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ヨル・レーカ  作者: 来ヶ谷
第一章 走馬灯
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道は二つ

伽耶の顔を避けて目をやると、ぱりっとしたスーツを着た30代くらいの男性が立っていた。

あっさりとした顔は特徴がなく、一瞬、見覚えがあるような気がしたが、気のせいのような感じもする。

どうだったっけ?

思い出そうとしていたら、男性に振られた。


「優秀な人であればなおさら代わりなんていない。その人にしかできないことだってあるだろう。君もそう思うだろ?」


「はい! 思います!」


僕は大きく頷いた。

伽耶は「もう少しでオトせそうだったのに、邪魔するとかマジありえないんですけど!」とぶつぶつ言っていたが、気にしない。


「ふむ。いい子だ。素直なところは変わってないらしい。それにまだ幼い。こういう子は育て方次第で何色にも染まるから、開発の余地が非常に大きい」


「え? なんですか?」


男性はこちらを見て、顎に手を当てて呟く。

変わってないって、この人、僕のこと知っている?


「いや、こちらの話だ。それで、君は……」


何かを言いかけようとして、伽耶が乱暴な口調で遮った。


「もういーでしょ!? いつまでペラい話をドヤ顔でするつもりだよ、おっさん!」


伽耶は敵意をむき出しにして男性を睨みつけると、次に僕の両頬を手で挟んで自分の方へ向かせた。


「テンガもだよぉ? 今はアタシとたのしい話をしてる最中でしょぉ? なのに、なんで知らないおっさんなんかに構うかなぁ? 知らないおっさんと話したって何も貰えないんだよぉ?」


伽耶のじとーっとした目が怖い。

動いたら何かされそうな雰囲気があり、「いい話だよ」と言おうとして口ごもってしまった。

伽耶は僕を守るように手で体を退かせると、さきほどまでの明るい声音から一転して暗い声を出す。


「さっさとどっか行ってくんない? マジ迷惑だから」


男性ははっと気がついた表情をして、


「ああ、誰かと思ったら、花札さんところのやんちゃ娘じゃないか。いやー、今まで気づかなかったよ」


ととぼけた声で言う。


「うざいんだけど。いいから早く消えろ」


ひそひそ声で、知り合い?と尋ねると、伽耶は大げさに首を振った。


「でも、残念ながら君じゃないんだ。安いワインならコンビニでも打ってるしね。用があるのはその隣」


男性は僕に目を移した。

すると、伽耶は警戒を前面に出した。


「これはアタシんだ! 絶対渡さない!」


「それは君が決めることだ」


男性は黒の鞄を開けると、画用紙を取り出して、さらさらと何かを描き出した。

そして、うんうんと満足げに頷くと、それを見せてきた。


「私はね、人生につまづいて起き上がれない子供達を導いて、もう一度立って歩けるようにしてあげることに喜びを感じるんだ」 


紙には簡単な4コマが描かれてあった。

仲間の輪の中に入れず一匹だけポツンと立っているヒヨコ。

他のニワトリやヒヨコ達はそれを見て、異質なものは排除だといわんばかりにヒヨコの体を激しくつつく。

ヒヨコの体はところどころ毛が落ち、血に染まる。

そこに、大きな手が現れてヒヨコを救うというストーリー。


僕は感動した。

こんな素敵な絵を描ける人が悪い人なはずがない。

伽耶はなんで嫌がるんだろう?

首をかしげていると、男性が僕に手を差し伸べてきた。

僕を救ってくれるというんだろうか。

でも、よく知らない人についていってはいけないと教えられた。

手の平は大きくて、厚くて、本当に大人の手の平だった。

僕はその手を……。


「花町典雅! 君はうちの店でNo.1になれる逸材だ! 一緒に来い!」


…………ふぇ?


「それはどういう……?」


「うちの店は極上の時間を過ごしてもらうために客のニーズに答えたプレイを提供する」


「それただの風俗店だろ!」


伽耶が横から叫んだ。


「え? フーゾク店を知っているの?」


伽耶に尋ねたら、目を背けられた。

頬が薄っすら赤い。

男性は話しを続ける。


「フッ。ただの風俗店だとみくびってもらっては困る! うちは全国に店舗を持っている大手グループだ!」


そう言うと、俊敏な動きで僕の手の平に名刺を置いた。

純粋な興味から目を落とすと、『吉原風俗 イアングループ 四葉支店店長 宿場 駿』と印字してあった。


「そういう意味でただって言ったんじゃねーし! てか、最悪! 死ねばいいのに!」


伽耶が荒れていた。

だが、勢いなら男性ー宿場も負けていない。


「君のポテンシャルはうちの店でこそ大輪の花を咲かせることができる! さあ、一緒に這い上がって、みんなを見返してやろうじゃないか! そして、ゆくゆくは天下を取り、この世の中を変えてやろう!」


2人の勢いに気圧される中、僕は思った。

この人がいい人かはひとまず置いておいて、伽耶の反応からするに、フーゾク店とは恥ずかしいものらしい。

断ろう。

まぁ、恥ずかしくなくても答えは変わらないけど。


「すみません。ちょっといいですか? あの、僕、お断りさせて……」


「さあ、そうと決まったら動くのは早い方がいい! モノがいいと言っても、学ばなければならないことはたくさんある。時間は有限なんだ」


「え!? ちょっと待って、聞いて、僕は行かないって……わぁ!?」


ふいに体が宙に浮いた。

何事かと下を見たら、スーツを着た別の若い男性に米俵のようにひょいと肩に担がれていた。

僕は、


「下ろして! 下ろしてよ!」


と訴えたが、手に込められた力は強いままだった。

それならばと、宿場と敵対関係にある伽耶なら助けてくれるかもと呼ぼうとしたのだが、それは無理なことだった。

伽耶は今まさに口元にハンカチを当てられ、苦しそうな表情でうめいた後、その場に崩れ落ちた。

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