第二十六話 「死んだ死神Ⅱ」
病院が爆発してから約一週間が経った。大規模な爆破によって十二名の尊い命が犠牲となった。
多くの患者が療養している中、発生した前代未聞の事件だった。
その事件の全貌は未だにはっきりとはしていない。しかし、事件発生の四日後に犯人に容疑がかけられ、翌日には刑が確定した。そして、その犯人は納得のいかないまま拘置所に捕らえられていた。
「はぁ…………」
僕は大きくため息を漏らした。
どうして犯人に仕立て上げられているのか分からない。ここの色気のない寂れた独房で体力も精神も限界に近い。悲しくて流す涙さえ何処かに忘れてしまった。
「おい、面会だ」
部屋のすぐ側にいた監視員から名前すら呼ばれず扉が開かれた。
僕はその重い脚で監視員の後を追った。
「面会は十分間だけだ」
そう言って監視員は面会所の外に出ていった。
「……シュウさん、お久しぶりです」
面会所は部屋の中央でガラスによって二つに分けられていた。そしてそのガラスの向こう側には事件当日に電話をしていた守り神のユウがいた。
ユウの声にはいつもの元気はなく、哀しみと怒りが混ざったような複雑な表情だった。
「本当にいつ振りだ? ここ二十年くらいは会ってなかったんじゃないか? まあ、こんな形で再開したくはなかったけどな」
僕は努めて明るく振る舞った。昔からの親友の前くらいは楽しく終わりたかった。
「ええ、本当に……。奥さんと娘さんのことは残念でしたね。この度はご愁傷様です」
「……一体、何がダメだったんだろうな……」
「犯人は、誰なんですか……?」
「ユウは僕が犯人じゃないと思ってくれているのかい?」
「当たり前じゃないですか! ボクら千年来の仲なんでよ? シュウさんがそんな事する人じゃないくらい知ってます!」
珍しく熱く話す姿を見て僕は、驚くと同時に嬉しく思った。
「ボク達は家族単位での仲なんですから、滅多な事言わないでくださいよ。まあ、まだ娘さんには会ったことなかったですけど……」
「そうだな、お互いの仕事が忙しくなったのもウチの娘が生まれた頃くらいだったからな。一度でいいから合わせたかったよ。妻もユウに会いたがってたし僕自身、君たち二人にも会いたかったよ」
「確か、あと少しで学校を卒業するんでしたよね?」
「そう、あと少しで立派な死神になるはずだったんだけどな……、ソラちゃんは元気でやってるかい?」
「はい、妹のソラは立派な守り神になれました。これもシュウさんに親代わりなってもらったおかげです。本当に感謝しています」
「そんな、大したことはしてないよ。君たちも大変な時期だったんだ。当然のことをしたまでだよ」
「いえ、一生の恩人には変わりありません。まあ、そのせいでボクよりもシュウさん達夫婦に懐いてますけどね」
「そうだったのかい? それじゃあ今回の件は相当ショックだったろう。悪い事をしたね」
「そんなことないですよ! 悪いのは全部、犯人なんですから。……そういえばこれ、本当なんですか?」
そう言ってユウは、懐から一枚の紙を取り出した。どうやらそれは、新聞の一面だった。
そこには、『容疑者シュウ 実刑判決、死刑』と、大きく書かれていた。
「そう、僕には死刑が確定した。死神史上、類を見ない残忍なテロ行為とされてこの刑を処される。というのは表の顔、実際の刑は霊魂流しが処される」
「そんな……どうにかならないんですか!」
怒りを殺すように、ユウは堅く拳を結んだ。
「……霊魂流しは別名を不完全な輪廻転生。または、死ねない呪いとも呼ばれる魔法で、神界を永久に追放されてしまう」
「ああ、知ってるさ。僕ら死神と守り神の両方で使用が禁止されている魔法ってこともな」
この世界で最も重い刑は死刑である。しかし、それは霊魂流しが禁忌の魔法であるからそうなっているだけで、霊魂流しが処刑の内に数えられるなら最低最悪の刑と呼ばれるだろう。
「普通、死んだ時に魂は肉体から離れてその魂に刻まれた記憶を全て捨ててから次の命の元に宿る。だけど、霊魂流しを行うと、死んでも全ての記憶を持ったまま新しい命として生まれ変わる。そんな魔法が使われるなんて、あってはならないことですよ!」
「全くその通りだ。おそらく、犯人の狙いはこの霊魂流しだろな」
そこでふと、ユウは疑問に思う所があった。
「そういえば、シュウはどうして霊魂流しが行われるって分かったんですか? 法廷は完全に情報が遮断されているわけでもないですし」
ユウの指摘は最もである。法律で禁じられている魔法を使うことを法廷の場で公言するわけがない。
「……犯人と思われる人物から直接言われたんだよ。お前はあっちの世界に霊魂流しにするってな」
「ッ⁉︎ ってことは犯人が誰なのか知っているってことですか⁉︎」
「まあ、そういうことになるな」
「教えて下さい! 誰が、誰が犯人なんですか!」
ユウは、今にも噛みつきそうな剣幕で立ち上がった。
「それは教えられない」
僕はきっぱりと言った。ユウには、ユウだからこそ言いたくない。
「何故ですか! ボクとシュウさんの仲じゃないですか!」
「だからだよ。ユウにも、ソラちゃんにも迷惑をかけたくない。これは僕の問題なんだ、僕が誰かの恨みを買った結果がこれなんだ。無力な者が強者に宝を盗まれる、当然と言えば当然だ。容疑がかけられている限り誰も僕に聞き耳を立てる者はいやしない。だから、ユウには言えない。わかってくれ」
十秒ほど沈黙が続いた後、
「……わかりました、シュウさん」
「ありがとう、これでもう僕がやり残したことはない。ソラちゃんによろしく言っておいてくれないか」
「ええ、もちろん。ボク達兄妹という味方がいた事をどうか忘れないでください」
僕はその言葉になんて返せばいいのか分からず、ただ笑顔を返すしか出来なかった。
「面会終了だ」
外に待機していた監視員が中に入ってきて有無を言わさずシュウを連れて行った。
程なくしてユウもその場を後にした。
面会を終えてユウは外の風を浴びていた。事件のあった病院とは真逆の田舎で遮る物がないため、風が強く吹いていた。
最高の親友との別れだというのにその表情に曇りは一切ない。何かを決めた漢の顔だった。
「さて、忙しくなるぞ」
腕時計を見て時間を確認して、家族の待つ家へと帰路についた。
強い向かい風で重い前髪が上がった。
「––––とまぁ、こんな感じで秘密裏に魔法をかけられて今の僕があるわけだ。追放されてしばらく経ったあの日、事故に見せ掛けて殺されたんだ。ごめんな、母さんを守ってあげられなくて」
少年の告白に春也はただ絶句するばかり。嘘のような事実が思考を惑わせた。
「……母さんは、あんたが死神だってことわかっていたのか?」
「ああ、知っていた。今話したことも全部な」
「……そうか、それなら、いい。僕の記憶にある母さんはずっと笑ってた。不幸なことなんて知らないかのように、幸せだった」
「……そうだな、僕はお前がそう言ってくれて、生きてくれてるだけで、幸せ者なのかも知れないな」
茜色に塗り替えられた空と雲。遠くの方で蛙達の鳴き声が聞こえた。
「そうだ、シュウさん! 伝えなくちゃ––––」
宇宙が何か言おうとした時、五時を告げる鐘の音が大きく響き渡った。
「すまないが、また今度にしようか。今の両親が門限に厳しくてね。とにかく、二人に会えてよかったよ。じゃあ」
公園を後にしようと身を翻した少年。その後ろ姿に対して急いで声をかけた。
「ま、待って!」
春也の呼びかけに応えて振り返った。
「俺、なんて呼んだらいい、かな……?」
「好きに呼んだらいいさ」
それを聞いて春也はすぐに、
「父さん! また今度、ゆっくり話そう! 話したいことがたくさんあるんだ!」
そしてシュウは何も言わずに手を振って去って行く。その小さくて大きな背中は住宅街に溶け込んでいった。
「さて、そろそろ俺たちも––––って、あーあ。ほとんど溶けてるよこれ」
春也はアイスの入っていた袋を持ち上げてみる。大量にあったアイスは暑さに負けて液体と化していた。
「シュウさんの話を聞くのに夢中だったから完全に忘れてたよ」
「むしろ、あの話を聞いててアイスを食べるような図太さがあったらびっくりだ」
「それもそうね。まあ、とりあえずアイスはまた冷やせば何とかなるから早く帰って冷やそ?」
「そだな。帰ろっか」
その帰り道、二人は特に会話もなく手を繋いで並んでゆっくりと歩を進めた。強く、強く結んで。