第一話
初めに。
どこぞの神話から色々名前をお借りしたり能力お借りしたりしてますが、知らなくても大丈夫です。
フレースヴェルグ王国の東の果てにはクラーケン男爵領が存在する。
領地の三分の一が森で、隣国との国境となっている山脈に面する自然豊かな場所だった。
領主の男爵は一度として人前に出たことはないが、王国のほかのどの領よりも低い税などの領民に配慮した領地経営によって誰からも愛されている。
しかし、領民は知らなかった。
クラーケン男爵は人ではないということを。
クラーケン男爵のただ一人の子供もまた半分人ではないことを。
知らずに、幸せに暮らしていた。
「フィル様ぁ~!なんかね、村の入口の方に『騎士様』が来てるよっ!」
子供達がわらわらと市場に駆け込んだ。
そして、一斉にある一人の人物目掛けてタックルよろしく抱き着く。
「ぐふっ!」
薄手の綿の服の上から鳩尾に勢いよく子供の頭がぶち当たり、フィルは苦しげなうめき声を出した。
「騎士様……?こんな田舎に?」
「うん、そう言ってたよぉ!それでね、『クラーケン男爵のお屋敷は何処かご存知ないか』だって。アタシらみたいなショミンのコドモに敬語使う、フィルと同じくらい変な人だった!」
「俺がどう思われてたか分かって若干落ち込んだことはさておき、初対面の人を『変な人』なんて言っちゃいけないよ。」
そう言いつつ、鳩尾を摩りながらフィルは子供達に連れられて騎士のところに急いだ。
子供達は町の西の入口に向かってどんどん進む。
「フィル様早く!」
「ちょっと待って、汗が目に入って染みる……。」
目を拭いながら入口に辿り着くと、確かに青年が一人立っていた。
「お待たせして申し訳ありません、クラーケンが実子、フィルと申します。ご案内させていただきます。」
フィルが低頭すると、騎士はそれを片手で制止した。
「いい。非公式の場だ。堅苦しいから止めてくれ。」
しかし、と反論しかけてフィルは言葉を飲み込む。
本人がいいと言っているのだからいいか、と。
そして再び頭を軽く下げた。
「ありがとうございます騎士様。」
「俺はアルバート=ガルムだ。騎士様などと堅苦しい呼び方でなくとも構わん。」
「ではアルバート様、早速ご案内させていただきます。」
フィルは子供達に礼を言い、安全に気をつけて遊びに戻るように言った。
そして、歩き出す。
自分の家へ。
「なぜ貴族の君が領民の手伝いをしている?」
「領民の暮らしはどうか、税を増やすか減らすか、何か困っていることはないか知るにはこうやって自分の目でみて確かめるのが一番ですから。」
「領地運営に携わっているのか。」
「少しでも役に立てるかと思って。」
聞きづらいことも平気で質問してくるアルバートには純粋にフィルに対する疑問しかなく、それがフィルを不快にさせることはなかった。
ぽつりぽつり話をしながらフィルはどんどん森に入って行く。
何時しか、町からは遠く離れてしまっていた。
暗く薄気味悪い森の様子にアルバートは警戒を強める。
「アルバート様、そんなに肩に力を入れずとも大丈夫です。何も襲ってきたりなんかしませんから。」
森の雰囲気に合わぬ明るい笑顔でフィルはそう言ったのだが、アルバートにしてみれば時折聞こえる謎の生物の唸り声やギャアギャアというおそらく鳥の声によって気を抜くことを許されない。
騎士としての経験が、それらの生物の殺気が向けられていると告げているのだからなおさらだった。
「さぁ、着きましたよ。」
フィルは古びた館の前で立ち止まった。
すると、固く閉ざされていた門がひとりでに開く。
「お父様もアルバート様をお待ちしていたようですね。」
一体全体、これはどういうことなのだろうか。
魔法を使える者などこの世界には居ない。
納得いく光景ではなかった。
しかし、納得せざるを得ない光景があった。
地面から、触手。
「おかえり、フィル。」
「ただいま戻りました。父さんにお客様ですよ。」
大きな屋敷の玄関扉もひとりでに開き。
そこに居た。
玄関ホールとも言えよう広い空間、
窮屈そうに収まる巨大なイカに似た何か。
「おお、私にお客さんとは珍しい。どなたかな?」
アルバートは絶句した。
(男爵は人ではないのか……!?)
「こちらは、アルバート=ガルム様。王都の騎士様です。」
アルバートはハッとして、慌てて頭を下げる。
「騎士団団長より手紙を預かって参りました、騎士団第一部隊隊長アルバート=ガルムと申します。」
今度はフィルが驚く番だった。
(この歳で隊長!?)
フィルの父、クラーケンも驚いている。
「若いのに、素晴らしい実力をお持ちのようだ。
……私への手紙を預けられる程、団長の信頼も得ている。」
「まだまだ経験不足です。では、これをお受け取りください。
そして、返事を聞けと言付かっておりますゆえ、お聞かせください。」
アルバートが懐から出した手紙が、青い触手にするりと取り上げられた。
複数の触手が封を開け、手紙を取り出して開く。
「お茶を用意します。父が読み終えるまで、客室でお待ちください。」
フィルがすかさずそう言って、アルバートを別室に案内した。
ほとんど装飾などはないものの、掃除の行き届いた部屋。
フィルは簡単な調理なら出来そうな台所が繋がっているそこにアルバートを案内し、自らお茶の準備を始めた。
屋敷の主が人ではないとあっては、使用人は雇えるはずもない。
当然と言えば当然だった。
客人を暇にさせない為に、フィルは口を休めない。
「アルバート様、お歳は?」
「21。」
「本当ですか?お若いですね。」
「君は?」
「16です。」
「そうか。」
「失礼ながら、アルバート様を20代後半の方かと思っておりました。落ち着いた雰囲気でいらっしゃるから。」
「団長には子供扱いされるがな。」
「アルバート様を子供扱い……どんなお方ですか?」
アルバートはふっ…と小さな笑みを見せた。
一瞬の変化。
寡黙ではないが表情の余り変わらないアルバートのそれに、フィルは思わず見惚れる。
「そうだな。子供心を忘れないけど厳しい父親、といったところかな。」
フィルは穏やかに微笑む。
「……何となく想像がつきます。」
騎士団団長という立場から、厳しく生き残る為の技術を部下達に叩き込む。
しかし自分より未熟な者達に対する理解は深く、時には一緒にご飯を食べに行って笑いあったりするような。
「そんな方でしょうか?」
フィルはアルバートにそう問い掛けた。
アルバートは驚いて目を見開く。
「フィル殿は団長に会ったことが?」
「ものごころついた頃からは無いですよ。それ以前はわかりませんが……。」
「まるで団長を見てきたかのようだ。」
「アルバート様は騎士団の団長様に対して感じているそのままをおっしゃっているのでしょう?
私はそれを元に、想像というコーティングをしただけです。
団長様を尊敬されているのでしょう?
言葉から伝わりました。」
洞察力というのか。
言葉をしっかりと捉えられるフィルにアルバートは確かな興味を抱いていた。
「近いうちに、フィルもその団長に会えるよ。」
声が聞こえた。
人ではないが、フィルの父親である男爵の声。
「アルバート殿。明日、フィルを連れて王城に戻ってください。それが手紙に対する答だ。」
「……分かりました。」
余りに突然のことで、フィルの表情が変わった。
困惑が滲んでいる。
「父さん……!」
「フィル、事情は向こうに着いてから団長様に聞きなさい。
急ぎ荷物を纏め、明日に備えなるんだ。食事の支度も私がしておく。さぁ急いで!」
フィルは父親の言葉に、納得いかないながらも動き始めた。
客室からフィルの姿が消えると同時に、クラーケンは深く溜息をつく。
「アルバート殿、大したもてなしが出来ないことを許してくだされ。」
クラーケンの手により、アルバートのティーカップに新しく紅茶が注がれた。
忙しいけど、書きたい。
というわけで、ちまちま書いていこうと思います。
暖かく見守っていただけるとうれしいです。