男の娘と黒ギャル
徐々に辺りが暗くなってきた。
車のライトがちらほらとつき始め、道路を照らす。
僕は道路わきに植えられている木に背中を預けたまま、遠くのどんよりした空を眺めていた。
ふいに、女の子の元気な声が聞こえ、現実に意識が引き戻される。
「見つけたぁー!」
次の瞬間、水たまりを駆ける音と同時に、車のクラクションが鳴った。
僕は気になって顔だけ道路側に向ける。
すると、すでに目の前に細い足があった。
僕はびっくりしてすぐさま顔を確かめようとしたら、女の子の方が行動が早かった。
女の子は僕を抱きしめると、背中をトントンと叩きながら大声を出す。
「やっっっと、捕まえたぁ! もう、どこ行ってたのぉー!? 心配したんだからねぇ!」
「え……?」
しかし、逆に僕は状況を理解できず、困惑した。
どういうこと?
僕のこと知ってるの?
つけられているような気がしてたんだけど、ひょっとしてこの子?
でも、それにしては堂々としている。
無視して行こうという思いが過ったが、怪我しているためそうもいかない。
冥土の土産に話だけでも聞こうかな。
とりあえず、僕は女の子のことを声や雰囲気から頑張って思い出そうとしたが、ダメだった。
相手が勘違いをしている可能性もあるけど、どうかなぁ。
いや、きっと僕が覚えてないだけだろう。
だって、僕、人と会う時はいつも緊張して顔をあまり見られないから。
僕は素直に謝ろうと心に決め、おそるおそる口を開いた。
「あの、聞いてもいい?」
「なになにぃ? アタシの何が聞きたいのぉ?」
女の子は僕から体を引くと、まじまじと顔を見つめてくる。
僕は恥ずかしくなってしまい、視線を逸らした。
優雅お姐様や高雅なら大丈夫なんだけど。
「ごめん。悪いんだけど、君のことが思い出せないんだ。だから、できたら名前を教えて?」
言った。
言ってしまった。
失礼だよね。
やっぱり怒るかな。
「アタシ? アタシは伽耶だよぉ! よろしく、テンガ!」
しかし、女の子ー伽耶はなぜか嬉しそうに微笑んだ。
僕はその様子にほっとしたが、同時に疑問を抱いた。
伽耶……。
名前を聞いたらさすがに思い出せると思ったんだけど、出てこない。
むしろ、聞いたことがないと記憶に返される。
おかしいなぁ。
そんなはずないのに。
なので、僕はもう少し立ち入った質問を伽耶に投げかけた。
「もう少し教えて。どこで会ったんだっけ?」
すると、伽耶は間を置かずに答えた。
「テンガの学校の通学路とぉ、公園かなぁー。お姐さんと一緒にいたから話せなかったけどねぇ。あ、最近だとテンガの踊りを見に行ったよぉ。とっっっても可愛かった!」
「うん? 話したことは?」
「ないよぉ。今、初めて話してる!」
伽耶はそう言うと、にへへへへとだらしなく笑った。
そっか。じゃあ、僕が忘れていたわけじゃなかったんだ。
良かったぁ。
ということは……、え!?
じゃあ、君の最初の親し気な言動は何だったの?
僕は急に目の前の伽耶と名乗る女の子に不安な気持ちを抱いた。
落ち着かず周りをきょろきょろ見渡すと、道路沿いにある家の門の前で年配の女性が僕たちを見ていることに気づく。
「あなた、ちょっと来て!? 家の人が迎えに来たみたいだわ!」
年配の女性は家の中に向かって声をかけた。
すると、ほどなくして年配の男性が現れる。
「お、本当だ。良かったなあ」
「暗くなってきたし、子ども一人じゃ危ないでしょ!? もうちょっとで警察を呼ぶところだったわ!」
「そうだな。まあ、気を付けるに越したことはないよな」
「そう、そう! だから、本当に良かったわねえ」
そう言いながら、年配の夫婦は僕たちを微笑ましそうに見ていた。
僕が迷子かそれとも家出をしたとでも思われていたのだろうか。
まぁ、それに近い状況だから仕方ない。
そこで、僕ははっと思った。
伽耶と年配の夫婦の顔を瞬時に見比べる。
もしかして、君が叫んだのは周りに僕が安全だとアピールするため?
それに、さっきの話を聞いていると、会ったっていうか君がただ単に僕を見ていただけなような。
つまり、不審者?
僕は気温が急に下がったかのようにぶるっと震えた。
そして、僕は伽耶にゆっくりと視線を移す。
少しでもその正体を知るために。
伽耶は、僕が今まで出会った女の子とは明らかに異質な存在だった。
ド金髪な頭に、日焼けし過ぎてこんがり以上に焼けた肌、細い眉、つり目、僅かに開いている唇。
服装は黒のタンクトップにデニム系ショートパンツと肌をやけに露出している。
なんというか派手だ。
ちょっと馬鹿っぽい。
僕がじーっと見ていたら、伽耶に気づかれてしまった。
だが、伽耶はそれを咎めるでもなく、なぜかにやにや笑った。
そして、反撃とばかりに僕の体を舐めるように見る。
しかし、僕は気にせず、本題に入ることにした。
「それで、僕に何の用なの?」
答え次第では態度を改める必要がある。
僕は緊張した面持ちで伽耶の目を見た。
すると、伽耶は僕の体を見続けたまま、全然関係のないことを言った。
「テンガって、着物の下何も着てないのぉー?」
「え?」
その瞬間、僕は固まった。
質問に答えていない。
だったら、僕も聞き流せばいいのに、羞恥の気持ちが反応した。
そう言われるってことは、どこか変?
僕は下を向いて着物を見る。
すると、頭が真っ白になった。
そしてすぐに顔が熱くなってくる。
着物が肌にぴったりと張り付いていて、体の線が浮いていたのだ。
雨に当たっていたから!
じゃあ、今までずっと!?
僕は声にならない声を上げ、手でばっと抱きしめるようにして体を隠した。
「何で隠すのぉー? 別にいいじゃん!」
伽耶は楽しそうな声を出す。
「良くない!」
「えー、だって、見せつけてたんでしょ?」
「違うよ!」
「じゃあ、アタシにだけ見せてよぉー!」
「何でそうなるの!?」
そこまで言うと、僕は溜め息をついた。
「もういい! 僕、帰るから!」
そして、そう言うが早いか、その場で立ち上がった。
もう何の用なのかを知るより肌を見られる恥ずかしさの方が上回っていた。