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第十二話 「混沌の中へ」

 亜紀乃はすでに春也と宇宙のために遊園地に来たことは、雅人から聞かされていた。最初は複雑な気持ちになったが、(こころよ)く了解した。

 とは言っても亜紀乃にはどうしたらいいのが全く検討がつかなかった。雅人はただ楽しんでくれればいいと、言ってきた。楽しんでいるだけで解決する問題なのだろうかと自問するが、答えは出ない。亜紀乃には雅人の意図が全く読めなかった。

 現に、現在隣にいる彼女にどう接したら効果的なのかわからない上に、どうしても行き当たりばったりになってしまう。


「うぅ……」

「大丈夫ですか? 我慢せずに何でも言ってください」


 体調の良くない宇宙の背中をさすりながら、声をかけ続ける。


「……大丈夫だと……思う」


 体調不良を訴える人に対しての対応がわからない上に、事が事なので余計に力が入りうまく接する事ができない。


「……一ついいかな?」


 自分から話しかける事のなかった宇宙が突然喋りだした。これには亜紀乃も驚きを隠せなかった。しかし、その中でも亜紀乃は力になろうと必死に宇宙の言葉に耳を傾けた。


「はい」


 亜紀乃は二つ返事で了解する。


「私……ね、春也と約束して……破っちゃたの」


 ぽつり、ぽつりと声が漏れる。


「春也は怒ってないかもしれないけど、私は違う。まだ謝ってもない。他にも言わなきゃいけないことたくさんあるし、変に気を使わせてるのも私のせいかもしれない。もかしたら私のことを拒んでいるかも……」

「それは違います!」


 徐々に消え入りそうな声で言葉を紡ぐなか、亜紀乃が柄にもなく大きな声を出して宇宙を遮る。

 大きな声に驚いたのか身体を震わせ亜紀乃を横目で見上げる。


「確かに春くんは宇宙さんに気を使ってるかもしれません。何があったのかは知りませんが春くんはそのような事で人を嫌いになったりはしません!」


 力強い亜紀乃の言葉は弱々しい宇宙の胸に反響する。


「でも……何度か話そうとしたけど結局はうまくいかなかったし……」

(わたくし)は宇宙さんが努力している事は分かっています。分かった上で言っているのです。あなたがもう一歩だけでも歩み寄れば春くんは必ず答えてくれます」


 自信ありげに胸を反り返して言う。


「根拠はありませんが確信していますわ。信じてください、私と春くんを」


 それを聞いてどう思ったのか再度、顔を伏せる宇宙。これで良いのかと不安に思う亜紀乃。しかし、両者の間にあった他人という溝はもうなくなっていた。


「分かった。ありがとう、でも一つだけお願い良いかな?」

「何でしょう?」

「これから亜紀乃ちゃんって呼んで良い……かな?」


 亜紀乃は驚いた様子を見せなかった。むしろ、寛容な振る舞いさえ思わせるような態度でこう答えた。


「こちらこそ、宇宙ちゃん」と。



 心優しい親友に励まされた俺は両手に飲料水の入った紙コップを持ち、二人の待つ場所へと足を運んだ。

 辿り着いたときに目にしたものは先程とは格段に良くなっている宇宙の様子だった。雅人の言っている『努力している』ということがひしひしと伝わってきた。

 戻って来た二人を見つけた亜紀乃は小さく手を振った。


「おかえりなさい」

「ただいま……」


 正直なところを言うとまだ宇宙に対してどう対応すればいいのかがわからない。努力している事は十分に理解できた。しかし、それがわかったところで俺が何をするべきなのかは皆目見当もつかなかった。


「ほらよ……宇宙……」


 俺はそっとお茶の入った紙コップを手渡す。


「……ありがと」


 二人がぎくしゃくしているのは明らかだった。だが、数日前よりかは距離感が縮まっている事はその場いる全員が感じた。

 休憩してから十分ほど時間経った後、微妙に良くない空気の中、ぱあんと景気の良い音が響く。


「さて! 宇宙さんも気分が良くなってきたみたいだし、次はあれに行くとしますか!」


 と、雅人の指差す先にはパッと見、薄暗い洋館にも古ぼけた屋敷にも見える建物が健在していた。


「あれは……なに?」


 俺はそれが何か分からなかった。ただ一つだけ言えるとしたら、それは普通ではないということだった。


「あれはミックスホラーといって西洋の妖怪から和の妖怪までありとあらゆるホラー要素を詰め込んだもので、最大のポイントがすべての妖怪が人によって演じられていてそれはもう精巧に作られ、本当に襲われるかもしれないという恐怖が……ってあれ? みんなは?」


 そこには誰も座っていないベンチと周りから感じる冷ややかな視線があるだけだった。


「三人とも何か僕に冷たくない!?」


 徐々に恥ずかしくなり三人を追いかけて走り出した。

 幸いなことにすぐに追いつき雅人はなにもなかったかのように、歩調を合わせた。


「ねえ、亜紀乃ちゃん」

「どうかなさいました?」


 亜紀乃に対しては平生(へいぜい)を取り戻した宇宙を見た俺は、少しだけ複雑な気持ちだった。


「今から行く建物ってどんなものなの?」

「そうですわね……私は詳しくは知らないのですが差し詰めおばけ屋敷、といったところでしょう」

「おばけ屋敷……?」


 娯楽施設の知識が無い宇宙にとってはいまひとつ思い当たる節が無かった。

「ここは僕が説明しよう!」


 急に横から入ってきた雅人が咳払いをし、意気揚々と説明をし始める。


「まず、おばけ屋敷についてからだね。おばけ屋敷っていうのは、薄暗い建物の中を歩いてゴールを目指す遊園地では定番のアトラクションだね」

「え、暗いの?」

「暗いと言っても、少しだけで大部分は見渡せる程度だから心配ないよ」


 暗いと聞いて宇宙は反応せざるを得なかった。それは自分の苦手な物であり、またそのことを話した相手が提案した事だったから。


「で、さっき言いそびれたけどここの最大の特徴はミックスなんだ」

「……ミックス?」


 完全に蚊帳(かや)の外だった俺は思わず口にしてしまった。


「何がごちゃ混ぜなのかと言うと、おばけの種類がめちゃくちゃなんだ」

「……は? 種類……?」


 彼の発言に対して理解できたものは誰もいなかった。


「簡単に言うと一つのおばけ屋敷に世界各地に伝わるありとあらゆるおばけが大集合しているのさ」

「それってホラー要素っていうか、どちらかと言えばギャグにしかなってないんじゃ――」

「おっと春也、ミックスホラーの悪口はそこまでだ」


 雅人が俺の口を片手で塞ぐ。気分の良いものでは無かった。


「けれど、春くんの言う通りかもですわ。それでは面白くないのでは?」


 あまり詳しくない亜紀乃でもそう捉えることは容易であった。何もかも全てを取り入れたものが決して良作になるとは到底思えないのだ。


「まあ、それは行ってみれば分かるから、分かるから」


 例の如く雅人の無駄に詳しい説明を聞いているうちに目的地の入り口が眼前に迫っていた。幸か不幸か人は少なく今すぐにでも入場できそうな雰囲気があった。


「まあ、入ってみなきゃわからないよな。あまり期待はしてないけど」


 俺はその薄気味悪い洋館なのか屋敷なのかよくわからない建物に足を踏み入れた。ここが最大の勝負どころになるとも知らずに。



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