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第三十話 「魔法の修行?」

 木々の間隙により細かくなった日差しが頬を暖める。真夏だと言うのに、ため息が出るような暑さはなく、春の陽気を思わせる心地良さであった。都会より高度があるせいか、偶然にここ最近だけが過ごしやすい気候なのかは知る所ではないが、とにかく心地良いのである。

 たまに吹くよそ風が春也の眠気を誘った。暖かい気候の中、縁側で過ごしていれば誰であれ欠伸が出てしまうのは当然の生理現象である。


「ふぁあああ……」

「気が弛んどる! 喝ッ!」

「いってぇッ!?」


 昼寝に最も適した環境下で春也は、縁側にて坐禅を組んで精神を集中させていた。

 その最中、不意に頬を撫でた風に欠伸を漏らした途端に、善幸による竹刀の喝が入れられたのだ。


「気が散漫としておる。精神を己のみに集中させ、自然の中に溶け込むのじゃ。さすれば、いずれ道が見えて来る」

「本当にこれで魔法がちゃんと扱えるようになるんですか?」

「無論。精神が乱れているようでは己の魔力を御することはできん」

「な、なるほど……」


 口にはしてみるものの、坐禅をすることに対しての疑問が晴れてはいなかった。


「焦りは禁物。ゆっくりじゃ、ゆっくりで良い」

「すうぅぅ……ふぅぅ……」


 春也は大きく深呼吸し、瞑想の中に思考を堕として行った。まだ新しい記憶や想いが交錯する中、その先にあるモノを見据えていた。


「春也は大丈夫かな?」


 部屋の奥で縁側で坐禅している春也を見ながら雅人がふと呟いた。


「どうじゃろうな。魔法の行使には強い意志と冷静さが必要じゃからな。それを自身の中に上手く落とし込めるかどうか、それ次第じゃな」

「……春也、頑張れ」


 背中に語りかけた小さな応援は本人の耳に届くことはなかった。


「それより雅人、そっちの準備は進んでいるのか?」

「うん、こっちは順調だよ。あと少しで終わる」

「それは何よりじゃな」

「ただでさえ準備に時間がかかるのにこう何度も連日、空間転移していると疲れて来るよ」

「ぷっ、お主もまだまだ修行が足らんの?」


 善幸は嘲笑するように口角を上げた。


「ぐぬぬ、何も言い返せない……」


 反論できない自分に対して自然と握る拳が固くなる。


「さて、わしは昼寝でもしようかの」

「え? もう監視、というか見てなくてもいいの?」


 雅人がキョトンとした顔で尋ねた。


「もう大丈夫じゃろ。ほれ、いい顔になったろ?」


 善幸の視線の先にある顔つきは、落ち着いていて、まさに自然と一体化しているような印象を与えた。


「さて問題は、答えをどこに、いやどちらに落とし所を見つけるか。どちらにせよ、彼自身が選んだ道なら否定はせん」

「……どういう意味?」

「ふぉっふぉっ! 雅人にはちと早かったかのう?」

「あー! そうやって馬鹿にして! ヒントくらいは教えてくれてもいいじゃん!」


 そんなやり取りをしつつ、二人は廊下の奥へと消えて行った。一人、縁側に残された春也は気にも止めず坐禅を続けた。ただひたすらに自己を見つめ直し、心を落ち着かせる。坐禅をするだけの日が四日続いた。

 五日目のある朝、春也はいつもとは違う剣道場の様な場所に案内された。建物が主屋の裏手、玄関の裏にある道場であった。

 善幸が戸を開けると、そこには既に雅人が待っていた。その姿は空手の道着のような物を纏っており、普段とは違った雰囲気を感じさせた。


「さて、一段階目の修行を終えて次のステップに移行するわけじゃが……」


 善幸は勿体ぶって二人に目配せして一息ついた。

 遂に魔法について本格的な修行が始まるのだろうか。春也にとって本命であるそれを自然と期待してしまう。


「これからは、わしら二人を相手に武術を身につけてもらう」

「武術……ですか?」


 春也にとって意外にも、ということはなく、場所と恰好から薄々は察していた所がある。とは言え、具体的に魔法を学べるという期待値の方が大きかったため、気が沈んでしまうのだ。


「そう、武術じゃ。強靭な肉体なくして強力な魔力は宿らん」

「……はい! よろしくお願いします!」


 しかし、すぐに魔法を学べないからといっていつまでも落胆している訳にはいかない。出来ることを少しずつこなしていくしかないのだ。

 春也はすぐに気持ちを切り替えて発した大きな返事は道場内に響いた。


「うむ、いい返事じゃ」


 それに、春也は身体作りに思い当たる節があった。先日、アイと対峙した際に、何度も戦斧による攻撃を受けた。数多の魔法による攻撃もあったが、それでも武器を用いた連撃が印象深いのだ。魔法以外の捌く術を知らなければ対処できない可能性は幾分にも含まれている。


「ではまず……」


 またしても善幸は大きく一息ついた。

 どのような内容か春也は固唾を呑んでその時を待つ。


「腕立て伏せ一〇〇回!」

「う、腕立て!?」


 腕立て伏せ。所謂、ただの筋トレである。


「そうじゃ。お主には基礎的な筋力が全く足りておらん。身体作り……そのまんまの意味じゃな」

「春也、頑張れ! ……って、どうしたの? ずっとこっちを見てるけど」

「あ、いや……雅人ってそんなに身体が引き締まってるイメージがなかったからさ」

「ああ、そういうことね。まあ僕は割と着痩せするタイプだからさ。と言ってもそこまでムキムキでもないけどね。触ってみる?」


 そう言って雅人は自分の腕を差し出した。

 春也はその二の腕に触れて驚いた。特別、腕が太いだとかではないが、しっかりと重厚感を覚えさせる身体がそこにはあった。


「それくらいの筋肉は欲しいところじゃの」

「一ヶ月程度じゃそこまで鍛えることは出来ないかも知れないけど、それでも戦い方を身に付けることは出来る」

「本来なら組み手をやりたい所なのじゃが、それは肉体が筋トレに慣れ始めたらでよい。とにかく今は筋トレじゃ」

「はい!」


 春也は、元気よく返事をすると早速、腕立て伏せに取り掛かる。ゆっくり、淡々と回数を重ねていった。


 


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