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JINの恋

 三十歳を過ぎた頃。JINが恋をした。

 相手は、ライブによく来ている女の子。JIN好みのおとなしげな子だった。

 ライブのあとにお茶をしたり、食事に行ったりしていたのはオレたちも知っていた。”来るもの拒まず”の感があったそれまでの彼女と違い、JINが積極的に動いているように見えた。

 ”JINのお気に入り”。オレたちメンバーや、ライブハウスのスタッフの間で、彼女はそう認識されつつあった。

 その子がいつの間にか”JIN”のイメージを表したような指輪をするようになっていた。JINの好みではなくって、あくまで”イメージ”。彼女自身の好みとも違うだろうゴツイ雰囲気の指輪だった。


「彼女の指輪、お前の”名札”だろ?」

 ある日の打ち上げの席で、珍しくそうJINをつついたのはMASAだった。コイツはとうとう、学生時代からの彼女と結婚した。CMに曲が使われて、活動の場が広がったのが家庭を持つ自信につながったんだと。近いうちにお父ちゃんだ。

「スタッフに悪い虫が居たからな。虫除けだ」

 相変わらずウーロン茶を口にしながら、悪びれもせず言い放ったJINは、オレたちがいつも使っているライブハウスを勤務態度の悪さでクビになったスタッフの名前を挙げた。

「あぁ、あれはタチ悪かったな」

 『ウチのにもコナ掛けよったし』とビールの空き缶をつぶしながらYUKIがはき捨てた。すっかり立ち直ったコイツもそろそろ結婚が秒読みに入ったらしい。

「JINにも周回遅れで、春が来たか」

 オレがスルメをかみながらそう言ってやったら、JINはにやっと意地の悪い笑顔を見せた。どこで覚えたそんな顔。

「スタートしてない奴が言うな」



 そして、JINの恋は奴の声に艶をつけた。

 女は恋をしてキレイになると言う。男のJINは、声がしっとりと色っぽくなった。今までの彼女が、どれだけうわべの付き合いだったか判るというものだ。

 丁度、MASAにも子供が生まれたところで、コイツも吊り目がちの目が優しくなった。

「RYO、相談なんだが」

 MASAが言い出したのは、次のアルバムの打ち合わせの席だった。

「曲はそこそこできてはいるんだがな、これ一旦置いたら駄目か」

「置いておいて、どうするよ」

「今までのバラードを書き直したい」

 RYOが、うーんと唸る。

「セルフカバーか」

「親になると、なんて言うかいろいろ感じ方が変わった気がしてな。この感じで曲を書き直したら、どうかなと思うんだ。JINの今の声に合いそうな気がするし」

「JINの色気か」

 しばらく考えていたRYOは、次に目を上げたときには勝負に出る顔になっていた。

「次は、バラード集。子守唄に色気を足して」

 どんな、コンセプトだよそれ!



 セルフカバー”Hushーaーbye”はオレたちの予想を超えた売り上げをたたき出した。

 デビューから十年。織音籠には”癒し系”の形容がつけられるようになった。百八十センチ超の男五人には似合わない形容というのは、置いておいて。

 移動には追っかけが取り巻き……という、売れ方ではなかったが、仕事が増えた。


「癒し系にシャウトは合わないよな」

 地元での仕事の合間。行きつけの定食屋で、昼飯を食いながらのMASAの言葉に、 JINはこともなげに

「じゃ、ナシで良いだろ」

 と、言った。

「良いのか、それで。お前、シャウト好きだろうが」

 RYOの驚いた顔に、オレやYUKIも頷く。

 

 改めてJINは、少し考えながら言った。

「んー。もう三十歳を越えたし、いつまでもはムリだろ。声が潰れた時に、『一生分叫んだから良いよ』って、バレーみたいには俺自身割り切れないしな」

 優先順位の問題だよ、と、軽く笑いながら里芋の煮物を口へと運んだ。

「アルバムにはシャウトは入れんようにして、ライブでたま~にサプライズで今までの曲を入れたら?」

 YUKIの提案に、RYOが味噌汁椀を手に頷いた。

「前から聞いてくれている、ファンへのサービスだな」 

 こうして、あっさりと織音籠の方向修正が行われた。学生時代から一緒に居るオレたちの打ち合わせって、こんなもんだ。

 だけど、こんな些細な話し合いの結果が、この後アニメやCMといった方面へ活動の場を増やしていくことになる。



 東京や地方に出かけての仕事がしばらく続いて、地元でのライブを休んでいたころ。

 オレとJINは、二人でインタビューを受けた帰り道の電車に乗っていた。熱狂的なファンが付いているわけではないオレたちだが、特に地元の電車は売れる前から乗っているせいか、騒ぎになったことも無く『ああ、よく乗っているデカイ兄ちゃんたち』ぐらいの視線でスルーしてくれる。


 駅で降りて、他愛ない話をしながら階段を下りている時。いきなり横を歩いているJINが視界から消えた。

「おい!?」

「ったー」

 低い声でうなりながら、足首を押さえてJINが蹲っていた。階段を踏み外したらしい。

 ちょっと待て。こいつどっちの膝が古傷だ?

「足首か? 膝は?」

「膝は大丈夫だと思う。けど、一度医者に行く。北口を出たところに病院があるから」

「保険証は?」

「ん、持ってる。膝に爆弾抱えているようなもんだし」

 そう言うと、JINは立ち上がった。次の仕事まで時間に余裕があったので、肩を貸しながらオレも病院までついて行った。

 

 診察の結果は捻挫。

 JINは、薬を貰ってから仕事に合流するというので、オレだけ先にスタジオに向かった。


「捻挫ぁ!?」

 JINが遅れてくるというオレの報告に、素っ頓狂な声を上げたのはYUKIだった。

 RYOはオレの方を見ながら、呆れた声を出した。

「アイツ、怪我多くないか? 去年か、一昨年か『グラス割った』って手を切ってただろ」

「ああ、あれもびっくりしたよな」

 運悪く、その日はオレたちが住んでいる辺りの外科が軒並み休診だったらしく。ヤツは血だらけのタオルを手に巻いて三駅向こう、今日行った病院まで電車で移動しやがった。周りの乗客にはいい迷惑だ。

「極めつけが、高校のときの膝だしな」

 MASAも古い話を持ち出してきた。

 付き合いが十年を超えると、互いにいろいろ失敗を見られているわけで。オレたち三人で情け容赦なくぶった切る。本人が居ないのをいいことに。

「まぁ、致命的な怪我やないし。ええやん。お前らが手、怪我するんとは訳が違うし」

 YUKIがとりなした。

「まあな。咽喉はふつう怪我しねぇだろ。いくら怪我の多いJINでも」

 そう言って笑ったRYOが、『先に始めようか』とオレたちに声をかけた。



 そんな”笑い話”をしながら日々を過ごしていたのに。



「はぁ? JINが、来ていない?」

 オレがスタジオに着くなり、そんな声を出したその日。レコーディングにJINが来なかった。携帯も切っているらしく、アナウンスしか流れない。

 デビューから十四年を迎えようとしていた、四月の終わり。

 ブライダル産業からの依頼で、オレたちは結婚をイメージした曲を作っていた。RYOも去年結婚したし、オレも彼女ができた。JINはあの彼女と三年ほど前から同棲を始め、結婚も時間の問題だと思われていた。


 仕事も、プライベートも順風満帆。そんな感じだったのに。


「昨日、声がおかしかったんだよな」

 そういいながら、RYOはJINの彼女に電話をかけていた。

 だが、勤め人である彼女は携帯に出れる状態ではないらしく、すぐには電話が繋がらなかった。

 夕方、やっとかけ直してきた彼女にも心当たりはないという。

 その日はJIN抜きでできる作業だけをして、それぞれ帰宅した。


 翌日、集まったオレたちにRYOが言った。

「夜中に、一通だけJINからメールが来てな」


 【声が出ない。入院して手術を受ける。院内は携帯使えないから、連絡は手紙で。】 

 RYOが俺たちに見せた携帯の画面では、そんな簡単な文面のメールが、重大なことを知らせていた。


 うわ、ついに咽喉かよ。


 歌えなくなったJINを想像して、ぞっとした。

 いつだったかのYUKI以上、まさに取り返しが付かないほど壊れそうな気がする。

「連絡に手紙を指定するのは『来るな』か?」

 メール画面を見て、そう言ったのはMASAだった。

「俺たちにも、声の出ないところを見られたくないのかな」

 オレは、高校でひざを傷めたときのJINの強い瞳を思い出す。あの強さを取り戻すまで、一人でがんばるつもりなのか。

 

 そして三日後、RYOはこのレコーディングスタジオで、JINの彼女と会うことになったらしい。

 その日から世間はGW.の五連休。彼女の方が、祝日に関係の無いオレたちに都合を合わせて来てくれる。


 それは今までの人生で、一番長く感じた三日間だった。

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