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私の彼氏はヤンデレである


 私の人生は常に決められたレールの上を走っている。

 そのレールを決めたのは私ではない。ついでに言えば両親でも、言わば運命というものでもない。気づけば彼にやんわりと手を引かれ、レールの上に乗せられていた。


 私はそれが不快ではなかった。特に反抗心も覚えなかった。元々彼には好意的な感情を抱いており、私を無理矢理そのレールの上に引きずり込むというよりは、自然とそこへ誘導されていたので、疑問を感じる余地もなかった。


 私をそのレールに乗せたのは、お隣さんであり、幼馴染であり、同じ高校の一年先輩でもある夏目聖司なつめせいじだった。人当たりがよく、誰に対しても親切で優しい、贔屓目は承知しているが、好人物と言えるだろう。


 そんな聖司は昔から私が一番だった。何をするにも私を最優先し、誰よりも私を大事にしてくれた。基本的に優しい聖司が、誰の目にも明らかなほど私を特別扱いしてくれるのだ。正直、それに絆されるのに時間は掛からなかった。私ちょろい。


 その結果、私が高校一年生となった現在、聖司は私のお隣のお兄さん兼幼馴染兼先輩兼、彼氏である。私の贔屓目を抜きにしても、おおよそ欠点の付けようのない聖司は、しかしたった一つだけ大きな問題を抱えていた。


「いつも言ってるね?男と話すなって」


 怖い顔をした聖司に腕を捕まれ、空き教室に連れ込まれた。彼は、ギリギリと腕を掴む手に力を込めながらそう口にする。これは結構、いやかなり痛い。あとで赤い痣にでもなるかもしれない。

 聖司は、私が他の男性と会話をすることを極端に嫌った。同級生などもってのほかで、男性教諭が相手でもいい顔をしないし、外出先でちょっと道を聞かれただけでも外出を取りやめて即刻帰宅するほどの徹底ぶりだった。聖司が快く私との会話を許す男性は、彼自身と彼と私の父親のみである。


 そう、彼は異様に嫉妬深かった。私に近づく男は全て嫉妬の対象であり、排除すべき存在である。

 聖司みたいな人を一部の界隈ではこう言うらしい。


『ヤンデレ』と。









 夏目聖司をヤンデレと評したのは私の友人だった。何でも相手のことが好きすぎて好きすぎて精神に変調を来してしまう人を指すらしい。なるほど、聖司のことだった。


 聖司は基本的に人好きするタイプである。誰に対しても親切で優しく、思いやり深い。気が利くし、嫌な顔一つせず頼まれごとも引き受ける。これが本来の聖司である。それなのに、私のことに関してはもう、てんでダメだった。

 私に関わろうとする人間は基本的に嫌いで、敵対心を隠そうともしない。外面こそ穏やかなままだが、笑顔のまま吐かれる言葉に分かりやすい毒が含まれる。

 私が例え事務的な内容とはいえ男性と話せば、普段はまるで宝物のように扱ってくれるのに、今のように苛立ち紛れに腕を掴まれて痣が残る、なんてことも少なくなかった。


 これが、私が小学校二年生、聖司が三年生のときから続いており、しかも年々悪化しているような気がする。私も所謂年頃の娘というものになったので、聖司も気が気でないのかもしれない。

 もっとも、私のことをそういう目で見ているのは聖司くらいだと思う。男性にしては繊細で整った顔立ちをしていて女子の憧れを集める彼とは違い、卑屈になるつもりはないが、私は突出した美貌というものを生憎持ちあわせてはいなかった。


千穂ちほ、返事は?」


 ギリギリギリ。腕を掴む力は緩む気配が全くない。ああこれ、素直に従わないとずっと許してもらえないやつだ。

 中学生の頃、一度だけ聖司に反発したことがある。聖司に嘘を吐いて友達と出掛けたのだが、すぐに見つかって引きずるようにして連れ帰られた。その後しばらく、学校以外の時間はずっと聖司に私の部屋に居座られて監視されるだけではなく、トイレや風呂に行くのも扉の前で出待ちされた。さすがにちょっとぞっとしたので、あの頃の二の舞いにはなりたくない。


「クラスメートにテスト範囲聞かれて答えただけじゃん………」


 ちょっと面倒くさい、と思いながら答えれば、それが見事に声に出た。恐る恐る聖司の顔を確認すれば、彼は眉間に皺を刻んでいる。


「あのさあ、俺は心配してるんだよ」

「心配って?クラスメートと話しただけで、一体何を?」

「それをきっかけに千穂に近づこうとしているのかもしれないだろ」


 聖司は私に関することのみ、妄想力がよく働く。


「千穂」


 一段、私を呼ぶ聖司の声が低くなった。彼との長い付き合いという経験上、今が退き時だと思った。


「………ごめん、気をつけるから」


 正直言えば、心にもない謝罪である。ただ、こうして再び聖司に怒られるのは御免こうむるので、可能な限り従おうという意欲はあった。

 聖司はじっと私の目を覗きこむ。しばらく、そうして見つめていたが、やがてふっと見慣れた優しい微笑みを浮かべて私の拘束を解いた。


「千穂のことを信じているからね」


 嘘だ、と思った。聖司は私にとびきり優しく、誰よりも私を想ってくれているが、その実私のことを一切信用してくれていない。だから、いつも私を監視して、こうしてちょっと男性と会話をする度、それを過剰に咎めるのだ。

 しかし、何も無駄に聖司と喧嘩をしたい訳ではない。それを口にすることなく、私は腕をさすって痛い、と文句を言った。


「ああ、ごめんね」


 素直に謝る声が白々しく聞こえてしまうのは、きっと彼が謝ったところでこういったことを繰り返すと、身に沁みて理解しているからだろう。


「でも、千穂が悪いんだよ。千穂が男と話すから。千穂は男と話なんてしちゃダメだよ。誰が千穂を傷つけようとしているかなんて分からないんだから」

「聖司は過保護すぎ」

「千穂が不用心すぎるんだよ」


 はあ、と聖司が悩ましげに溜息を吐く。そんな姿さえ様になるのだから、イケメンは得である。もうすぐ梅雨の季節になるが、イケメンはしとしとと降り続ける雨を背景に載せても鬱陶しいではなく、情緒があると言わしめるような趣きを醸し出す。


「本当は家から一歩も出したくないくらいなんだよ、千穂」

「やだよ。絶対止めてよ。家に篭もりきりとか絶対病む」

「だから、俺だって妥協してるんじゃないか」


 彼の言う妥協とは、女友達と出かけるのを許可する代わりに十分ごとにメールで居場所を伝えるというものだった。これが地味に面倒くさいし、映画などまず観れない。それ以外は当然常に聖司が一緒だし、一人での外出は論外らしい。私のような凡俗がナンパでもされると思っているのかしら。恋は盲目である。


「別に心配しなくても、他の人とどうこうなるとかあり得ないんだけどな」


 そこを信じてもらえないのは、少し寂しい。聖司は監視癖のある面倒くさいヤンデレだ。それに文句を言いつつもなるべく言われた通りにしているのは、何というかまあ、私だって憎からず想っているからに決まっている。

 小さな頃からずっとそばにいて、いつだって私のことが最優先で、他の男性が関わりさえしなければ、間違いなくこの世界で一番の私の味方だ。こんなに大事にされて、何も感じないほど私も薄情じゃない。


 文句をつけつつも、私達の仲は円満な恋人同士と言えるだろう。一つ、私に懸念こそあるものの。







読んでくださってありがとうございます。

大体七万字ほどのお話になるかと思います。一応最後までは書き終わっておりますので、なるべくスムーズに投稿していけるように頑張ります。


最後までお付き合い頂けましたら幸いです。


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