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第二十九話 「寺下家」

「……まだ起きないね」

「そうねぇ」


 とある一室で交わされる会話。

 二人の女性が深く眠りについたある男を挟んで、その顔を覗いていた。

 その声に反応するかのように男の眉がピクリと揺れた。


「あ、動いた!」


 まるで珍しい生物でも観察していると思わせるその言動。

 そうして、遂にその男が目蓋を開けるのだった。


「うぅ……ここは?」


 覚醒して間もなくは焦点が定まらず周囲の視認が遅れる。

 やがて、視界が明瞭になった頃、男の側に見知らぬ女性が二人いる事に気づいた。


「やあっと起きた! おはよう!」

「君、二日間くらい寝てたわよ」

「だ、誰ェッ⁉︎」


 布団から飛び起き、男は周囲を確認する。男はその部屋に見覚えがあった。そこで二人の神を見送ったのを最後に記憶しているからだ。

 その時、部屋の襖がゆっくりと開けられ、よく知った男が姿を現した。


「あ、春也起きたんだね。おはよう」

「雅人ッ!」


 春也は、唯一見知った顔で安堵した。

 そして、雅人は二人の女性の方へと向き、


「姉さんたち、春也に変なことしてないよね?」

「してないよーッ! ウチらは、まだ起きないかなーって寝顔を見てただけだもん! ね?」

「そうよ、変な言い掛かりはやめて頂戴。それとも、そんなに家族が信用ならないのかしら?」


 元気で明るい方の女性は分かりやすく口を尖らせている。一方で、穏やかな雰囲気を纏った女性は冷ややかな視線を送っていた。


「いや、別にそういうわけじゃないけど……それより! 二人は春也に自己紹介するのまだだったよね?」


 慌てるように、あからさまに話題を切り替えした。


「むぅ……そういえばそうだね。……ウチは寺下姫香。気軽に姫って呼んでいいから」

「……私は唯音。私のことも唯って呼んでいいわよ」


 不服そうな二人の自己紹介が終わって春也は、「どうも、鈴村春也です……」とだけ返した。


「二人は三つ上の双子の姉なんだ。大学に通っているんだけど、今は夏休みで帰省している状態。てか二人とも、挨拶くらいもっと笑顔にできないの?」

「誰のせいだと思ってるの!」

「誰のせいだと思ってるのよ!」

「痛あッ!」


 その憤りのまま、二人の手刀打ちが雅人の脳天に直撃した。


「と、とりあえず、春也はシャワーでも浴びて来た方がいいと思うよ。二日間も寝てて汗もかいているだろうし。あ、洗面所にある冷蔵庫の中の物は自由に飲んでいいからね」

「あ、うん。ありがとう」


 三人の雰囲気に呑まれつつ、春也は雅人の案内のもと、風呂場へと向かった。


「しかし、凄いな」


 道中、辺りを見渡しながら春也の質素な感想が漏れた。


「何が?」

「この家だよ。広い上に年季も入ってるのにも関わらず、塵一つ舞わない清潔感。毎日自分たちで掃除してるのか?」

「まさか! 僕や家の人間は家事はしないんだ。そこまで褒めてくれると城元さんも喜ぶと思うよ」

「城元さん?」

「ここの家事全般を一人で担ってくれている人だよ。ちょっと表情が固いところもあるかもしれないけど……あっ、噂をすればってやつだね。彼が城元さんだよ」


 角を曲がり、数メートルのところで長身の男性が佇んでいた。肩までかかりそうな黒髪で、細身の彼に対し春也は、物静かな印象を受けた。


「改めて紹介するね。こちらが執事? 家政夫? の城元善成さん。生活してて何か困ったことがあったら僕か城元さんに聞いてね」

「……城元善成です。話は聞いております。兼ねてより、雅人様の御学友として親しく接して頂きありがとうございます。生活の手助けをさせて頂くので今後ともどうかよろしくお願い致します」

「どうも……鈴村春也です」


 丁寧の挨拶に春也は自然と頭を下げる。


「あ、城元さん。さっき春也が城元のこと褒めていたよ。よく掃除が行き届いているって」

「お褒めに預かり光栄です」


 今一度首を垂れた。頬が緩むどころか眉すらピクリとも動かない。業務上なのか、どうも喜んでいるようには見えなかった。


「お風呂の準備は出来ております。ゆっくりとおくつろぎ下さいませ」


 そう言うと城元は風呂場の戸を開けて廊下の奥へと消えていった。


「ね! 城元さんすごい喜んでたでしょ?」

「いや、どこが!?」

「確かに初めて会う人にはちょっと分かりづらいかもしれないね。でも一緒に住んでればそのうち違いが分かるようになるよ」

「一生わかる気がしない……」

「ま、まあ、一旦お風呂にはいってゆっくりしなよ。着替えはこっちにあるから。あと、冷蔵庫にあるものは自由に飲んでいいからね」


 そこは、洗面所と言うには一般家庭のそれよりも明らかに広かった。着替えを置く棚は大きく、天井ではシーリングファンが回っている。そして、雅人が指差す方向には瓶のジュースを入れるのに丁度いいサイズの冷蔵庫があった。


「旅館か何かなのか、ここは?」

「あはは、そんな大層な物じゃないよ。じゃあ僕は、さっきの部屋にいると思うから」


 そう言って雅人は、その場を後にした。


「いや、大層過ぎるだろ……」


 一人残された呟きは誰が聞くこともなく消えていく。

 そして、想像通りの大きな浴室にまた、旅館や銭湯のような雰囲気を感じ取りながらゆっくりと湯船に浸かった。

 春也は浴室の天井を見上げてぼんやりと、思考に耽る。


「結局、死神って、神様って何なんだろうな……」


 答えを探してる訳でもないその思索は、湯気と共に抜けていった。

 それからしばらくして、檜の湯船を堪能した春也は、洗面所の冷蔵庫の中を物色した。開けて中を見ると、牛乳とコーヒー牛乳の瓶が幾つか冷やされていた。より銭湯じみてきたなと、春也は反芻すると、コーヒー牛乳の瓶を一気に飲み干した。その後、城元が用意したと思しき衣服へと着替えた。それは、非常にシンプルな袴だった。着方が合っているか不安になりながらも春也は、袴を着て客間へと向かった。

 客間に戻ると、寝ていた布団は片付けられ、普段着の雅人が待っていた。


「おかえり。早速だけど、僕のおじいちゃんに会ってほしいんだ。これからの事でね」

「それはいいけど……もしかして、試験に合格しないと居候出来ないとか?」

「いやいや、まさかそんな事はないよ。ほんの挨拶だよ」

「挨拶ね、よかった……まあ、居候させてもらう立場だから何されても文句言えないけどな」

「それはそうだね。おじいちゃんの部屋はあそこの角を曲がって突当たりの部屋だよ」

 

 そう言って雅人は廊下の先を指差した。


「雅人は一緒に行かないのか?」

「僕はちょっと忙しいから悪いけど、一人で行ってきて」

「りょーかい」


 春也は言われた通り廊下の奥の角を曲がり、さらに進んで一番奥の部屋の前までやって来た。

 今までとは違い、どこか重苦しいような圧迫感を与える襖を春也は軽くノックした。

 そうすると、襖の向こう側から短い返事が戻って来た。


「どうぞ」


 春也は中の様子を窺いながら怖々とその部屋に踏み入れた。


「失礼します。鈴村春也です」

「よく来たの。まずは座ってからじゃな」


 部屋の奥で正座している老人は春也に座るよう促した。


「わしは寺下善幸。雅人の祖父じゃな」

「改めまして、鈴村春也です。しばらくの間、お世話になります」


 厳格な印象を与える善幸は、腕を組んで頷いた。


「うむ、雅人から粗方の話は聞いておる。相当、苦労したようじゃな」

「はい……」


 春也は一昨日の出来事を思い返して、視線を落とす。


「しかし、あまり気を落としてばかりはいられん。お主が出来る事をせねばならんのじゃからな」

「……はい!」

「いい返事じゃ。これから短い期間じゃが、わしが稽古をつけるからな」

「雅人ではなく、善幸さんが、ですか?」

「彼奴は今、忙しい時期でな。引退した隠居爺くらいしか暇がないからの」

「引退……ですか?」

「そうじゃ、皇族の護衛任務を一族で任されているという話は聞いておるかの?」

「ええ、雅人から聞きました」

「護衛は一人で行うことが多くての、今それを務めてるのが雅人の父親なんじゃよ。わしはもう歳じゃから任務に就くことはないじゃろうから実質、引退みたいなもんじゃ」

「雅人も護衛をしたりするのですか?」


 と、春也が訊いた。


「そうじゃよ。だが、まだまだ先の話ではあるがな。実力ほ十分じゃが、宮内庁から認可が降りないと仕事ができんからの。申請書類を送ったり、宮内庁に赴いたりと色々忙しいわけじゃな。因みに、雅人の姉の姫香と唯音は大学に通いながら護衛任務をこなしておる」

「皆さん凄いですね……」


 否応にも自分との差に春也は、肩を落としてしまう。


「じゃが、案外そうでもないかもしれんぞ? この家に生まれた瞬間から仕事が決まってる様なものじゃからな。自由がないとも言える。まあ、隣の芝は青く見えるものじゃ。あまり気にするでない。……と、少し話を戻すかの。先程言った通り、稽古はわしがつける。魔法は一朝一夕で体得できるものじゃない。覚悟はできているか?」

「はい!」

「今日、一番の返事じゃな! よし、魔法の稽古は少しでも早く始めたほうがいいからの。今日の午後から早速始めていくとするか」

「よろしくお願いします!」


 ぐうぅぅぅぅ……

 腹の虫の知らせが部屋に響き渡る。音の主は春也だった。


「はっはっはっ! そうじゃな! 稽古の前にまずは腹ごしらえじゃな! 今日は飯はなんじゃろな〜」


 鼻歌まじりに善幸は、部屋を後にした。

 善幸の勢いに呑まれつつも、確固たる意志を持って、彼の後を追った。


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