突然の告白
僕は伽耶に背を向けて、一歩目を踏み出したところでふいに思い出した。
右肘や膝の関節を痛めていたことを。
失敗しちゃった……。
僕は体を強張らせて痛みに備えた。
しかし、数秒経ってもなぜか痛みは来なかった。
痛い、痛い、いた……い?
それどころか、少し前は動かせなかったはずなのに、今は普通に立てている事実に気づいた。
んんん!?
そんなすぐに治るはずがないよね……?
狐につままれたような気分になったが、とりあえずそれは後で考えることにして、再度歩き出した。
本道を少し歩いた後、細い横道を見つけた。
そっちは街灯がなく遠くまで見通すことができない。
僕好みの暗い道だ。
僕は引き寄せられるようにその道に入ろうとしたら、隣から声をかけられた。
「こっちは危ないよぉ? パクッと食べられちゃうよぉー?」
「うわぁ!? びっくりした。ていうか、ついて来ないでよ!」
なぜか伽耶も一緒に来ていた。
別れるって言ったのに。
伽耶は答えず、代わりにきゃははと笑い、続けて
「それとも食べられたいのぉ?」
と、神経を逆なでするような言い方で僕を煽る。
だから、つい声が大きくなった。
「君には関係ないでしょ!」
声音は悲しみの色を含んでいた。
「食べられたいんだぁ。そうなんだぁー」
「やめて!」
僕は自分の耳を塞いで悲鳴を上げた。
僕がどうなろうがどうでもいいでしょ!
放っておいてよ!
翻弄してくるのはやめて……。
僕は凍り付いたように動けなくなった。
そうしていたら、いつの間にか伽耶が目の前に立っていた。
伽耶は体を前に屈め、つんつんと突っついてくる。
「ねぇ、ねぇ、テンガ」
「……なに?」
まだ僕に何か用があるの?
「さっき帰るって言ってたけどさぁ、家追い出されちゃったんでしょ?」
それを聞いて、僕はポカンとした。
「何で知って……」
花町家の人間しか知らないはずなのに、なんで。
「じゃあ、帰るとこなくない?」
伽耶は僕の反応を見てにやっと笑う。
それにムッとした。
僕はそっけない返事で返した。
「だから?」
たとえ知っていたからって、君には関係ない。
「だからぁ、一緒に暮らそ!?」
伽耶は体を揺らしながら言った。
りんごほどの小ぶりな胸が揺れる。
…………え?
「ごめん、聞こえなかった。もう一回言って」
一緒に? 一緒に何をするって?
「いいよぉ。だから、帰るとこがないならアタシのウチで一緒に暮らそうよぉ?」
あ、聞き間違いじゃなかったんだ。
僕は大きく息をすると、大声で叫んだ。
「絶対にいやだ!」
すると、伽耶は目を丸くして身体をビクッとさせた。
だが、それも一瞬で、すぐに頬を膨らませると、僕の肩を掴んで揺らし始めた。
「何でよぉ!? 一緒に来てよぉー!」
駄々をこねる子どものように言う。
それに対して、僕は出したことのないような冷たい声で言い放った。
「僕、君が苦手なんだ。最初から距離が近い人は信用できない」
それも少しあったが、本当は一人になったから。
一人になって、最期くらいは宮緒様の希望に応えたい。
「そ、そんなこと言わないでよぉ! 無理とかひどいよぉー!」
伽耶はショックだったのか、目を潤ませる。
その様子に一瞬ほだされかけ、慌てて僕は顔をぷいっとして見ないようにした。
「テンガはもうアタシのモノなんだよぉ?」
伽耶は寂しそうに言うが、言っていることは滅茶苦茶だ。
「な!? 僕は僕のモノだ!」
僕が言い返すと、伽耶は眉尻を下げた悲しそうな表情のまま、唇をべロッと舐めた。
「違うもん! テンガの髪の毛からつま先まで全部アタシのモノだもん!」
そして、伽耶は僕の首に腕を巻き付けて体重を乗せてきた。
伽耶の柔らかい体に僕は戸惑う。
「来るな! 何を言ったって、何をされたって意思は変わらないからね!」
すると、伽耶は驚いたような声を上げる。
「もしかして、まだあの家に未練があるのぉ? あんなひどいことされたのにぃ?」
「……」
未練なんか、ない。
花町家を追放された今、僕はもうこの世では生きていけない。
「健気だねぇ。アタシ、テンガのそーゆーとこ大好き!」
伽耶が僕の耳元で囁く。
熱い吐息が耳にかかってぞわっとした。
「来るなって言ってるのに……」
僕は伽耶の腕を掴んで離そうとするが、それ以上の力で抱きしめてくる。
「その一途な気持ちをアタシに向けてほしいよぉ。だからぁ、家への想いを断ち切ってあげるねぇ」
「君は何を……」
「花町宮緒は花町典雅を嫌悪してる。それはもう存在を忘れたいほどに。だから、テンガは花町の家に絶対戻れない。ここまでいーい?」
伽耶は意地悪そうな表情を浮かべた。
「知らない」
「うん、うん、ちゃんと聞いてるねぇ。じゃあ、それはいつからだと思う? 答えはね、テンガが生まれた時から……」
「聞いてない!」
僕は伽耶の言葉を遮ろうと叫び、胸で暴れるが、話すのをやめない。
それどころか、大声で僕に聞かせるように言う。
「すでに嫌いだったんだってぇ! 理由は、一夜の間違いでできちゃった子どもだからぁ! きゃはは! ウケる!」
「ウソだ! 宮緒様に限ってそんなはずがない!」
宮緒様は聡明な方だ。
その場の雰囲気に流されるような人じゃない。
「ウソじゃないよぉ。花町宮緒から直接聞いた話だもん!」
「だからって、君に本当のことを言うとは思えない!」
「わざわざアタシにウソをつく理由もないと思うけどねぇ?」
「……」
僕は何も言えなくなった。
もうこの話は終わりにしてほしい。
「逃げても、否定しても全然いいけどねぇ。でも、その度にアタシが言ったげる。テンガは花町宮緒に捨てられた。憎まれてた。あのままいたら、殺され……」
「どうしてそんなひどいことを言うの!?」
僕は悲痛な叫びを上げる。
すると、伽耶は熱っぽい声を出した。
「テンガのことをちょー愛してて、アタシだけを見てほしいからだよぉ」
「い、いや……」
愛なんて言葉聞きたくない。
そんなのは嘘だ。
「今日から花町宮緒の代わりにアタシがテンガを愛してあげる」
やめて。
ていうか宮緒様の代わり?
そんなのできるわけ……。
唐突に、低い声が聞こえた。
伽耶の後ろから、暗闇の奥からだった。
「誰かの代わりなんてできるわけないだろ? 似ていたり、表面上だけなら似せることはできるかもしれないがな、この世に同じやつは一人だっていないんだよ」