009話 食べないと生きていけませんよ?
一瞬の暗転の後、俺の意識は閉じ込められた地下室の闇に引き戻された。
まず最初に目に飛び込んで来たのは心配そうに俺の顔を覗き込むキキちゃん。
キキちゃんは、俺が目を覚ましたのを確認すると、安堵の息を吐いた。
「もう、いきなり倒れるから心配したんですよ?」
「……倒れた?俺がか?」
まったく身に覚えが無く聞き返してしまった。
え、じゃあ…さっきのは、夢?
「はい、急に倒れたのです。
…そして倒れられてからしばらくして、部屋中が明るくなって…」
キキちゃんは俺を起き上がらせて、その様変わりした地下を見せてくれた。
崩落現場…としか表現出来なかった地下は、所々に壁付け蝋燭の灯った炭坑の様な姿に。その道が暗闇の奥へと続いている。
光のおかげで、人の顔が判別出来るまで明るさがある。成る程、それでキキちゃんの顔を拝める訳だな。
辺りを見渡し、クロちゃんが居ない事に気がついた。何処に行ったのだろう?
心配していると、暗闇の奥からクロちゃんが現れた。手には、キキちゃんのレザーアーマーと荷物。それをキキちゃんの近くに置き、俺へと視線を向けた。
「おはよ、よく、ねれた? からだ、だいじょうぶ?」
ふむ、彼女もまた心配してくれていたらしい。
俺は元気さをアピールする事にした。
「ああ、すこぶる元気だ。今なら、4発ぐらい抜けるゼ!!」
しかし、意味が分からなかったらしく首を傾げられた。
逆に意味の解ったキキちゃんが侮蔑の視線をくれる。
うん、調子悪いのかもしれない。
そして、首を傾げたまま、クロちゃんは話し出す。
「…おくはぜんぜん、ちがった。
まおうさまの、へやもなくなってた。
だけど…へやのモノとかはあったとおもう、それもおちてたよ。
それで、おくは外だったよ、おつきさまが出てた」
その話を聞いてキキちゃんはコックリと頷いた。
顔が少しばかり明るくなっている様に見える。
「シンジ様、やりました♪
迷宮化成功です!! これで、脱出できます。
いやぁ、流石、《 迷宮の心臓》ですね。本当にスゴいです」
そういうキキちゃんの手には漆黒の宝玉が握られている。
そうか…そうだった、俺は《 迷宮の心臓》で、脱出経路を作るよう頼まれたんだった…そしたら、なんか可愛らしい貧乳少女が現れて…あれ? 俺、また新しい魔法を覚えてね?
でも…コレは根本的に今の俺では使えないような感じがするな、保留しよう。
ふむ、訳が解らん。どうなってるんだ?…まぁ、考えても無駄かもな…
俺が一人思案していると、キキちゃんが提案してきた。
「ここを真っすぐ進めば出られるそうなのですが…
夜の森は危険ですので、朝を待ってから出発しませんか?」
「うむ、夜の森は確かに危険だ。朝を待った方が良い」
…それに、朝を持つと言う事は、即ち、キキちゃんと同じ空間で寝られると言う事を意味する。俺にとっては宿泊イベント以外のなにものでもない。可愛い寝顔が見れることを期待する。
何故かキキちゃんが身震いをした。
寒いのだろうか? 人肌で暖めてあげるべきだろうか?
「えーと、クロちゃん。本当にすまないのですが、触手でシンジ様を拘束しておいてください」
「わかったぁ」
「エ、待っ………」
俺の声を無視して、クロちゃんの触手が俺を絡める。
あん…やめて、男の触手ぷれいなんて…あん…………触手、ちょ、じゃま、視界が視界があああ。
「それではシンジ様、お先に休ませて頂くです。
ほら、クロちゃんもおいで、一緒に寝ましょう」
「うん、ねるぅー」
「えーと…俺の扱い酷くね?」
夜は更けて行く…
■
早朝。俺達は《漆黒の樹海》を北に向けて移動中である。
なんでも、四時間程進んだ先に、樹海を訪れる冒険者向けの小さい村があるらしい。
位置的にいうと、《シュバルツ・ヴァルト城》が樹海の南端、その村が樹海の中心、さらに北に進むと大きな街道に出るらしい(ちなみに、俺とキキちゃんが出会った場所は城と村との中間ぐらいとのことだ)。
その街道は先代魔王が作らせたものらしく、現在は《旧:魔王領》における流通の大動脈とでも言うべきか…街道を南に進めば《魔国王都》、西に進めば大きな港町に、北に進めば旧魔王領第2の都市に、東には外国との国境を隔てる大きな砦に続くと言う。
とりあえずの目的は村に到着する事だ。
そうしなければ始まらない…始まる前に終わるかもしれない…
「お腹、減ったな…」
「……それは言わないで欲しいです」
「いっちゃ、め…だよ?」
キキちゃんは尻尾を『だらん』と下げて元気無さげに呟く。あ、勿論、服装はレザーアーマーにローブを羽織った姿に戻ってる、あのシャツの姿で写真ほしかった…
あともう一人(一匹?)。住んでいた城が崩れ俺達に付いて来たクロちゃんは、可愛らしい反応を返してくれた。追記だが、外見は黒ボールに戻っており、浮遊しながら付いて来ている感じだ。
そう言えば《暗黒魔獣》って、何を喰うのだろうか? 謎である…
そう…俺達は昨日の夜から何も喰ってないのだ。
正確には、昨日の昼間からだが…
大蛇に追っかけられたり、城を探索したり、軽く遭難しかけたり…空腹もぶっ飛ぶ状態で、ご飯食べるのを忘れていたのだ。
しかし、その反動が今日になって現れた…キツい、マジ、キツい…
歩き出して30分…俺の体力は限界に近づきつつあった。
もう駄目だ、どうやら俺の冒険はここまでのようだ…ふう、童貞のままで餓死するのか、俺らしい最後だな…お腹が減って弱気になっている。
そうこう歩いているうちに、それが現れた…
大きさはニワトリくらい、ずんぐりムックリの外見で見た目は《太ったデッカいヒヨコ》と表現するのがよさそうな生物だ。目がラリってるのが好印象だ、俺、こういうキャラ好きよ…魔物だろうか?
俺が密かに戦闘態勢に入った瞬間、真横から猛スピードでキキちゃんが飛び出した。
スゴい…あのキキちゃんが剣抜いてる。
容赦なくラリったヒヨコに振り下ろされた剣は、綺麗にヒヨコの頭部を切り落としワンキルを決めた。
凄、カマキリとか蛇とかと戦ったときも剣抜きゃ勝てたんじゃね?…と、思わせる綺麗な太刀筋でした。
感心したのも一瞬、キキちゃんが笑顔でヒヨコの解体作業を始めた…
えーと、猟奇属性でもあったのかな?
「やりましたよ、シンジ様!!
コッコ鳥です♪ すぐに料理しますから、待っていて欲しいです!!」
……………喰うの? それ、喰うの?
瞬殺されたヒヨコは肉片と化していた…
それをキキちゃんは迷う事無く、火の魔法で炙り、火を通す。
血抜き…とか、しなくても大丈夫なのだろうか。まぁ、キキちゃんに任せよう。
クロちゃんは人化し、足をばたつかせて待機してらっしゃる。キキちゃんが料理すると言ったとき、クロちゃんが《なまのが、おいしいのに…》と呟いたのは都合上割愛する。所詮は魔物でした。
数分後、こんがり焼けましたぁー、とか聞こえて来そうな程、美味しそうに焼けた肉が提供された。
キキちゃんと、クロちゃんは、自分の分の肉を片手に待機している。どうやら、俺が喰い始めるのを待っているらしい。曲がり形にも女の子の手料理だ。喰わない訳が無いのだけど。
なんかな、あのラリった瞳が頭から離れないんだ…なぜだろう? コレが、肉を食べると言う事なのか?
昔見た、学校で豚を飼育する映画を思いだした…命って大切だな。まぁ、食べるけど。
一口食べた瞬間…俺の中からコッコ鳥の瞳の事など消え去った。
旨…なにこれ、いままで食べた肉って本当に肉だったのか!?
俺の中で価値観が崩れさる…
その後、三人(二人と一匹?)で美味しく頂きました。