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ビリー・ザ・キッド

作者: 土方隼人

「ビリー・ザ・キッド」-西部開拓史にその名を刻んだ無法者。

 ビリーが初めて人を撃ったのはまだ12歳の時だった。母親を侮辱し罵倒する男の腰から拳銃を抜き取り引き金を引いた。気がつくと弾倉に込められた6発の弾丸は空になり男は動かなくなっていた。

 ビリーはこの事件からアウトローの道を歩むことになる。そして21歳の時に保安官パット・ギャレットと対決するまでに21人をその早撃ちであの世へ送った。


「ヘイ、ビリー! お前はそんなに抜くのが早いのか?」

「ああ、早いよ。見たいかい? あっ、悪いけど見る前にあんたの眉間(みけん)に穴が開いてるけどね」

「なにぃ、生意気な小僧め。面白い、見せてもらおうじゃないか」

「おじさん、やめといた方がいいよ。ハニーが悲しむだけだぜ」

「このくそガキ! 外に出やが……」

 と言い終わる前に左利きのビリーの銃から放たれた3発の弾丸は眉間の全く同じ所を貫通していた。


 ビリー・ザ・キッドは本名ではない。小柄で愛嬌のある顔立ちからキッドの愛称がついた。洒落者でいつも身だしなみに気を使い粗暴なアウトローとは違って見えた。そしてガンマンとして彼なりの誇りを持っていた。

 ビリーは初めて人を撃って家を出た後、食うために牛泥棒の一味に身を置く。そこで銃の扱いを仕込まれ、早撃ちに磨きを掛けた。そんな生活の中、ある牧場主に気に入られカウボーイとして堅気の生活を決意する。しかし、ある時、隣接する牧場とのいざこざからビリーを雇ってくれた牧場主が殺されてしまう。その牧場主に深い恩義を感じていたビリーは殺した相手への復讐を誓う。そして仇の男どもに無数の風穴を開け復讐を果たすが、アウトローの生活へと戻らざるをえなかった。


「ビリー、今日は駅馬車を狙うのか、それとも牛をかっぱらうのか?」

「今日は駅馬車だ。金持ちが乗るという情報を手に入れた」

「さすが、ビリー。わくわくするぜ」

 ビリーは駅馬車や家畜を狙う窃盗集団の(かしら)となっていた。

「いいか、女と子供に手を出すんじゃねえぞ」

「わかってるよ、ビリー。こっちに銃を向けた野郎だけだ」

 ビリーは決して弱者を狙うような事はしなかった。大牧場主や金持ちだけを狙った。大牧場主に反感を持っていた開拓農民たちにとっては無法者であってもビリーたちが英雄に映った。

 ビリー・ザ・キッドの名は西部に響き渡った。


「ビリーの野郎、このまま放っておく訳にはいかねえ」

 ビリーに牛を盗まれたり強盗にあった大牧場主たちはビリーを捕まえようとやきもきしていたが、なにせビリーは腕が立つ。へたに近づけば自分たちがあの世行きになるのは火を見るよりも明らかだ。そこで金の力に物を言わせ、郡保安官や検事を買収し、ビリー捕縛の追跡隊を組織させた。そしてビリーを捕まえる打って付けの男を探し出した。その名はパット・ギャレット、ビリーの昔の友達だった。パットはビリーの事を良く知っていた。その銃の腕前、行動、性格も。ビリー捕縛の適任者だった。


「パット・ギャレット! ビリー捕縛の責任者になってくれ」

「しかし、オレはビリーとは友達だ」

「それは知っている。いいかねパット・ギャレット、君が昔ビリーとつるんで悪さをした証拠も握っている。君を逮捕することだって出来るんだよ」

 パットは今では昔の稼業からはすっかり足を洗い堅気として生きていた。そしてもうすぐ、家族が一人増える予定だった。

「よく考えるんだパット・ギャレット。ビリーを捕縛すれば過去の事は全て水に流そうじゃないか」

 そしてパットはビリー追跡隊の責任者として保安官に任命された。

 パットの銃の腕前はかなりのものだったがビリーが相手では刺し違える覚悟が必要だった。捕縛など到底できないと思った。見つけたら殺すつもりで銃を抜かなければ自分が()られるだろう。

 パットは覚悟を決めた。そして、ビリーのことを知りつくしていたパットは少しづつビリーを追い詰めていった。



「パット、久しぶりだな」

「ビ、ビリーか?」

 ある日、追跡調査で一人酒場に立ち寄ったパットの目の前に突然ビリーが姿を現した。

「さすがパットだ、いつか来ると思ったよ」

「ビリー、自首してくれ。オレはお前と撃ち合いたくない」

「それはオレも同じだ。だが、自首したところで絞首刑はまぬがれない」

「しかし……」

「パット、幸せに暮らしているようだな。風の便りに聞いたよ」

「ああ、もうすぐベイビーが産まれる」

「パット。お前からはこれ以上逃げ切れない。オレはフォート・サムナーの街にいる。そこで勝負だ」

 そう言い終わると風のようにビリーは姿を消した。


 フォート・サムナーの街までは馬を半日も走らせれば着く。そこにビリーが待っている。

 パットは今までビリーを追跡しながらもビリーが見つからなければいいと思っていた。しかし追跡隊の責任者として職務を遂行しなければならない。パットは自分の家族の幸せと引き換えに友達を殺そうとしていることに苦しんだ。悩みながらの旅だった。しかし、パットはビリーと対決する決心を固めた。


「ギィー」

 パットはビリーが潜んでいる廃屋のドアをそっと開いた。他の連中には入って来るなと指図した。1対1で勝負したかった。

「パット、早かったな」

 物陰からビリーの声が聞こえた。ビリーの影だけが床に伸びている。

「ビリー、勝負だ」

「パット、オレは手加減などしないぜ」

「ああ、オレもだビリー」

 次の瞬間、物陰からビリーが躍り出てきた、左手を腰に当てながら。

 パットは無我夢中で拳銃を抜いた。そしてビリーの心臓に目がけて撃ち放った。

 しばらく自分が撃たれたのかビリーを撃ったのか分からなかった。

 数秒の静寂のあとビリーが床に転がった。

「ビ、ビリー」

 ビリーに駆け寄ったパットの目にビリーの信じられない姿が映った。なんとビリーは丸腰だったのだ。

「ビリー、何故……」

「あぁ、拳銃をキッチンに忘れてきちまったよ。最期にとんだへまをやらかしたもんだ……」

 そしてビリーは動かなくなった。パットはそっとビリーの瞼を閉じた。


 保安官パット・ギャレットはビリー・ザ・キッドを仕留めた名保安官として(たた)えられた。しかし、彼はその後保安官を辞め、小さな牧場主となり生涯を送った。

 ビリー・ザ・キッドの小さな墓石は何度も洪水で流されたり盗難にあったが、今もニューメキシコ州フォート・サムナーにひっそりと建っている。その墓前には誰とも知れず花がたむけられ絶えた事はない。



 He Died As He Lived

(彼は彼らしく生きて死んだ)…… ビリー・ザ・キッドの墓石に刻まれた言葉より






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― 新着の感想 ―
[良い点] 実話とフィクションの見事な融合!西部劇ならではのキザなセリフもさることながら、ビリー・ザ・キッドにこのような生涯があったとは驚きでした。事実は小説より奇なり。
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