013話 忘れ物はない?
一瞬、空気が凍り付いたかのようにグレイブさんは動かなくなった。
ふむ、そんなに見せたく無いのだろうか? ますます見たくなるのは人の性だと思う…
しかし、無理矢理にとは思わない、拒否してくれば応じようとは思う。でも、見たいけどね。
俺がじっと待っていると、やっと言葉の意味を理解したのかグレイブさんは呟く。
『…………解った。
確かに、命の恩人に向け面を隠したままというのも、失礼なことであったな』
そして、ゆっくりとした動作でヘルムを取って行く。
ワクワクドキドキで見守るその所作…
キキちゃんも、酒場のお姉さんも、チラチラと覗き込んでみている。
留め具が外れ、グレイブさんの素顔が露になる…
豚だった。
彼の顔は豚の顔…つまり、彼はRPGでいう所の《オーク》と呼ばれる種族のようだ。
オーク…それはエロとグロ、特にファンタジー系のエロを愛好する者にとって、決して忘れてはならない重要な要素の1つであると俺は考える。
彼等は多くのエロゲやエロ漫画で、エルフやら女騎士やらを陵辱する重要なポジションを任されて来たのだ。その卓越された技術力は他の追随を許さない。
何故、ここまで重用されるのか?
それは《穢れの無く高貴で美しい誇り高い美少女×醜悪な豚》、といった分かり易い構図が見る側の隠されたリビドーを掻き立てるからに他ならない。
彼等は、俺達エロゲ愛好家の、”現実では絶対にしない欲望”をディスプレイ上で行う、我々の代行者なのである。
まぁ、この辺りにしておいて…
これは一部の人間による偏ったオーク観なのであって、多くのRPG愛好家にとって、《ダンジョンに出て来る雑魚モンスター》程度の認識しかないのが残念な所だ。
…そういえば、この世界では彼等はどういった扱いなのだろうか?
モンスター…では、無いのだろうけど。
そんなことを考えているとき、酒場のお姉さんの呟きが聞こえた。
「オーク、か……あ…悪い!! 別に悪気のあったわけじゃ…」
「いや、別に気になさるな、拙者達の種族が他種族にどう思われておるか知っておるし。
どう転がっても拙者はオーク…それ以外の何者にもなれんのだ。
汚いモノを晒したな。これでは折角の飲み物も不味くなろう。許されよ…」
ん? この世界ではオークの地位が低いのか??
まぁ、ほとんどのファンタジーでは低いけども…
俺が小首を傾げていると、キキちゃんが耳打ちしてくれた。
(グレイブさんの種族は《豚人族》と呼ばれる種族です。
元々、気性が荒く粗暴な種族といった印象もあって、魔界では彼等を差別する者も多かったのですが。
先代魔王様の時代に、豚人族が大勢、大規模な略奪部隊に編成され、その部隊が多くの街で略奪行為を行った事で、彼等の悪名も上がってしまいました。
非常に残念な事ですが、他種族の人に敬遠されてるのが《豚人族》の現状です)
ふむ、まぁ、オークだしな。
エルフとかには嫌われてそうな印象があったが…そうか、ボッチか…
ん? でも、グレイブさんはそんな粗暴な印象無いけどな…
俺が不思議に思っていると、グレイブさん自らその答えを教えてくれた。
「変だと…思われるだろうな。
確かに拙者は、豚人族らしからぬ所が多いからな。変に思われて当然だろう。
……他種族の方が思われている様に、我が種族には粗暴で気性の荒い者が多い、それは否認しようが無い事実だ。しかし、中にはそうでない者も大勢居る。拙者はその中の一人だと自負している…だからこそ拙者は、豚人族の印象を改善したいと考え、このような格好をしているのだが。
……やはり、豚人族は信用なら無いだろうか?」
む…訊ねられた。
まぁ、思ったままを口にするけどね。
「ふむ、まぁ、いろいろな性格があって良いと思うぜ。
オークだからって、粗暴である必要なんてないよな。
俺は粗暴なオークも好きだが(エロ的な意味で)、普通にドレスや甲冑なんか着ているオークもアリだと思う(動物◯森的な意味で)。
豚だって頑張れば、木にだって上るし、空だって飛べるんだ。
だから俺はグレイブさんを全面的に支持するぜ。
俺も日本に居た頃、馬鹿が起こした犯罪で『これだからオタクは…』みたいに言われるの我慢ならなかったからな。グレイブさんの気持ち、解らなくもない。まぁ、志の大きさがぜんぜん違うけどな」
思ったまま口にしたら少し語り過ぎてしまった。
…引いてしまっただろうか?
恐る恐る顔色を伺うと…
グレイブさんは涙を流していた。
え…なに、どうして泣いちゃったの!?
助けを求めようとキキちゃんの方を向くと。
「流石シンジ様です!
…私は、自分の価値観の狭さを思い知りました。感服です。
途中、意味不明な単語が出て来ましたけど…感服です」
え、だから、何!?
なんで、俺、感心されてんの!?
…キキちゃんの俺を見る目が、出逢ってから一番輝いてるんだけど?
一応、酒場のお姉さんも見てみる。
「………胡散臭いエロガキと思っていたら、ソコソコ器は大きいらしいね」
……まぁ、どうでもいいけど、何でエロガキなのはバレてるんだろう?
俺、まだ、お姉さんにはなにもしてない筈なんだけど…
ま、まぁ、今はグレイブさんだ男泣きされてたんじゃ話が進まない。
俺は人に感心されるのにあまり慣れていないのだ。なんとなくむず痒い感じだな、コレ。
「…ま、まぁ、グレイブさんも泣かないでくださいよ!! 大げさですぜ?」
俺が声を掛けるとグレイブさんは無造作に手で涙を拭い、真剣そのものの表情で俺を見据えて来た。
そして、重々しく口を開く。
「失礼した。……そして、重ねて失礼する。
突然のことで誠に申し訳ないのだが、シンジ殿に恩を返すため…否、建前はよそう。
拙者はシンジ殿に仕えるべき主の器を見申した。出来る事ならこの不肖グレイブ…シンジ殿の側に置いて頂けぬだろうか? 無論、なんでもさせて頂く所存であります。
どうか…お願い申す!!!」
嗚呼、もっと大げさなことになってしまった。
別に俺、大した事言ったつもりないのだけど…
助けを求めてキキちゃんを見る。
「臣下は多い事に超したことないですよ?
いいじゃないですか、私はグレイブさん良い人だと思いますし。異論ないです」
と、即答された。
なんというか味方がいない…
まぁ、別に嫌じゃないのだけどさ。
どうしよう…つーか、それ以前にこっちの目標話しとくか…それから決めてもらおう。
「解ったよグレイブさん。でも、最初に聞いてくれ。
俺は諸事情により魔王を目指している…そんな俺に付いて来てくれるか?」
人が話している最中だと言うのに、この方々は様々な反応をしてくださる。
まず、酒場のお姉さんは笑ってる…腹を抱えて笑ってる。
「な、な、おまえ、魔王目指してんのか!! そりゃ、大変だな…頑張れよ…ククク」
笑いを凄い堪えてるよ…
あ、因みに店内で清掃作業中の屈強なお兄さん方にも聞こえたらしい、こちらも声を殺して笑ってる。
そうか、笑われる様な目標なのか…逆に燃えるね。
一方、キキちゃんは苦笑いを浮かべてらっしゃる。
うん、前も言ってたもんね、今のままじゃ”自称”が取れないって…
まぁ、口が滑ったかな?
最後にグレイブさん。
彼は一人だけ真剣に俺の言葉を考えているようだった。そして、口を開いた。
「シンジ殿が掲げる大望、承知した。
ならば拙者も、その道を共に歩きましょうぞ!!」
「え!?…」
素頓狂な声を発したのは酒場のお姉さんである。
お姉さんはグレイブさんを驚きの眼差しで見ている。それは遠巻きにこちらを見る男達も同じだ。
そして俺も驚いていた。
まぁ、俺としては真面目な話なのだが、キキちゃんいわく、普通の人が聞いたら冗談も良い所の目標らしい。だから、俺はお姉さんの反応が正しいと思う。
しかし、グレイブさんはそれすらも承知し、共に来ると言う…この人、正気か?
「……そんな驚いた顔をされるな。
拙者とて、正常な判断ではないと思っている。しかし、拙者はシンジ殿に仕えたいと思った。
だから、例えその目標が冗談もいい所だったとしても…主と定めた人と共に歩くのが拙者の夢であったのです。どうか、拙者をその王道のお供に…」
ふむ、似た様なことを最近聞いたな。
あ…俺が言ったんだな。
魔王になる宣言したとき俺は、『キキちゃんみたいな可愛い娘が仲間で居てくれるなら、俺は魔王になるよ』と言ったのだ。
グレイブさんの言葉は、俺のあの宣言と似ている様に見える。
グレイブさんは、俺を主にしたいから臣下になりたいのだ。
だとしたら、同じ様な理由で魔王になることにした俺に彼を拒否する選択肢など最初から無いよな。
俺は右手を差し出した。
「じゃあ、これからよろしく頼む」
「応!!」
臣下が一人増えました。
■
酒場を後にする際、本日、何度目かの事件が発生した。
キキちゃんが忘れ物に気付き、取りに戻ったのだ。
店の前で、全身甲冑の姿に戻ったグレイブさんと俺は待たされる。
帰って来たとき、キキちゃんはとても青い顔をして泣きそうになっていた。
「ない、です…」
「なにがだい? 忘れ物かい?」
見送りに現れたお姉さんが訊ねる。
お姉さんの顔を見てキキちゃんは一瞬口を開こうとして…閉じた。
そして、『何でも無いです』と言って俺達の後ろに回る。
そんな様子を眺めながらお姉さんは肩を落とした。
「まぁ、なに無くしたかしらないけど、この辺、置き引きとかスリとか多いからね。
魔王目指すのに、そんなヤツ等に大事なもの盗まれるんじゃないよ!!
あ…そういえば、グレイブ。アンタが助けた女の子が『ありがとう』って伝えとけってよ。
じゃ、ワタシは店を再開させるから、また、なにかあったら来てくれ」
そう言って店の中へ消えてった。
本当に何者なのだろうか、あの人…
グレイブさんは、何やら嬉しそうにしてらっしゃる。
「御礼言ってもらえて良かったな」
『嗚呼、今までの人生であまり経験がないからな…むず痒い』
そんなグレイブさんの答えを微笑ましく思いながら、先程から何事か呟くキキちゃんを見る。
「……置き、びき……」
「キキちゃん、なにがあったんだい?」
俺の声を聞き正気に戻ったのか、キキちゃんは衝撃の事件を言い放った。
「く、クロちゃんの隠れたローブをですね…クロちゃんごと置き引きされたようです」




