ほど食したリンゴの種も、もちろんとっておいてある。


「麦、米、トウモロコシ、大豆、オレンジっぽい果物の種、あと、見たこともない豆がいくつか……結構集まったね」

「は、はい、これなら道中、いろいろなものが食べられます」


 二人はエレに感謝の眼差しを向けるが、彼の口元は緩みもせず、別のことを口にした。


「我々の手配、回っていると思うか?」


 神殿で騒動を起こしてから、二時間ほど経っている。都市一つの中では、情報が伝わるのは早い。要所と要所は、馬も走って通れる大きな道で繋がっており、行き来を容易く行えるようにつくってあった。鐘や太鼓、狼煙などによって、直接相手に会わずに、合図を送る方法も、いろいろと考えられている。


「そ、その気なら、も、もう伝わっていると思います」


 ナピの答えに、公一は考え込む。

 正門で傷害罪の犯人として、守衛に捕まってしまうかもしれない。公一の今の力であれば、暴力に訴えれば切り抜けられるだろうが、守衛は真面目に公務をこなしているだけだ。傷つけるような真似は避けたい。


「写真を撮られているわけではないから、何とか切り抜けられないかな?」


 例えば変装などをして。

 そう考えた公一だったが、やはり難しいだろうとも思う。衣服の替えも、化粧道具も無い。特にエレの黒肌銀髪という珍しい組み合わせの容姿は、隠しきれない。


「変装か……手がないでもない」


 けれど、エレはどこまでも頼もしかった。

 どんな手か、聞こうとした時、


「泥棒! 泥棒だ!」


 一騒動が持ち上がった。


   ◆


「この私の前で犯罪とは、度胸のある奴だな」


 馬に乗って正門に向かっていたジェインは、遠くからかすかに聞こえた『泥棒』の声に、冷静に怒り心頭していた。

 元々、城塞都市というのは全般的に治安の良くないものだ。毎日、外から見知らぬ人々が出入りし、限られた敷地の中で人がひしめいている。国の中央辺りの都会なら、ほとんどの町は街灯が整備されているが、辺境のゾシウには残念ながらまだない。夜になれば真っ暗で、盗人が動きやすいことこの上ない。家と家の隙間は、怪しい者の溜まり場になりやすい。別の土地の犯罪者が逃げてくることも多い。

 逆に取り締まる人間は多くない。予算が必要だが、税金を増やせば民衆が反発する。治安以外にも手を入れなければならない問題は山積みだ。それぞれを少しずつ改革していくしかない。

 中でも、ゾシウは特に外の犯罪者の狙いになることが多かった。田舎だということもあるが、何より一番の理由は、ゾシウで犯罪が起こしても、逃げ延びれば別の都市で捕まることが比較的少ないからだ。『ある理由』から、ゾシウは周囲から嫌われており、自身の利益もないことのために、ゾシウを助けてくれる都市は無い。ゾシウから逃げた犯罪者は後回しにされ、よその土地で大人しくしていれば積極的に捜査されないのだ。特に、ここ二、三年は。

 だから、ジェインは町から犯罪者を逃げさせないように、全力を尽くしている。自分の町を食い物にされてはたまったものではない。


「行くぞナナ!」

「了解」


 今のジェインの姿は貴族用の赤いコートをまとった、男装姿で戦闘には向かない。しかし止めても聞かないのはわかっていたので、ナナは静止しなかった。領主自ら行動するところを領民に見せた方が、領主の株も上がるという理由もある。

 声のした方向に馬の鼻先を向ける。しかし、その先でジェインは予想もしなかったものを見ることになるのだった。


   ◆


 都市強盗のレダ・マッカは、追いかけてくる声に対しても、余裕の風情であった。

 レダは、かつては別の町で兵士として働いていたが、素行不良で解雇され、犯罪に手を染めるようになった男だ。兵士として鍛えた武術の腕は健在であり、腰の剣も毎日かかさず手入れをしている。それにとっておきの切り札も仕込んでいた。

 今日の獲物は、西区の銀行に保管されていた金銀宝石。本来は警備が厳しくて手を出せない銀行であるが、見張りの交代時間や金庫の点検時間などの詳細な情報を得ることができたため、最も警備が手薄なときを見計らって押し入り、見事に強盗を成功させたのだ。


(安く売っても、十年は遊んで暮らせる額になる逸品だ。絶対逃げてやるッ!)


 今後の贅沢な日々を思い浮かべ、悪人面に笑みをつくる。


「待て! 逃げられないぞ!」

「大人しくしろ!」


 しかし、町をパトロールする衛士が二人駆け付け、レダの前に立ち塞がって、逃げ道を断つ。

 ゾシウの衛士の制服となっている鎖かたびらで身を護り、腰にはショートソード。手には捕り物用の長い棒がある。


「へっ……若造が」


 しかしレダは、自分より十歳は年下の衛士二人を見て、自分の敵ではないと看破する。

 まずは剣を抜きもせず、突き付けられた棒を、腕に巻いた籠手で防ぎながら、素早く間合いを詰めると、


「オラァッ!」


 衛士の顔面を殴り倒す。レダはその手ごたえから、気絶とまではいかないが、かなりのダメージを与えられたと判断した。

 続けて、もう一人の衛士が棒をかざして身構えるのに対し、ポケットから球体を取り出し、投げつけた。衛士はそれを棒で叩き落としたが、球体はカシャと軽い音をたてて割れ、中から赤い粉が撒き散らされる。


「うっ、ゴホッ、カフッ!」


 衛士は咳き込み、目から涙を流す。球体の正体は、卵の殻に、トウガラシの粉と鉄粉を入れて閉じた、目潰しであった。大したものではないが、衛士はレダに対して致命的な隙を見せることになった。

 レダはいよいよ剣を抜き、相手の棒を持っている方の手を斬りつける。痛みで棒を落としたところを、肩から更に斬りつけた。赤い血が流れて地面を濡らす。鎖かたびらが斬撃を弱めたため、死に至る傷ではないが、戦力は半分以下に落ちただろう。

 レダは余裕でニヤリと笑い、追撃の剣を振り上げた。


   ◆


「いい手際だ」


 エレは、レダの動きを冷静に評した。

 衛士たちも決して鍛えていないわけではないが、レダの無駄のない動きは、その上を行った。まだ何とか足掻き、防御しているが、仕留められるのも時間の問題だろう。

 周囲の通行人や商人たちは既に逃げ、声を上げて追ってきていた銀行員たちも、今や恐れをなして遠巻きに見守るだけだ。衛士を助けられるような者はいなかった。


「ど、どうしましょう」

「どうする? 何かしなければならないのか?」


 公一はうろたえてしまうが、エレは目の前で起こった犯罪に、特に感じることもないようだった。


「え……そ、そんな、酷いですよ!」


 ナピが涙目になってエレを非難するが、彼の氷のような表情に、いささかの変化も見当たらなかった。


「むしろ、この混乱に乗じれば容易く町の外に出られるだろう。手を出さない方がいい。我々が何かする義理も、義務も、そして権利も、ありはしない」


 自分たちは異邦人であり、強盗をどうにかするのは、この町の責任者の仕事だと、冷たく言い捨てる。それは昨夜、彼が自分の領分である『死後の魂』に手を出されたと知った時、見せた怒りとは逆のもの。他者の領分に、自分から足を踏み入れないという、エレの姿勢なのだろう。

 冷徹で冷酷。しかし、間違っているわけではない。その姿勢は、相手の意思と自由を尊重する想いから来ているものなのだ。

 けれど、


「……僕、手を出してきます」


 公一は、そう選択する。


「コ、コーイチさん!」


 ナピが飛び跳ねそうな様子で、嬉しげな声をあげる。


「……余計な手出しだ」

「かもしれません。でも……ごめんなさい」


 反対するエレを振り切り、公一は駆けた。衛士の抵抗がもはや限界となり、レダのとどめの一撃が放たれる直前、


「やめろぉっ!」


 公一は叫びながら、衛士とレダの間に割り込んだ。その乱入に驚いたレダは、咄嗟に下がって間合いを広げる。


「なんだぁ?」

「僕が……相手だっ!」


 自分を奮い立たせる言葉と共に、公一は剣をスラリと抜いた。

 レダも、公一の動きの良さと、抜かれただけで空気を切り裂きそうなほどに輝く剣を見て、一瞬怯む。しかし、公一の構えや、緊張でやや荒れた呼吸に気づき、戦いは素人であると判断した。


「おい小僧、そんな危ないもん、ドシロウトが振り回すんじゃねえ。失せな」


 腹から声を出し、レダが凄む。かつての世界で、喧嘩もろくにしたことない公一にとって、かなり恐ろしいものであったが、耐えることはできた。昨夜、相手をしたイライツの浴びせかけて来た殺意と憎悪に比べれば、遥かに弱い。


「お、おい、君」

「早く……退いてください」

「くっ……すまん! すぐに応援を呼んでくるから、それまで持ちこたえてくれっ」


 心底から悔しそうにしながらも、このままでは傷ついて動けない自分たちの方が、公一の足手まといになることを理解し、二人の衛兵はその場を離れていく。


「……ち、どかねえか」


 公一が素人だとわかっていても、レダは油断しなかった。公一の身体能力だけで、かなりの脅威だということはわかっていたからだ。


(門まではあと少し……ぐずぐずしていたら、兵士が集まって来ちまう。アレを使うか? 勿体ないが、今回の仕事から出る儲けを考えりゃ、使っても黒字になる)


 レダは、腰につけた麻袋に手を突っ込む。

 先ほど使った目潰しかと、公一が警戒するが、レダが取り出したのは、もっとずっと危険なものだった。

 片手で掴める程度の球体。材質は一見、ガラスか水晶のようだ。透き通っているが、中心部は真紅。公一はそれに対し、怪物の目玉のような、不気味な印象を受ける。


「あ、あれはっ! コーイチさんっ、それを使わせないでっ」


 それを目にしたナピが公一に訴えたが、遅きに失した。

 レダは邪悪に笑い、


「『生きれば死ぬ、死ねば生きる』」


 謎の言葉を口にして、球体を手から離した。

 落下した球体は、地面に当たってあっさりと砕ける。そして割れた瞬間、球体の内部から大風が吹き上がった。


「⁉」


 反射的に飛びのく公一。レダもまた、砕けた球体から離れる。風の中にどこからともなく白い煙が生まれて、風によって周囲に巻かれ、公一の視界の大部分が塞がってしまった。


(煙幕?)


 煙で周囲を覆い、その間に逃げるつもりかと考え、公一はレダが今どこにいるか耳を澄ませて探る。

 しかし、レダの使った物は、煙幕などではなかった。


 ズオッ!


 煙の中から、何か奇妙な長細い物体が、槍のように突き出された。公一はそれを咄嗟に剣で受け止め、弾き返す。すると、その細長い物体は素早く煙の向こう側へ引っ込んでいった。そして、煙の中から、ザクザクと地面に槍を突き立てるような音が立つ。


(今のは?)


 訝しんでいると、風がピタリと止み、煙が今度は急速に晴れていく。薄くなる煙の中に、公一は先ほどまで存在していなかった、巨大な存在が、出現していることを知った。


「なん……⁉」


 キュルルルルルッ‼


 甲高い奇妙な鳴き声をあげ、そいつは地から高く跳びあがり、公一に向かって落下してきた。このままでは押し潰される。


「わわっ!」


 右に避けて、そいつをかわした公一は、そいつの姿をよく見る。完全に煙が晴れた今、そいつの姿ははっきりわかった。

 暗緑色に染まった体。牡牛の倍ほども大きな、歪な玉状の胴体。それに、蜘蛛に似た八本の足をつけたような姿。全身に鋭い棘が生え、カニのように突き出た、二つの赤い眼がこちらに向けられている。まるでサボテンと蜘蛛を掛け合わせたような異形。


「こ、コーイチさん! それは魔物です! さっきの球体は、魔物封じの『ランプ玉』です!」

「魔物召喚……ってこと?」


 公一の口元が引きつる。改めて、この世界が異世界であることを思い知る。


 キュルルルルルルル‼


 耳障りな鳴き声をあげる魔物は、公一を敵か、あるいは獲物と定めていた。


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