022話 単独行動は謹んでほしいです、わかってますか?
《殺人蟷螂》が木々の合間を縫って殺気を放つ。
その数、視認出来るだけで40体…その赤黒い鎌は、巣に入った獲物への殺意で禍々しさを増しているようだ。木々の影から覗かせるその赤はまるで死神の鎌のようであった。
そう、そこは殺人蟷螂の巣である。
樹海を抜ける為、シンジ達が通った道にたまたま彼等の巣があった…わけでは無く、シンジが単独で道に迷った挙げ句、その行き着いた先に巣があったのである。直にキキ達が見つけてくれたのが不幸中の幸いであった。本当にトラブルメーカーな男である。
しかし、キキはこの場に迷い込んだ運命を呪った。そこはとてつもない殺気に満ちていたからだ。
殺人蟷螂は平均の強さが《D級》とされている魔物である。魔物はその強さ・危険度・繁殖力を総合的に判断しランク付けされている。《D級》というのは、並の冒険者数人掛かりで対処することが推奨される魔物である。
殺人蟷螂がD級とされているのは、その繁殖力と残忍な性格、そして上位種の危険度が由来する。個体の強さでみれば然程でもないが、群れで襲われたならばその脅威は増す。その名前が示す通り、残忍で非常に好戦的な性格の魔物なのだ。それが1つの卵で100〜200産まれるのである…脅威以外のなにものでもない。
また、その上位種《巨人蟷螂》の存在も大きい。巨人蟷螂はその名の通り、ただでさえ大きい殺人蟷螂をそのまま、さらに大きくした魔物であり、場合によっては1つの村を滅ぼしかねない存在なのだ。
そんな凶悪な魔物ではあるが。しかし、殺人蟷螂と巨人蟷螂の生息地は《漆黒の樹海》と幾つかの魔境のみと限定されている。たまに街道で姿を見かけることはあれど、それは群れを逸れた個体に過ぎない。
旅する商人にとっても、普通に暮らす民にとっても、普段の日常では然程脅威にならない魔物であった。
しかし、シンジ達は違う…《漆黒の樹海》の生態系において、群れを成す魔物としてはその最上位に居る魔物の群れに迷い込んだのである…
稀に、そういう運の無い冒険者が居る。
そう言う者達は、余程、熟練の冒険者か腕の立つ者でない限り生きて帰ることは難しい。
故に、この漆黒の樹海では、新人の運の無い冒険者が命を落とす悲しい事故も毎年発生していた。
だからこそ、この森の魔物は平均危険度D級と流布されているのだある。
出来るだけ多くの新人が近付かぬ様に…
しかし、今回、運の無かったのは蟷螂達の方であった。
雷鳴が響き渡る。
雷撃が木々を燃やし、空気を燃やし、蟷螂を真黒に燃やす…
その、たった一発の《雷電》で、十数体の蟷螂が消し飛んだ。恐ろしい威力である。
それを放った青年…シンジの元に、別方向から襲いかかる蟷螂が数体、赤黒い鎌を振り下ろした。
しかし、その鎌が青年を切り裂くことは叶わない…なぜなら…
鎌は黒色の触手に絡めとられ、その巨体は…まるで子供が虫の足をもぎ取るようにバラバラにされた。
殺人蟷螂にしてみれば、とんだ悪夢だろう。
触手を操るのは黒髪の少女…クロちゃんであった。
「…しんじ、まだ来る、よ!?」
テンパった様子で叫ぶクロちゃん。
シンジが振り向くとソコには、触手をかい潜った蟷螂が3体迫っていた。
その3体に反応したのは甲冑姿の大男…グレイブであった。
『任されよ、シンジ殿!! 他の敵に備えてくだされ!!』
シンジと蟷螂との間に滑り込んだグレイブは、土の大槍を構え、それを右に薙いだ…
たったそれだけの行動で、蟷螂の1体は頭は弾け飛び、残り2体は巨木の幹に打ち付けられる。
それに止めを刺そうと動くグレイブだが、隣から飛び出したキキに制された。
「私が行くです。グレイブさんはクロちゃんとシンジ様をお願いします!!
…炎よ、塵と共に踊れ!! 《篝火》!!」
虚空から炎が発せられ、2体の蟷螂を包み込む。
魔導によって作られた炎は燃え盛り、その業火によって2体の蟷螂は燃え尽きた。
火事にならぬ様、炎をコントロールする手際は熟練されている。
キキは蟷螂の絶命を確認し炎を終息させた。別に全て焼いていられる程、余裕があるわけでもないのだ。
キキは自分が少し緊張しているのを知っていた。実は、実戦経験がほとんど無いのである。
敵に囲まれている焦りもあった。
そして、その焦りを増幅させる事態が起きた。
木々の上から、殺人蟷螂の上位種、巨人蟷螂が顔を覗かせたからだ。
その凶悪さからC級の魔物に分類される化け物である。
場合によっては村1つ滅ぼす魔物の出現…
崩れかけていたキキのメンタルは崩壊した。
「なんなんですか!? なんなんですか、コレ!! 巫山戯てるんですか!!
………嗚呼、もう!!…どうとでもなれです!!!
我が敵に灼熱の一矢を放て!!《炎矢》!!」
半狂乱になりながら、巨人蟷螂に向け《炎矢》を放つキキ。
それを横目で見ながら、シンジは(キレたキキちゃん可愛い)と思うのであった。
さて…んな、呑気なこと考えている場合では無いと直に反省する。
後ろではグレイブとクロちゃんが、迫り来る殺人蟷螂の対処に追われていたのだ。
ほとんどがクロちゃんの触手の餌食となる為、グレイブの出番は少ないが…それでも、抜けて来た蟷螂は早急に片付けていた。その手際は見事の一言である。
さて、クロちゃんが耐えてくれているなら、早めに決着付けますかね?
キキは、前に出て《炎矢》で巨人蟷螂を牽制する。
しかし、その攻撃を物ともせずに迫り来る巨人蟷螂…
シンジはそれを眺めながら、実に呑気なことを考えていた…
(ゴジ◯で、あんな怪獣出て来たよな?)
…などと、考えていたのである。
彼の危機感はズレている。
「キキたん、後ろに下がってください。
キキたんに擦ったら危ないですから」
「!?……わかったです!! お願いします!!」
キキが下がったのを見届けて、シンジは右の掌をその蟷螂に向けた。
本当……危機を一撃で抜け出せるこの能力は有り難い。
右手に魔法陣が浮かび上がり、先程と同じ《雷電》が放たれる…
漆黒の樹海に響き渡る雷鳴、一直線に森を焼く雷撃、立っていられない程の衝撃…
その威力は巨人蟷螂といえど耐えられなかったようである。
雷鳴が収まった後、ソコに立っていたのは身体が焼失し、頭だけになった巨人蟷螂の死骸であった。
キキにしろ、グレイブにしろ、その威力にある種の畏怖と、生物的な恐怖を感じていた。
それは殺人蟷螂達も同じようで…あるいは、あの巨人蟷螂だ群れのボスだったのかもしれない…そのおおくが森の奥へと逃げ去った。
安全になったその場所で、シンジは振り向きキキの所へやって来る。
キキの元に辿り着いた彼は、血相を変えて訊ねた。
「大丈夫か、キキたん!!
火傷は無いか!! その白い肌は無事か!! 尻尾の毛並みは!? ケモ耳は息災か!?
ケモ耳は国宝級の価値があるからな、何があっても俺の目の黒いうちは汚させたりしない!!」
物凄い勢いで聞いて来る主に、軽い恐怖を覚えるキキである。
あの状況下において最も彼が危惧したのは、この戦闘によってキキが怪我をすることであった。一人の少女を助けるのに奔走したとも言える…が、ケモ耳を国宝級と言ったことでキキは悪寒を覚えた。
そして、沸々と怒りがこみ上げて来るのであった。
「……シンジ様? 私、少しだけ、本当に少しだけ怒ってるですよ?
誰のせいで……こんなことになったのですかね、シンジ様?」
徐々に毛並みが逆立ち、女夜叉のごとき形相になるキキ。
それを恐れ、グレイブとクロちゃんに助けを求めるシンジであるが…
『まぁ…自業自得ですな。許されよ』
「しんじ、わるい」
この後、普段の怒りが本当に可愛らしいのだと知ったシンジであった。




