放課後
1
今日から本格的に始まった授業も、そう大して中学のときと変わったものでもなく、いつの間にか放課後になっていた。
もちろんそれまでに定信と昼休みに初めて購買にパンを買いに行ったり、早速初日から定信が授業中に寝て、先生に立たされたりとか色々なことがあったが、特に語る必要もないだろう。
部活動見学に行くと言っていた定信と別れ、僕は二年生の教室へと向かった。永遠子に一緒に帰ろうと誘われていたからだ。
「そう言えばとわちゃんと一緒に帰るの久しぶりだな」
これまで朝は一緒に登校していた僕たちだったが、帰りは昨日まで一年生が短縮授業だったこともあり、時間が合わず一緒に下校することができずにいた。久しぶりの幼なじみとの下校ともなると感慨深くもなるものだ。
一つ年の離れた僕たちは小学校と中学校、中学校と高校の間で一年間別々になる。僕を弟のようにずっと面倒を見ている永遠子はその一年間を非常に残念がった。
実は中学校に僕が入学した時、「もう子供ではないのだから一緒に登下校するのは嫌だ」というようなことを永遠子に言ったことがあった。今でこそそれが照れ隠しであったことがわかっているのだが、思春期になったばかりの少年にとっては、それは耐えがたいものだったのだ。
しかし、それを聞いて永遠子は大泣きした。中学校の校門前でだ。
まさか泣くとは思ってなかった僕は、周囲の目もあり驚き慌てふためいて必死になだめた。その時にどさくさに紛れていくつか約束をさせられてしまい、そのうちの一つが「可能な限り一緒に登下校をすること」だった。
おかげで同級生からはからかわれ、それなりに美人で結構人気だった永遠子のことが好きな先輩がたからは、嫉妬の目を向けられた。それでも僕にとっては永遠子に泣かれるよりは十分に軽いものだった。
それ以来ずっと永遠子のそばに居た。僕がいなくなることで永遠子が悲しむのなら、いつまでだって居てあげようーーーーそれが僕の出した答えであり、恋愛感情とは異なるものだと理解している。
2
二年生のフロアは一年生とは別の校舎にあり、少し離れていて遠いことは知っていたがこれほどとは思わなかった。川久保高校は、正門から見て一年生、三年生+教職員室、二年生という順に校舎が並んでいる。
なぜこんな並び方にしたのだろうと入試を受けた時から気になっていたのだが、つい先日永遠子が教えてくれた。
「あ〜それは、職員室とか生徒会って真ん中にある方が便利でしょう?先生たちも端から端まで授業のたびに移動するの面倒だろうし。それに進路とかで何かと先生と面談をする三年生にとっては、先生たちと同じ校舎の方が合理的だから」
だそうだ。しかしこのため、一年生校舎から二年生のもとへと向かうには一度外に出て、三年生校舎を迂回してから向かう必要があるのだ。
僕が永遠子のクラスの教室に着いたときは(少し自分の教室でモタモタしていたのもあって)授業が終わってから、十分程が経過していた。中からは数人の女子の「うっそ〜マジ〜?」などと喋る声が聞こえる。
少々躊躇ったが意を決して開ける。ーーーガラガラ
すると、中にいた三人の女子がこちらをちらりと見た。奥で窓際に背中を預けて立っているのが永遠子だった。夕日でもともと明るめな髪色がさらに赤っぽくなっていた。
他の二人は机に乗っていたり、椅子に座っていたりしたがこの二人、どうも格好がアレだ。言うなれば不良の一歩手前。金に近い髪に、だぼだぼのカーディガン、そして短いスカートとウチのクラスの天羽冴香同様、僕が関わりたくない系だ。永遠子は普段からこのような人たちと親しいのだろうか、少し心配になってジロジロ見ていると。
「永遠子ぉ、この子がさっき言ってたぁ幼なじみぃ?」
「律儀にやってくるなんてぇ、永遠子思いのいい子じゃなぁい?」
………うっわ。喋り方まで冴香そっくり。
僕が黙っていると、彼女らはこちらに寄ってきた。
「ねぇキミぃ、名前はぁ?」
二人の中で胸の大きい方の人が聞いてきた。
「え、えっと、友木昌平です…」
「へぇ、昌平くんっていうんだぁ。あたしぃ結構タイプかもぉ」
今度はツインテールの人が話しかけてきた。………僕はタイプじゃありませんおかえりください。
なんなのだろう、ギャルのコミュニケーション力おそるべし。あと、あの頭の悪そうな話し方のせいで頭痛くなってきた。
しかし、いい加減うんざりしていたところで助け舟が入った。永遠子が僕の横に立ち、手で庇うようにしながら、
「も〜うちの昌平に手を出さないでよー。昌平は私だけのものなんだから!」
……うむ。いやまあ、確かに的確な台詞かもしれないけれど、この状況では永遠子が僕のことを好きみたいに聞こえないか?それはないと僕は知っているからいいんだけどさ。
「ぇ〜うっそ〜。永遠子まさかの年下趣味ぃ〜?」
と、ツインテール。あなたさっき僕に手を出そうとしましたよね、他人のこと言えないでしょ。
しかし、もう永遠子はノリで押し切ろうと思ったのか、
「ええそうよ!私は年下が好きよ。でも、年下は年下でも昌平じゃなきゃだめなのよ!」
バーンと効果音さえ聞こえそうな程清々しく、永遠子は宣言した。
「……えーと、とわちゃん?」
ノリとはわかっていても、ちょっと恥ずかしくなってしまった僕だった。というかギャル二人ちょいひいてるし。
「そ、そそ、そっかぁ。えーとぉ、お幸せに?」
「あたしらの前でぇ、イチャつくなしぃ………チクショウ」
「…………。」
ギャル二人は逃げるように教室から姿を消した。色々な意味で経験豊富なのだろうと勝手に勘違いしていたが、意外とウブだったようだ。
しかし念のためにもう一度言っておくが、永遠子は本気で好きだと言ったわけではない。あくまで彼女なりのジョークなのだ。僕は弟のような存在に過ぎないのである。
「よ〜し、じゃあ昌平。帰ろっか!」
先ほどの騒動を一切気にするそぶりもみせず、無邪気な顔で微笑んでいる永遠子を見ていると、難しいことを考えるのがバカバカしくなってきた。
「あ、待って、とわちゃん。僕、今日買い物してから帰りたいんだけど……」
前を行く永遠子に追いつき、二人並んで歩く。幼少期から何度も繰り返してきたそれは、高校生になっても変わらぬ姿だった。
その時、時刻は午後四時半を回ったところだった。