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第三十五話 「目覚めのコーヒー」

「おいおい、聞いたか? タイムス・コーポレーションの本社に強盗が入ったらしいぜ」


 両手にコーヒーカップを持った金髪で眼鏡をかけた男性が、パソコンを見つめて怪訝な表情の男性に話しかけた。

 赤茶髪の男性はパソコンから目を離し、腰掛けている椅子を半回転させて眼鏡の男性の方へ体を向けた。


「今朝のニュースだろ? もちろん見たさ。出版社も大変だな。それより、その手に持ったコーヒーは何?」

「ああ、サムが今日もオフィスに泊まってると思ってね、持ってきたんだ」


 眼鏡の男性がサムと呼ばれる男にコーヒーを差し出した。


「悪いね。ここ最近忙しくて、なかなか帰れないんだ」


 サムの目の下に色づくクマがその多忙さ加減を物語っていた。


「うわ、目の下のクマが酷いな。ちゃんと寝て休憩した方がいいぜ? その方が効率良いしな」

「そんなことわかってる。やらなきゃ終わらねぇんだよ。ったく上層部は俺たちの事を工場のロボットか何かと勘違いしてやがる」


 愚痴を吐きつつ、真っ黒なコーヒーを啜った。一口飲んだ後、サムはそのまま続けた。


「ウィリアム、お前は良いよな。小さい子供がいるってだけで定時で終わる仕事ばかり貰えて。もうそろそろ2才になるんだったか? お前が羨ましいよ」


 それを聞いてウィリアムがニヤリとほくそ笑んだ。


「そうだろう、そうだろう! いやー、子供はいいぞ? うちの娘は来月で2才になるんだがもう可愛いのなんの。サムも早く良い人見つけた方がいいぞ? 生きる活力になる」


 そう言って懐から取り出したケータイの待受を見つめる。娘の写真が設定されていたのだ。サムは蕩けた視線で釘付けになっていた。


「そうだな、結婚して子供が産まれれば残業しなくてすむしな」

「別にそういうことを言っている訳じゃ……」

「とにかく、そういった意識があるなら少しでも仕事を手伝ってくれよ」

「そう言うことなら全然手伝うさ。僕にできることなら何でも言ってくれ」

「それじゃあ、向こうの打ち合わせブースに行こうか」


 そう言ってサムは数枚の紙の資料を手に持ち立ち上がった。


「何の打ち合わせ?」


 ウィリアムがサムに問いかける。


「今日はSCGのリーダーが来る予定だ。9時の約束だからもうすぐ来るだろう」

「SCGってあの公には存在を隠しているって言う特殊部隊かい?」

「そう、その部隊長様がこれから来るんだ。詳しい事は聞いていないが実戦で魔法のデータを収集しているらしい。今日はそれ関連だろう」


 サムが自分の腕時計を確認すると、針は8時45分を指していた。

 二人は打ち合わせブースに移動した。そこには円形のテーブルに椅子が四個配置されていて、それが何セットも点在している場所だった。二人はその椅子に腰掛けて、件の人物を待つことにした。


「ウィリアムには議事録を取ってほしい。まあ、そこまで長々と話すとは思わないから気楽にやってくれ」

「OK、任せてくれ。ところでその資料は何だい?」


 ウィリアムがサムの手元にある紙の資料を指差した。


「ああ、これは件のリーダーが魔法島で撮った写真らしい。画質も良くないし、ぼやけていてよく分からないがな」


 手元の写真は白いモヤがかかっている様でその全景を窺うことが出来そうになかった。

 ウィリアムが手元の写真をテーブルに置き、懐からメモ帳とペンを取り出したその時、件の男が現れた。


「やあ、君がサムだね? SCGのフーだ。今日はよろしく頼むよ」


 三十代後半くらいの体格の良い茶髪の男がサムに話しかけた。


「はじめまして。僕がサムで、こっちは同僚のウィリアム。彼には議事録を取ってもらいます。今日はよろしくお願いします」


 即座に二人は席を立ち、それぞれ握手を交わした。

 一通り挨拶も済ませて三人は白い椅子に腰掛ける。


「さっそくだが、送った資料は見たかい?」

「これのことですか?」


 すぐさまウィリアムが手元の資料を見やすい位置に置き直した。


「そうそう、これこれ。さて、サム。君にはこれが何かわかるかい?」


 フーは悪戯な笑みを浮かべてサムに尋ねた。


「……いや、さっぱりわからない。一体これは何の写真ですか?」


 それを聞いたフーは懐からタブレット端末を取り出し、テーブルの上に置いた。


「まあ、そう言うと思って写真の元になる動画を持ってきた。正直、動画の容量が大きくて送れなかったんだ」


 サムとウィリアムはタブレットの画面に注視した。その動画は、以前フー率いる小隊が魔法島へと潜入調査しようとした時の映像だった。動画内では天気の良い昼下がりに崖を登った直後、霧が立ちこみ始め周囲を警戒したのも束の間、足元に大きな穴が開き、一瞬にしてSGSの五人が乗って来た船まで戻されてしまうという内容だった。


「これはあの魔法島ですか? まさか潜入調査でもしようとしていたとは驚きです」

「ああ、あの島はまだ国として認められていないからね。いち早く我が国の領土にしたいそうだよ。まあ、その話はまたあとで。まずはこの魔法についてだ」


 フーが動画を巻き戻し、霧が発生する直前で一旦停止した。


「現地で体感したから確かだが、霧を発生させる魔法で間違いないと思われる」

「おそらくそうでしょうね。で、この魔法を再現しつつすぐに発動できるような道具が何かを作りたい。ってところですか?」

「ほぅ、話が早くて助かるよ。その通り、イメージはスモークグレネードかな。実践向きかどうかは……まあ使ってみないとわからないな」


 フーは動画のシーンを進めて、船まで戻された例の場面に切り替えた。


「本題はこっち、ですよね?」と、サムが訊いた。

「そう、問題はこの魔法だ。足元に空いた穴を通って明らかに瞬間移動している。だれもが一度はした妄想が現実に起きてる」


 これを見たサムは肩をすくめた。


「これの再現はおそらく無理ですね。できるならとっくに研究してるし、実用化の話もそちらの方へ持ち掛けるはずです」

「でも現実に起きてる。……まあ、これに関しては再現はできなくて構わない。ただこれの原理をなるべく調べて欲しい」

「ふむ、原理ですか……」

「次にまた同じ手を喰らわぬようにな」

「次……?」


 フーは懐から一枚の紙を取り出した。そこには太平洋とその周辺諸国が描かれた衛星写真だった。


「その魔法島は地図でわかる通りホノルルよりもやや日本国寄りに位置している。ここを領土にしたいのは政治的意味合いが大きいらしい。ま、それに関しては興味がないが、重要なのは島民と島そのものだ」


 フーはそのまま話を続ける。


「六年前に島が姿を現した時、衝撃が走った。我々の知らない文化、そして魔法の存在。この島は軍事的利用価値に溢れている。端的に言えば実効支配をする必要がある」


 それを聞いたサムは訝しんだ。


「気持ちはわからなくもないですが、些か急ぎ過ぎだと思います。出現から六年が経った今、周辺国とは良好な関係を築きつつある。実効支配なんてしたら世界からのバッシングが絶えないでしょう。それでもその価値があるという事ですか?」

「ある」


 フーは間髪入れずに答えた。


「実際に踏み入った者だけがわかる事だが、間違いない。あの島にはまだ誰も知らない秘密がある。正確には島民以外が知らない、だね」

「なぜそう言い切れるんですか?」

「大地、そして大気から漂う魔力の量が明らかに違う。魔法を軍事利用し始めてから三年程が経つが初めての経験だった」

「なるほど、それは確かに興味深いですね……」

「そうだろう? まあ、我々がどんな思想を持っていようが構わず計画は進んで行く。それに変わりはない」


 そう言ってフーは椅子から立ち上がった。


「今日はここまでにしようか。あ、ちなみに期日は二ヶ月ってところだな」

「つまり二ヶ月後が作戦開始って事ですか?」

「その通り、期待してるよ。あとこれは余談だが、最近新聞社の強盗事件が起きているそうじゃないか。念の為ここも気をつけるように」

「ええ、そうしますよ」


 フーは目で頷き、背を向けてその場を後にした。

 緊張がとれたのかウィリアムが大きく息をついた。


「ふーッ、議事録なんて久々に書いたからなんだか疲れちゃったよ」

「悪いね、あとでコーヒーを淹れてくるよ。砂糖は?」

「二つでお願い」

「OK。さーてと、これから忙しくなるぞー……」

「今朝も言ったが、できる事ならなんでも言ってくれ。手伝うよ」

「是非そうしてくれ。身が保たない」


 ウィリアムの軽快な笑い声が静かなオフィスに響く。

 二人は机の上を片付けて、それぞれの席へと戻って行った。

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