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彼の嫌いな季節




 七月になると、併せて梅雨明けを果たした。空は目に痛いほどの快晴が続き、情け容赦のない日光はじりじりと肌を焼く。炎天下を数分歩くだけでくらりと目眩がした。年々夏の暑さが堪えるようになっている気がする。幼い頃は直射日光なんて気にしたこともなかったのになあ。これが大人になるということだろうか。たぶん違う。


「水島ぁ、太陽倒してきてぇ」

「無理ですぅ、現実見てくださいー」


 首からフェイスタオルを下げ、だらしなく語尾を伸ばして無茶ぶりする仁見先輩に、同じくだらしない口調で拒否を示した。放課後を迎えても、太陽はまだ元気いっぱいに輝いている。少しは休憩してくれてもいいのだが、残念なことに、今年も太陽は頑張り屋さんだった。

 聖司と帰ろうと下駄箱までくれば、そこで仁見先輩に見つかった。聖司が仁見先輩と言い合うのをのんびり眺めていれば、今度はそこに聖司の担任の先生が通り掛かる。先生は聖司に用があったようで、少し職員室に来るように促した。私から目を離す事を嫌う聖司は始め、私にも一緒に来てほしそうにしていたのだが、仁見先輩が一緒に下駄箱で待っていると告げれば、心底嫌そうな顔をしたものの、私を置いて担任の先生に付いていった。

 聖司が何だかんだ言いながらも仁見先輩を信頼していることには気付いていたが、渋々で仕方のない状況とはいえ私を預けられるほどとは思っていなかったので、少し驚いた。


 炎天下で聖司を待つのは当然ただの苦行でしかない。私達は太陽の光が届かない下駄箱から出ることなく、取り留めのない会話をしていた。直射日光さえ当たらなければ、下駄箱は風の通りもよく、少し涼しいように感じる。


「陽に当たるとなあ、火傷みたいになるから嫌なんだよなあ」

「あー、仁見先輩は色白いですもんねえ。日焼け止めとか塗ってます?」

「塗ってない。女子がするものだろう、ああいうのは」

「いや、痛くなるほどなら塗った方がいいんじゃないですか?」

「面倒なのは好かん」


 まあ、見た目に反して中身は繊細の対極にいるような人だ。仁見先輩がまめまめしく日焼け止めを塗る姿など想像も付かない。しかし、私としてはせっかく白く珠のようなお肌をしているのだから、どうにかその美しさを保つ努力をしてもらいたい。この綺麗な肌が赤くなって皮の剥ける様を想像すると、可哀想だしもったいない。

 肌が火傷っぽくなるのから守る為か、仁見先輩は七月に入ってからも長袖のシャツを着用している。それで少しは日差しを避けられるかもしれないが、それでもやはり、日焼け止めもあったほうが安心だと思った。顔や首は晒されていることだし。


「いっそ麦わら帽子でも被って登下校しようか」

「それなら日焼け止め塗りましょうよ。悪目立ちし過ぎでしょう」


 そうは言うものの似合いそうではある。首から下が白いワンピースで、いつもわしゃわしゃの髪をきちんと整えれば完全に別荘に避暑に訪れたどこぞのお嬢様、という風体である。さすがに失礼すぎる気がするので口に出すことはしないが。


「すぐに夏休みだな」

「どこか遊びに行く予定でもあるんですか?」

「まあ、行ったり行かなかったりだ」


 よく分からない曖昧な返事だった。ただの世間話で、そうも本気で仁見先輩の私生活が知りたい訳でもないのでいいのだが。あ、でもやっぱりちょっと知りたいかもしれない。仁見先輩が学校以外でどういう生活をしているのか、全く想像が付かないので興味があった。


「水島たちはどっか行かないのか?」

「あー、どうでしょう」


 例年通りなら、精々図書館に出掛けたり、買い物に行くくらいで終わるだろう。それも、可能な限りはそれにすらも行かないはずだ。

 私の曖昧な返事に、仁見先輩は靴の中に砂でも入っていたのか、靴を脱いでひっくり返しながら呟いた。


「夏目は夏が嫌いだろう」


 夏目なのになあ、と仁見先輩は可笑しそうに白い歯を見せて笑う。靴を履き直して、とんとん、と爪先を地面に当てた。


「…………よく、分かりましたね」

「見てたら分かる」


 聖司は人に察せられることが好きじゃない。嫌いと言ってもいいかもしれない。何が好きで、何が嫌いで、何を考えているのか、そういうのを人に悟られないようにいつも気をつけて生きている。だからこそけして、見ていたら分かるようなものではないと思う。それを知られてしまうほど仁見先輩に気を許しているのか、それとも仁見先輩が鋭いのか。


 確かに聖司は夏が嫌いだった。暑いからか、家を出たがらない。基本的に私が他の人と出掛けたいと思わないようにするためか、私の行きたいところには快く応じてくれる聖司が、それでも出かけるのを渋る。だからと言って束縛が緩むはずもなく、私もまた、家からほとんど出ずに夏休みを終えるのが常だった。夏休みの思い出といえば、聖司と一緒にテレビを見たり、家の前で手持ち花火をするくらいである。


「昔からか?」

「え?そうですね、もうずっとです」

「いつから?」


 いつ、私は咄嗟に答えられずに、思考を過去へと向けた。いつだろう、気付けば聖司は夏が大嫌いだった。小さい頃なんて泣きそうな顔でぐずるほど、家を出るのを嫌がっていた。けれど、いつからかは思い出せない。出会ったときからだったのかもしれない。


「ごめん、千穂。お待たせ」


 すぐに答えを思い出せずに考えこんでいれば、用事の終わったらしい聖司が戻ってきた。途端に不満の声を上げたのは仁見先輩である。


「こら、夏目。僕に謝罪はないのか。ついでに礼も要求する。水島のボディーガードをしていたんだからな」

「はいはい、ごめんな。ありがとう」

「心が籠ってないぞ!この薄情者め!」


 下駄箱にもたれ掛かっていた身体を勢い良く起こし、仁見先輩は猛然と抗議する。見ていて、仁見先輩の動きは大げさで無駄が多い。それだけ動けば余計に暑くなるだろうになあ、とぼんやり考えた。


「ほら、千穂、帰ろうか」


 促されて、聖司を見上げる。彼は変わらず優しげな微笑みを私に向けてくれるが、そのこめかみには汗が伝っていた。やはり、聖司も暑いらしい。

 外は未だ太陽が猛威を振るっている。心が怯みかけたがなんとか叱咤し、覚悟を決めて炎天下へと足を踏み出した。直射日光で、じりじりと肌が焼け焦げる音が聞こえてきそうだ。


 暑いね、と見上げれば聖司は同じく暑いね、と答える。仁見先輩はまったくもって許しがたい、と憤慨して首に掛けていたフェイスタオルを頭から被った。三人で取り留めのない会話をしながら、私は一つ、と数えて頭のなかにメモを残す。


 もう一つ見つけた、覚えてないもの。聖司がいつから夏を厭うのか、もしかしてそれにも、何か理由があるのではないか。一つ違和感に気付けば、続々とおかしな点に気付けるようになり、同時に疑り深くなった。どれもこれも、秘密が隠されているんじゃないか、なんて。


「なあなあ、コンビニでアイス買って帰ろうぜー」


 すぐに拒否しようとする聖司を制し、私はすぐさま仁見先輩の提案に賛同した。




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