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第二十三話 「魔法使いの話」

 その部屋には小窓が一つだけある。他にはすりガラスひとつない。成人男性の腰ぐらいの高さに小窓が一つあるだけ。そのガラス板を陽光が透過して力強く咲くジニアの花を色取っていた。

 空調の効いた部屋に通された春也と宇宙はソファに深く腰掛けた。


「それで、俺たちは何を話せばいいんだ?」

「まあ、そんなに急がずにゆっくりしてよ。ただ世間話をしたいだけだからさ」と、ロドルフが言った。


 マリーたちは小さなテーブルを挟んだ向かい側のソファに浅く腰掛けた。


「そんなに急ぐ必要なないわ。世間話をしたいだけよ。ゆっくりして構わないわ」と、マリー。

「それ今ボクが言ったセリフだよね⁉︎」


 ロドルフは驚きのあまりマリーを二度見した。


「それで二人は––––」

「無視⁉︎ また⁉︎」

「冗談よ」

「キミが冗談を言うなんて珍しい日だね……」

「何よ、私だって誰かをからかったりするわ」


 そう言ってマリーは冷えたお茶の入ったグラスを口につけた。グラスを置き、一息ついて、


「さて、まずはこちらの自己紹介からしましょうか。私の名前はマリー・グラディウス、ここで校長を任されているわ。あなた達の言う魔法島の出身よ」

「ボクはロドルフ・ジェミニス。しがない医者さ」


 二人の紹介を聞き終えた春也にはひとつ、疑問に思う所があった。


「うん? あなた達の言うって、あの島には別の名前があったのか?」と春也は訊いた。

「いいえ、あの島には元々名前なんてものはなかったのよ。そもそも島ですらないわけだし…………まあ、それはまた今度に話すとして、今日は二人のことを知りたいの」


 重要な部分をはぐらかされたようで春也は釈然としない。

 すると、宇宙が堂々と名乗り出た。


「わたしは宇宙。訳あってこっちの世界に来ている守り神」


 驚いた春也は二人に聞こえないように宇宙に耳打ちをした。


「お、おい。正体を明かして大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。ほら、春也も」


 春也は目を見て小さく頷いた、


「俺は鈴村春也。死神と人間のハーフらしい。実感はないけどな」

「神様と人の混血? そんな事例、初めて聞いたわ。なるほど、魔力量が増減したのはそれが原因てことね」


 マリーの言う通り、眼が緋色に染まり、死神としての力を発揮した先ほどの様子とは打って変わって、気が付けば普段と同様の人間の春也となっていた。

 四肢に力を入れても何も変化は訪れない。


「ボクから一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ああ」


 ロドルフはこほん、とわざとらしく息を整えた。


「春也クンが病院に搬送された頃の話しだけど、落下から守ったあの魔法は誰がかけたものなんだい? 宇宙クン?」

「いや、俺の父さんだよ」

「ふーん、なるほどねぇ」


 何かを察したのか薄ら笑みを零すロドルフに対して、春也は一層不信感が増す。


「さあ、そろそろ今日の本題といきましょうか」

「本題?」

「ええ、あなた達にはこれを見てほしくてここに呼んだと言っても過言ではないわ」


 そう言ってマリーは、おもむろに立ち上がり、大きなデスクの引き出しから一冊の本を取り出して見せた。

 彼女が手にしたのは絵本だった。


「その絵本は確か……」

「春也、知ってるの?」

「うーん見たことある気がするんだけどなあ、何だったかなあ……」


 喉ちんこくらいまで出かかっている答えがなかなか顔を出さない。

 その時、春也はふとロドルフの顔が目に入った。


「あっ、思い出した! そこの冴えない医者が病院で子供に読み聞かせてた絵本だ!」


 確かに、絵本の表紙には『魔法使いと時計塔』と書かれている。


「そうそう、ボクがよく病院で子供たちに読み聞かせてる……って冴えないって何⁉︎ ボクの心暖まる優しいエピソードをご紹介する場面で冴えないって言ったね⁉︎ そんな態度じゃ流石のボクでも怒っちゃうぞ!」


 ロドルフは腕を組んで息を巻いていた。


「え、キモ」と、マリーが真顔で言う。


 直後、場が凍りついた。空調は効いていて涼しいはずなのに、ロドルフの額には変な汗がにじんでいた。


「まあ、とりあえず謝りなよ」

「そ、そうだね……」


 春也と宇宙がロドルフに謝罪を求める。


「えぇ……なんでボクが謝るの? おかしい、おかしくない?」

「ロドルフ……」

「え、なになに? この手はなに? その可哀想なものを見る目をやめて?」


 マリーがそっと肩に手を置いた。


「謝ることで一歩、大人になれるのよ」

「嫌だ! 謝りたくない! だってボク悪くないもん!」

「こら! ちゃんとごめんなさいしなさい! 置いて行くわよ!」

「うぅ〜…………ごめんなさい」

「はぁい、よくできました。偉い子ですね〜」


 マリーは満面の笑みでロドルフの頭を撫でる。


「俺たちはいったい何を見せられてるんだ……?」

「さあ……」


 二人のノリについて行けず呆然と眺める春也と宇宙。


「……ってこんなことをしてる場合じゃない! これだよこれ! 危うく忘れるところだったよ!」


 ロドルフは慌てるように机の上に放置された絵本を手に取った。


「この、『魔法使いと時計塔』って春也クンは知っているかい?」

「いえ、存じ上げないですけど……」

「まあ、そうだよね。君が絵本を読むような頃からあるわけじゃないんだよね。知らないならとりあえずこれを読んでみてほしい」


 そう言ってロドルフは絵本を手渡す。

 春也は黙ってその絵本の表紙をめくった。いつの日か病院で目にした時も同じことを考えた。やはり春也には聞いたことのないタイトルであった。ロドルフの発言からして比較的最近に書かれた物であることは察せられる。絵本雰囲気も他のものと変わりない普遍的であった。だからこそ、この絵本を読む意味がわからないのである。不審には思わないが、不思議ではある。


「ほら、読んで読んで」


 春也が絵本から目を逸らすとロドルフが催促してくる。

 意図はわからないがとにかく春也は絵本を読むことにした。それに合わせて宇宙も身を寄せて顔を覗かせた。

 そうして二人は一冊の絵本を読み始めた。


『それはとある海に浮かぶ一つの島でのお話。その島には多くの魔法使いが暮らしていました。皆仲良く、明るく楽しい日々を過ごしていました。その中で一人、空を飛ぶ魔法が大好きな男の子がいました。その男の子はやんちゃで、しばしば学校を抜け出して空中散歩を楽しんでいました。

 ある日、男の子はいつものように先生の目を盗んで空を飛んでいました。その日は天気も良いので海岸沿いを散歩していると、一人の女の子が倒れていました。その子に記憶はありませんでしたが、島の温かい人達のおかげですぐに打ち解け、多くの友達と楽しく暮らしていました。

 しかし、女の子に変化が訪れるようになりました。記憶が戻り始めたのです。その女の子が言うには自分はこの世界には元々存在しない、神様だと言うのです。それを聞いても島のみんなはなかなか信じてはくれません。けれど、空を飛ぶことが大好きな男の子はそれを信じてあげました。

 そしてある日、女の子の身体に変化が起こりました。身体が強い光を発したと思えば、女の子は眠りに落ちてしまいました。それと同時に一人の女の子が姿を現しました。その子は眠ってしまった子と瓜二つですが、どこか生気はなく、生き物なのかすら怪しく思えたのです。その子は何も言わずに、島の象徴である大きな時計塔にこもり、そこから発する不規則は魔力の波は魔法使いたちにとっては苦痛でしかありませんでした。女の子や島の魔法使いたちのためにも、男の子を含めた友達は女の子の分身がいる時計塔へと向かいました。そこでは、分身が作り出した刺客が立ちはだかり一筋縄ではいきません。男の子は仲間たちと協力し、遂に分身の元へと辿り着くことができたのです。そこで、分身は初めて口を聞きました。分身は、自分は女の子から分離した負の魔力の塊だと言うのです。女の子が他人から負の感情を取り除き、溜め込んだ結果、限界に達して分離してしまったらしい。記憶が一時期無くなっていたのもそれが影響していると言う。

 男の子は考えしました。女の子の身体に戻すこともできなければ、分身を消し去ることも簡単にはできません。男の子は考えました。自分にできるその全てを。

 そうして考えぬいて、男の子はとある魔法を使いました。それは他人の魔力を吸収するものでした。分身は魔力の集合体、だから吸収できると考えたのです。しかし、簡単にはいきませんでした。人間とは違う神様の魔力です。男の子は自分の魔力と融合させようと躍起になりました。必死の想いで奮闘していると、遂に、一体化することが成功したのです。ですが、その余波によって時計塔が崩れてしまいました。

 そして、女の子は目が覚め、また笑い合えるようになったのです。島の象徴である時計塔はなくなってしまいましたが、みんなは以前と同じように楽しく暮らしていきました』


 春也は読み終えた絵本をテーブルにそっと置いた。


「どう? どうだった?」


 ロドルフが身を乗り出して嬉々として訊いてくる。


「どうって……別に何もない。ただの絵本としか言えない」

「えぇ〜、もうちょっと面白い感想言ってくれてもいいじゃん」


 残念がる医者を横目にマリーが口を挟む。


「その作品、他の絵本と比べて何か変わった所はないかしら?」

「うーん……強いて言えば絵本の割に描写が少しリアルな気がした」

「そう、その絵本はリアルなのよ」

「うん? どう言うことだ?」

「そのままの意味よ。そこに描かれていることは全てノンフィクション。実際にあった出来事なのよ」


 春也は驚きはしたが、言われてみれば納得のいくことも多くある。春也は、読んでいる最中にあの島が脳裏から顔を覗かせていたのだ。


「つまり、あの魔法島での出来事だと言うのか?」

「その通り。ちなみにそれの作者は私たちの知り合い」

「それで、それを何故俺たちに読ませた?」

「特に深い意味はないわ。島のことを知ってもらうには説明するより簡単だと思ったからよ。まあ、そちらの宇宙さんは元々知っていると思うけれど」


 春也は宇宙に向き直って問いかける。


「そうなのか、宇宙?」

「うん、知ってたよ、同じ神様だからね。あの島に今もいる人のことも。その人とは直接会ったことはないけど……」

「そうね、確かにあの子もそう言っていたわ。……すごい唐突で悪いのだけれど、私たちのお願いを聞いてくれるかしら?」

「……内容次第だな」


 突然の空気の変わりように春也は、肩に力を入れた。


「あなた達の力を貸してほしいの」

「要領を得ないな。具体的に説明してもらいたい」

「今の段階では言えない。けど、君たちに会ってほしい人物がいる。その二人からのお願いでもある」と、ロドルフ。

「それって、絵本の題材になった二人のことですか?」と、宇宙。

「そうね。まずその二人に会ってほしいわね。その時に全てを話すわ」


 春也は決めかねていた。何かわからないものに協力することも気が進まなければ、件の二人に会うことすらも躊躇われる。

 その時、春也は宇宙の熱を肩に覚えた。


「ねえ、とりあえず会ってみようよ。悪い人達には思えないし、何よりこっちに住んでる神様には会っておくべきだと思う」

「…………確かにそうだな、話を聞いてみてから考えればいいか」

「そう言ってくれて助かるわ。また日を改めてお願いすることになるから……これ、私の連絡先よ」

「ああ、俺のアドレスは……」


 二人が連絡先を交換する中、さも当然のようにロドルフのメアドはスルーされた。


「なんで交換してくれないのさ! ボクの連絡先はそんなに要らないのかい⁉︎」

「まあ、連絡先くらいならいいか……」


 春也は渋々、ロドルフにアドレスを教える。


「やったね!」

「ロドルフ……貴方、必死ね。そんなに知り合い少ないの?」

「そんなことないよ! 合コンだとそこそこモテるんだからそれなりに連絡先持ってるよ!」

「それ、自分で言ってて悲しくならない?」

「わ、わざわざ言わなくてもいいじゃないか……」


 撃沈するロドルフ。とことん雑に扱われ続けたため、ソファに呻きながら倒れ込む。

 そんな男は後にしてマリーはお茶を飲んで一息ついた。


「二人とも、今日は来てくれて本当に感謝しているわ。体育館では手荒な手段をとったことは申し訳なかったわね。次に会う時を楽しみにしているわ。こっちに来て、バス停の近くまで転移魔法で送るわ」


 そうして、三人は一人の医者を置いて転移魔法の異次元空間へと消えていった。

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