026話 夜間限定移動手段が帰ったようですよ?
『いやはや、キキ殿の知り合いだったとは露知らず、本当に申し訳のないことをした。
助けてもらったうえに、ヘルムまで拾って頂き…心から感謝する、かたじけない』
『いやぁ、僕の方こそ思いっきり本気出しちゃったしねぇ。痛かったでしょ? ゴメンね!
……それにしても君、とても強かったよ。出来れば万全の時にまた手合わせ願いたいね。
その約束だけで今回のはチャラってことで……どうだい?』
『成る程、再戦の機会を頂けるか。それは武人としては願ったり叶ったリだが…拙者は現在、シンジ殿に仕える臣下の身…再戦の機会が何時になるか解らんが、よろしいですかな?』
『いいよー
僕もジル様の仕事があるしね。でも、戦える日を愉しみにしてるよ』
そんな会話が馬車の御者台の方から聞こえて来た。
意識を取り戻したグレイブさんが客車から御者台に移動したのだ。なんでも、一言謝りたかったとのこと。
ちなみに御者台とは、馬車を運転する人が座る席のことだ。この単語はキキちゃんが教えてくれた。
ふむ、そんな名前だったのか…知らんかった。あれだな知識って大事だな、うん。
客車には俺とキキちゃん、クロちゃんと《角兎》こと兎さんが乗っている。
俺とキキちゃんは向かい合うように座り、クロちゃんは、まだアルムントさんのことが怖いらしく、キキちゃんのローブの下で震えてらっしゃる。そして、兎さんはクロちゃんが怖いらしく、俺の膝の上に踞り震えている状況だ。
ふむ、ウサたん可愛い…
ふと、馬車の外を眺める。
流れる風景は血骨平原の夜の姿。
たまに飛び散る肉片は…アレかな? ゾンビでも轢き殺してるのかな?
結構の速さで馬車は進んでいる…
向かう先は《終幕の地》の西に位置する港町《プエルト大街》。
俺達は直接《鬼峰城》に向かうのでなく、まずはその街に向かうこととなった。
理由は、鬼峰城の場所がハッキリしないということだ。
本当に都市伝説みたいな話しらしく、発案者のグレイブさんすらその場所を知らないらしい…
見たという人もいれば、実際に城に入ったと言う人も居るらしい。まぁ、全部、噂らしいのだが…
だからこそ、まずはプエルト大街に出向き情報収集をすることとなった。
まぁ、幸運なことに俺達はアルムントさんのおかげで予定よりも早く移動出来そうではある。
このまま順調に進めば、夜明けまでにはプエルト大町に付くとのことだ、気長に探せばいいだろう。
つーか…
この馬車本当に速いな!!
車ぐらいのスピード出てるんじゃないでしょうか!!
内心はしゃいでいる俺である。
まぁ、平々凡々な変態として現代日本で生きてれば、観光で馬車に乗れる様な所に行かない限り、馬車に乗る機会なんて全くな…あれ???
流れて行く風景を眺めていく内に俺は奇妙な既視感を感じていた。
俺…昔、何処かで馬車に乗ったかしら?…懐かしさもある、何でだろう?
…もしや、幼い頃に母か祖母か曾祖母に連れられて、馬車に乗れるような場所に行ったのかしら?
うむ、そうとしか考えられないな。
黒峰家の女性陣は総じてアウトドア派な人達だし…逆に男性陣は総じてインドア派だし。父や祖父、男性陣に連れられて何処かに行く何て、コミケか美術館か古本屋ぐらいしか考えられない。
勿論、俺は旅行になんて進んで行ったりしない。行く金があったなら、ゲームを買う。
俺が悩んでいると、向かい側の席に座るキキちゃんが話しかけて来た。
「シンジ様? 何を見ておられるのですか?
なにか考え事をしておられるようですが…私でよければ相談に乗らせて欲しいです」
心配そうな声で訊ねて来るキキちゃん。
ふむ…いらない心配をさせてしまったようだな。
まぁ、個人的な違和感だし相談する様なことでもないよな…まぁ、いいか。
「いや、別になんでもないよキキたん。
あんまり馬車になんて乗ったことがないからさ…見る景色が新鮮で」
俺の答えにキキちゃんは、ホッとしたような表情をした。
そして、ニッコリ微笑む。
「よかったです。
出会ってから初めてシンジ様が神妙な顔付をされていたので、何事かと思いました。
差し出がましい様ですが、あまり慣れないことは考えない方がいいですよ?」
「それって、どういう意味でしょうかキキたん?
俺には悩み事なんて似合わないってことですか!?」
「有り体に言えばですね。似合わないです」
ニッコリ微笑み即答するキキたん……笑顔が素敵で言い返せません!!
キキたんが言うなら、俺には悩み事なんざ似合わないってことですね、はい。
さて、俺には悩み事が似合わないってことが解った所で、改めてキキちゃんとのトークを楽しみますかね。
俺は馬車の背もたれに深々と座り直し、まえに座るキキちゃんを見る。
キキちゃんは何処から取り出したのか毛布を俺に差し出している。
「この馬車に置いてあった毛布です、使ってください。
夜明けまで寝ておくのがベストですよ?」
「ありがとう。
これでようやく俺もキキちゃんの寝顔を拝めるわけだな!!」
俺が毛布を受け取ると、キキちゃんは座席の下からもう1つ毛布を取り出しながら苦笑いを浮かべた。
キキちゃんは毛布を身体に一巻きすると、今度はジト目を向けて来た。
ふむ、ジト目を自在に操れるとは…熟練度上がったね♪
「もう…寝れなくなるじゃないですか。
大人しく寝て欲しいですね。寝てください」
「ふむ、女の子に1つ屋根の下で一緒に寝てくださいと言われて断る程、俺は無粋な男ではないよ。
さてさて、大人しく寝るとしますかね…俺が起きていると寝れないキキたんの為に。
……キキたん? 俺の寝顔に悪戯したら、ダ・メ・ダ・ゾ・♡」
「寝ろ」
あ、ごめんなさい。少し調子に乗りました…
だから、その…視線に殺意乗せるの止めてください。
俺は大人しく眠りにつくことにしたのだった。
■
俺は、東の空がほんのり赤く染まり始めた頃に起床した。
馬車から出て、早朝の光景を見ながら『あー、やっぱり太陽は異世界でも東から昇るんだなぁー、西から昇ったりしないかなぁー』とか、そんなことを考えてみる。
自分で言うのもアレだが、年中脳内御花畑な俺である。
さて、馬車が止まっているのは未だ血骨平原の中である。
しかし、風に乗って漂って来る磯の香りといいますか、早朝なのにも関わらず街道を進む馬車の数ですとかを考えるに、俺達が《プエルト大街》の近くに居ることが解る。
キキちゃんが行商人の人からパンと、瓶に入った飲み物を人数分買って来てくれたので、馬車を街道の端に停め、木陰で朝食を頂いている最中である。
無論、人数分であるのでアルムントさんの分も含まれている。どうやって食うのだろうか?
俺は、そのコッペパンのようなパンに思いっきり齧りついた。
ふむ……コッペパンの味は異世界間共通のようである。
そのパンは紛れも無いコッペパンであった。
次に瓶に入った謎飲料…
一口啜ると、口の中に程よい苦みとコクのある味わいが広がった。
その濃厚な香りは地球に居た頃に何回も嗅いだことがあるアレのようで…つーか、珈琲である。
そういえば酒場でグレイブさんが普通に珈琲飲んでたのを思いだした。
飲食物に関しては、ある程度、地球と似た所があるのかもしれない。
…まぁ、コーヒー好きの俺としたら歓喜である。
たまに禁断症状の様にどうしても飲みたくなる日があるのだ。その場合、缶コーヒーでは落ち着かない為、クラスメイトがバイトしてる喫茶店でご馳走になっていた。
そういえばアイツ元気にしているのだろうか?
喫茶店がメイド喫茶にジョブチェンジしたことによって、制服が大幅改変されたことをグチグチ言ってたが…絶対、似合うとおもうんだよなメイド服。
そういえば…キキちゃんにも絶対にメイド服が似合うと思うんだよな。
なんというか、目付きが良い。
尻尾が良い。
ケモ耳が良い。
ケモ耳最高!!!
キキちゃんの方を見る。
キキちゃんは現在、クロちゃんにコッペパンを渡している最中であった。
クロちゃんは未だにアルムントさんが怖いらしく、黒ボールの姿でビクビクと震えている。
対するアルムントさんは、眠たそうにウトウトし始めている…アンデッドは太陽が高くなると寝るようである。よく見ると、アルムントさんの朝食が無くなっていた。コレにはかなり驚いた。
隣に座るグレイブさんも、ヘルム被った状態で既に朝食を平らげてるし…
この世界の住人はデフォルトで早食いのスキルでも持っているのだろうか?
この人達にはイロイロな意味で驚かされる。
俺の膝の上には相変わらず震えている兎さん。
可愛らしいな…コッペパンを分けてやろう。
『キュ?……キュ!!』
おお!! 食べるの速いな。
結構大きな塊を渡したのだが、直に食べきってしまった。
お腹が減っていたのだろうか?
さて、こんな感じで俺達の朝食は終わるのだった。
■
御者台に乗ったアルムントは、首もないのに器用に眠たさを表現している。
そんなアルムントにキキが別れの挨拶を告げていた。
シンジ達は違う場所で待機している。
アルムントと一緒に行くのはここまでなのである。
太陽のある時間帯はアンデッドは行動する事が出来ない。
「アルムントさん、本当に助かったです。母にもありがとうと言っておいて下さい」
アルムントは相変わらずの腹話術である。
『了解。まぁ、キキじゃ血骨平原は渡れなかっただろうしね…
ジル様いわく、初回だけのサービスだったらしいよ?
いくら、僕が便利でも次からは使えないからね? わかった?』
「解ってるですよ。
……私、そんなに頼りないですかね?」
『まぁ、キキはお嬢様だからね。
ジル様もなんだかんだで心配してるんだよ。
僕の仕事の1つには、新しい魔王がどんなヤツかって言う報告もあるからね…
結構、娘思いな人なんだよジル様』
「そう…ですよね。
ところで、アルムントさんから見てシンジ様はどう映りました?」
その問にアルムントは腕を組み、無い顎に右手を当てる仕草をした。
もしかしたら、前世はそういう癖があったのかもしれない。
『1日も一緒に居ないからね…
こんな短時間で判断するのは無理だよ。
でも、まぁ、豚人族とか兎とか連れてるし。
僕にもビビってたの最初だけだし…不思議なヤツだね、彼。嫌いじゃないよ?』
その答えはキキにとってある意味満足の行く物だった。
キキにとってもシンジは、不思議な人という印象が強いのである。
しかし、何が不思議なのかが解らない。
だから、もう別にそれでいいと考えてるキキである。
『それじゃ、もう行くね。
そろそろ、ヤバいし…』
見れば、もう既に太陽はその全容を露にしていた。
「そうですね、アルムントさんお元気で…」
『うん、キキも達者でね』
そういってアルムントは、かけ声とともに馬車を動かした。
そのかけ声と同時に、馬車の進行方向へ黒い大きな魔法陣が浮かぶ。
そこに馬車は突っ込み、そのまま何処かへと消え去った。
空間移動魔法の一種である。
母の術だろう。
キキは母の顔を思い浮かべながら、シンジ達の所に戻っていった。




