第一章
もう「現実」の世界では会えないから、俺は日記を書く。
君への日記。
届かなくても構わない。俺を感じてくれればそれでいい。
『十月一日
日記サボっててごめん。久しぶり。これからは毎日書くよ。
今日が何の日か覚えてるか?そりゃ覚えてるよな。お前が一番辛い思いした日だもんな。今さっき行ってきたよ。久しぶりに行ったけど、お前は変わらず、ああやってじっとしてるんだな。今度からはこまめに行くよ。花でも持って。今日はごめんな、酒かけてやるくらいしかできなくて。
俺やっぱり、大貴に謝る事ある。ごめん。あの時お前の代わりに俺が、』
・・・・十年前・・・・
「最初はぐっ、じゃんけんポイっ!」
「あーちくしょー」
俺と大貴は毎日荷物持ちゲームをやった。
「大貴、今週ずっと負けてんじゃん。不幸な事でも起こるんじゃねぇの?」
その時は笑っていた。だけど、不幸なんていつ訪れるか分からない。
「はい、俺のランドセル持って。」
「悔しいなー」
俺たちは笑いながら帰った。ふざけすぎて、たまに車にぶつかりそうになる時だってあった。
「おはよう、智樹。」
毎朝学校にだって行った。大貴は俺が寝坊をしても何分でも待ってくれた。「怒られるなら、二人の方がいいだろ」と言って。何気ないそんな毎日が今になると恋しい。
小六に入った時から俺たちは受験に向けて頑張った。受験するなら前から始めてればよかった、と後悔したが、結果には悲しむ事なかった。
同じ中学も行き(もちろん俺たちの荷物持ちゲームは終わらなかった)、変わらぬ毎日を送っていた。はずなのに、神様は俺たちの日々に「黒」という色で染めた。
「智樹!危ないっ」
ドンっ
―今何が起きた・・・?
それから俺は気を失った。
覚えているのは、大貴に強く押された事だけ。
優しい手で、それでも強く。
目を開け、周りを見渡すと、病室にいた。
横には兄貴が座ってた。
「おお、やっと起きたか」
「兄ちゃん・・・大貴は」
「心から大貴に感謝しないと、お前、命が・・・」
そこから兄貴は何も言わず、ただ下を向いてしまった。
兄貴は大貴を弟のように可愛がった。
大貴も兄貴の事が大好きだったはずだ。
兄貴は震えた手で、隣の病室を指さした。
耳をすますと、鼻をすする音がする。
そして、女の子が泣いている。
まさか。
すごく嫌な予感がした。
隣へ走ると、大貴がベッドに寝ていた。
俺に気付いた大貴の両親と妹が、俺を赤い目で睨んでいた。
「あの・・・大貴は・・・」
起きるとそう言ってほしかった。けれど、大貴のお母さんは
「あんたが殺したも同然よ!なんであんたが生きてるの?!母親もいない、父親もいない、ただの役立たずのお兄さんと、二人きりで住んでるあんたが・・・あんたが生きていく資格なんてないのよ!」
「直美、やめろよ。智樹くんにそんな事言ったって・・・」
大貴のお父さんが必死にお母さんを止めようとしていた。
俺はただ
「すいません。」
と頭を下げて謝るしかなかった。
大貴はそれから目を開ける事はなかった
大事な人こそ、
最後までは一緒にいてはくれない。
一番そばにいてほしい人こそ、
気付いたらいなくなっている。
もう会えないと分かっていても、
会いたい、と祈り続けても、
俺はもう大貴と「現実」で会う事はできない。




