第一話 「出会い」
熱い。
意識が失いそうになるほど熱い。
俺は意識が飛ぶ寸前でなんとか耐えている状態だった。
服は焼け爛れ、ボロボロになり、身体は火傷や切り傷から血が流れている。
……結局、何もできない
悔しい。只々、悔しい。
何も守れない自分が憎い。
そして、何も知らない自分が憎い。
力さえあれば、全てを知っていればと、何度も何度も自分だけを責める。
自分に対する憎悪感だけが自我を保っていられた。
だが、心で叫んでも誰にも届かないし、身体は動かない。
だんだんと眩んで行く視界の中、大きく天井へと伸びた火柱と充満する煙、二人の人影が霞んで見えた。
誰かに名前を呼ばれているような気がするのだが、やがて声は遠ざかる。
考えることも出来ないまま次第に周りが黒くなって行く。
周りの景色が自分を突き放し、置き去りにしているようだった。
そして、やがてそれは突然にやって来る。遂に、眩んでいった視界から光が全て消え去った。
天気は晴れ、けれど月明かりが見えない新月の夜。
そんな夜の中俺、鈴村春也は、家へと急いでいた。
なぜこんな夜に外を出歩いていると言うと、どうやら買ってきた材料が足りなく、渋々買い出しに行っているからだ。
そんな帰り道の中腹あたりまで差し掛かった時、あり得ないものを見てしまった。
「そ……そんな……嘘だろ!?」
百メートルはある坂を大型トラックが勢いを止めずに駆け下りてくる。傾斜はかなりのもので歩くにも一苦労するほどである。それに加えて無人なので誰に止められることもないだろう。
俺は何もできなかった。
春也めがけて下ってくるトラックをただ、呆然と見ているだけしかできない。
春也はこの瞬間、頭が真っ白になり、息をする事も忘れ、心臓の鼓動だけが除夜の鐘のように大きく聞こえた。
脳裏には「死」という文字がよぎった。春也は己の死を覚悟し、挙げ句の果てでは過去の己を見つめ直していた。
走馬灯とはこのことか、と初めての体験に気づくことなくそれは起きた。
いつも出来事は突然に、必然に起こる。
目前までに迫ってきたトラックは急激に速度を落とす。
いや、正しくは速度が落ちたのではなく、完全停止した。
タイヤが地面から離れ、トラックの両サイドが地面に着き、横転している。
春也は目を疑った。目の前まで迫っていたトラックが二つに断裂しているのだから。
一言で表すならば、 一刀両断。
「はぁ!?」
一刀両断されたトラックを前に、俺は唖然としていた。
当たり前である。
「はぁー、間に合ったー」
その声は俺の頭上から聞こえた。
そこには青い目をし、黒衣の羽衣を纏い、手には薙刀を持った黒髪の可憐な少女が浮遊していた。
春也はあるのことに気付く。
その少女は空中を浮遊しているのだ。紛れもなく空を飛んでいる。
春也は驚いた。なぜなら少女が空を飛んでいるんだから。
「……どちら様?」
呼吸を忘れるほどに驚嘆し、胸が苦しいことも気付かず、じっと見つめる。
「私は守り神の宇宙! よろしくね!」
春也は目の当たりにした光景を信じられず、脳内での処理が追いつかない。
そしてこのたった一つの事件が俺の人生を大きく揺るがすことになる。
その後、俺は怖くなって、無我夢中で家まで全力疾走した。
春也は自分の足は早いと自負していた。しかし、春也が家に着いたときは一人ではなかった。
だが、気にせずとりあえず家に上がり、リビングまで歩いて行く。
元々は数人の家族で住むための構造なので、一人で住むのには広いくらいだ。
そしてお茶を一杯飲んでから、
「なんでおまえがここにいるんだよ!」
大声で叫んだ。
「だって私が春也の担当だから」
「担当ってなんだぁー!」
「うるさい、斬るよ?」
女の子の口から出るとは思えない言葉が出た。
「真顔でなんて事をいうんですかあなたは」
斬るというのはきっとさっき持っていた薙刀で斬るのだろうか。
「……って話しが逸れたな、そんな事よりさっきお前が言っていた守り神っなんなんだ?」
すると彼女は消え入りそうな声でこう言った。
「……で」
彼女の声はあまりにも小さかったので聞き返さらずを得なかった。
「はぁ? なんて言った?」
すると今度は少し苛立っているようにして、
「何度も言わせないでよ……私の名前。宇宙って呼んで」
「じゃあ、そ……宇宙、さっき言っていた守り神ってなんのことだ?」
さっきまでのしかめっ面が少し柔らかくなった気がする。
守り神とはなにか? 薙刀を持っているのはなぜか?
俺は脳内にいくつかの疑問を持っていたが、俺の一つの質問で全てを答えてくれた。
「私達は守り神って言われる神様の一種。死神って知ってる?」
春也は突然の質問で少し戸惑った。
「だいたい知ってるつもりだよ。死を司る神のことだろ?」
俺は、確かそんなようなことが書かれている怪しい本をいつか読んだ記憶がある。
「そう、その死神と私達守り神は言わば対象的な存在にあるんだよ」
「対象的な存在?」
「死神は人の寿命が尽きたら魂を持つて行く存在……私達はその魂の寿命が来るまで守り抜く存在」
「ん? ちょっとまてよ、例え事故死でもそこまでがその人の寿命なんじゃないのか?」
「……そう、そこまでがその人の寿命。だけど私はその事故までの死に関わる出来事から守り抜くことが使命」
「死に関わる出来事なんてそんな事が起こり得るのか?」
「それがこの世界では起こるんだよ。でもその人数は極めて少ない」
「少ない? どう言う事だ」
「その人の血筋とか、生まれつき呪われてしまう体質とか……いろいろあるんだよ……」
なぜか彼女は口数を増やすごとに元気がなくなっているように見え、その台詞は何か誤魔化しているような気もした。
それでも彼女は説明を続けた。
「寿命までに死に関わる出来事に会うと言う事は世界にその人物が生きていることを拒まれているということ」
「世界に……?」
「世界が死を望んでいる……それは世界にたった数人しか居ない」
数人、か……
「ちょっと待てよ、宇宙がここに居るって事は……」
「やっと気づいた? そう、春也はその世界に拒まれてる存在なんだよ……」
「な……っ!」
俺の脳内に衝撃が走った。
「これは決して揺るがない事実……」
「すぐには受け入れることができないかもしれない。でも……でも……!」
「……ん? 何だ?」
「ううん、何でもない」
その時俺は宇宙がなぜ暗くて重い目をしているのが分からなかった。