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資格が欲しい



 私が電車の中でうつらうつらしている間に、仁見先輩は聖司へ連絡を入れていたらしい。メールで、自分が私を連れ出したことと今日の行き先を告げていたそうだ。それを確認した聖司が、すぐに家を出て私の後を追ったことは想像に難くない。


「千穂!」


 肩で息をしながら、汗だくの聖司が公園へ現れたのは、仁見先輩が通話を切って五分ほど経った頃だった。私の姿を認めても足を止める事なく駆け寄って、ベンチに座る私の腕を掴んで立たせると。そのまま抱きしめられる。


「千穂、千穂……よかった。何もなくて、本当に………」


 背中に腕を回されて、潰れてしまうんじゃないだろうかと、不安になるほど力を込められる。その腕が微かに震えているようで、途端に罪悪感が募った。

 聖司が、本気で心配してくれることを分かっていて今日ここへ来ると決めた。それでも、彼を苦しめたかった訳ではない。汗でぐっしょりと濡れた彼のシャツの背に腕を回し、同じように抱きしめる。聖司の身体が、少しだけ震えているような気がした。


「ごめんね………」


 罪悪感はあれど、この町に再び訪れたことに関しては後悔をしていなかった。恐ろしく不快な記憶を思い出してしまったとはいえ、思い出さなければ良かったとは思えない。おそらく、それを知らなければ、聖司がどれだけ私を守ってくれていたのか、知ることも叶わなかった。

 聖司の背を宥めるように撫でる。ふと、彼が顔を上げた。その視線が私を通り越した先に向けられる。そこにはきっと仁見先輩が立っているだろう。


『まあ、僕は帰ったら夏目に殺されるかもしれないけどな!』


 ふと、電車内での仁見先輩の言葉が思い出される。聖司は私から目を離さないようにいつも必死だった。私の生活を管理したがり、それを邪魔するものへの敵愾心を隠さなかった。そんな聖司から、こっそりと私を連れだした仁見先輩は、間違いなく攻撃の対象だと思った。


「仁見………」

「聖司、違うんだよ!私が知りたいって、連れて行ってって言ったの」


 縋るようにしがみついて、必死に呼び止めようとする。仁見先輩は間違いなく、私の、それ以上に聖司の為に動いてくれたのだろう。それで聖司に責められるようなことになってほしくなかった。

 しかし、予想に反して聖司は激しい反応を取ることはなく、私を抱きしめたままこの頭を撫でた。


「…………大丈夫、分かってるから」


 そう言って聖司は微笑んだ。その目尻に涙が溜まっているように見えて、思ったよりも落ち着いていたことに安心するより、申し訳ない気持ちが沸き上がる。

 仁見先輩に目を向けて、聖司は落ち着いた声を出した。


「迷惑を掛けた。悪かったな」


 首を回して仁見先輩の方へ目を向ければ、彼は驚いたように大きい目を更に丸くして聖司を見上げているようだった。それから、仁見先輩はくしゃりと破顔して、心底嬉しそうに声を上げて笑う。


「いいってことよ!」


 仁見先輩は、じゃあ僕はお先に帰るかな、と言って公園から出て行こうとする。それを、慌てて引き止めた。


「あ、あの、ありがとうございました!」


 いつものように清々しく笑った仁見先輩は、それ以上何か言葉を口にすることはなかったが、片手を上げて手を振るとそのまま公園から出て行った。小さくなる背を見送ってから、今度は聖司に目を向ける。すると、眉を下げて悲しそうに笑う聖司と目が合った。


「千穂も、ごめん」


 ぽつり、と落とされたのは謝罪の言葉だった。突然何故謝られたのか分からなくて、聖司の顔を見上げる。抱き合った姿を人に見られてはさすがに恥ずかしい、と身をよじれば、背中へ回していた手を緩め、少し距離を取ってくれた。しかし、私の両腕を掴んだまま離してくれることはなかった。近しい距離で触れ合った腕から気温以上に高い熱を生み、汗が溢れるまま止まらない。


「ずっと、千穂の自由を奪うような真似をして…………」

「それは、私を守ろうとしてくれたんでしょ」


 そう言えば、聖司は目をわずかに瞠ったものの、すぐに泣きそうに顔を歪めた。


「思い出したのか」


 ぽつりと零された言葉には、悲しみと嘆きと、けれどほんの少しばかりの安堵を感じられるような気がした。


「………おじさんとおばさんに言われたんだ。千穂は大丈夫だから…………俺も、大丈夫だからって。本当は分かってたんだ。俺も、俺のエゴでしかないって。怖かったのは俺なんだ。それを千穂のせいにして、千穂を守るっていう大義名分で、俺はいつも自分のことを守るのに必死だった」

「聖司は実際に私のことを守ってくれてたじゃない」

「違うんだ」


 聖司の声が震える。怯える子どもみたいで、ひどく頼りなかった。まるで、小さいころのようだと思った。大人しかった聖司は年上なのに、私よりよく泣いていた。そんな聖司が滅多に泣かなくなったのは、やっぱり私のそばを離れないようになってからだった。


「始めは、子どもの頃は本当にそのつもりだった。だけど俺は、だめなんだ。だめだったんだ…………」


 あんまり彼が心細そうで、悲しくて寂しくて、そんな聖司を見上げながら、私はまだ彼を抱きしめてもいい立場にいるのかな、なんてそんなことばかりが気になっていた。




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