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デビュー

詳しくは書いていませんが、地震の記述があります。

苦手な方は、気をつけてください。

 バンドを立ち上げて、三年目。地元のインディーズレーベルからCDを出す話が決まった。

 プロへの第一歩だ。


 それを機会に、メンバーの呼び名を、それぞれ《JIN》《RYO》《MASA》《YUKI》《SAKU》に改めた。漠然としていたリーダーも決まった。

「リーダー?RYOだろ?」

 何を当然のことを、という顔で言うJINにオレは呆れた。その声でオレ達をたぶらかしたと言う自覚は無いのか、お前は。

「だって、全員RYOに引きずり込まれたようなもんだし」

 ほお、そう思っていたのか。やっぱり、自覚無いんだ。

「最初のきっかけは、確かに俺か」

 そう言ったRYOは仕方ないという顔をしながら、引き受けた。

 『おっさん』の呪いは強いな、と、後でオレには囁いたが。



 この年の学園祭には『ステージのトリを織音籠(オリオンケージ)で』と、うちの大学では実行委員会から話が持ってこられた。外大でも、経済大でも今年もいい感じで盛り上がった。

 JINは相変わらず気分良く叫んで、MASAのバラードをしんみり歌っている。そして、一曲だけとはいえオレの詞も芽を出した。曲はRYOが作った。

 JINの声で自分の言葉が歌になるって、演奏しているのとはまた違った気持ちのよさがあった。



 インディーズから二枚目のCDが出て。それがメジャーへの足がかりになったのが四年の夏。

 世の中はバブルの真っ只中。

 安定した企業に就職しないことでRYOなんかは親との軋轢に悩んでいたらしいが。

「でも、俺はこの道だと思うから」

 そう言いきったRYOは、いつものつかみどころの無い奴ではなく一人前の男だった。

 オレたちは、JINの声と自分の音楽に人生を賭ける。



 そして、卒業。

 五月に、メジャーデビューが決まっていたオレたちは、卒業記念に学内で特別にライブをさせてもらった。


 〈 織音籠は、この町で生まれて、育ててもらいました。俺自身はここの学生じゃないけど、この大学はおれたちにとって、ふるさとです〉

 そう、JINはステージで語りかけた。

〈 ふるさとを共にする、すべての人に 〉

 アマチュアでする最後のステージを捧げる。



 バンドブームとバブル景気。二つの時代の波に背中を押されて、オレたちは走り始めた。


 上京せずに、地元の活動をメインにすえたことが功を奏したのか。

 デビューから、五年と少し経つころには何とか音楽の収入で暮らせるようになった。東京の物価では、そうは行かなかったかもしれない。住んでいる所も、学生のときのアパートのままだったし。そういえば、MASAも卒業と同時に家を出て、というか追い出されて? 一人暮らしを始めていた。

 それに、JINの大学の三年先輩で、放送エリアが近隣四県にまたがる地元の放送局のパーソナリティーが、自分の番組の中で事あるごとに『オレの後輩たち』と織音籠を取り上げてくれた。彼が入社して四年、オレたちのデビューから一年後に、小さいながらも番組を持ったのがきっかけだった。



 何もかもが順調、では無かったが。

 五年目の冬だった。YUKIの出身地を大きな地震が襲った。


「家族と家は大丈夫やって言うけど、気になるねん」

 そう言ってYUKIは、救援物資を担いで帰省した。

 こっちに帰ってきたYUKIは……憔悴していた。

 最初に見つけたのはRYOだった。

〔SAKU。この後、時間大丈夫か?〕

 RYOがオレに、そんな電話をかけてきたのは、昼を大分過ぎたころだった。

〔YUKIを駅で見かけたけど、様子がおかしい。見に行ってやってくれるか〕

 俺は今から打ち合わせに向かうところで、時間が無い。そう言ってRYOは電話を切った。

 本業の隙間を埋めるように続けているバイトも今日は午前中だったし。

 上着を取ると、オレはYUKIの部屋へ向かった。


 途中で、スーパーの袋を提げたJINに出会った。事情を話すとついて来るという。ちょっと、安心した。RYOの話ではどう様子がおかしいのかわからなくって、オレ自身が不安だった。

 YUKIの部屋のチャイムを押す。

 ドアを開けたYUKIは、歩きつかれた迷子のような顔をしていた。

「おかえり」

 平然とJINが言う。YUKIは、黙ってうなずいた。

 YUKI、と、低く呼びかける声にYUKIが視線だけをよこす。

「話して、楽になるなら聞くけど? うちに来るか?」

 ひとこともしゃべらないまま、黙ってうなずくYUKI。オレは、そんなYUKIの姿にどうしていいかが判らず、JINに任せっきりだった。JINに来てもらって良かった。

「SAKUも一緒で良いか?」

 もうひとつ、こっくり。

 JINが、じゃあ行くか、とYUKIを促してオレに言った。

「俺のとこ、酒は無いから。YUKIとお前の分適当に見繕ってきて。飯は、何とかなる」


 酒と、JINの分のお茶とを買ってJINの部屋へ行く。オレが行った時、YUKIはマグカップを両手で包み込むようにして小さく座っていた。

 オレの顔を見て、またうつむいて。


 やがて、ぽつぽつと見て来たものを話し出した。



 YUKIの育った町は幸い激震地区から外れていて、壊滅は免れたらしい。それでも、高校の同級生の中には被害を受けた者もいたという。

「あの日を、オレはこっちにおって経験してへんやろ? それがなんかズルをしたみたいに感じてもて。目に見えん何かに、『お前はここにおる資格あるんか?』って訊かれる気がするんや。親と話しとっても」

 一口、マグカップに口をつけたYUKIは、さらに続けた。

「時間の数え方がな、違うねん。親父もお袋も日付や曜日を使わへん。『地震から二日目』『あの日から四日目』って。あの街には今、日付も曜日もあらへん」

 

 『壊れた街はオレにとって根っこやったのに、オレ、もうあの街の子やないんや』そう言ってYUKIは泣いた。

 JINはそんなYUKIの前に黙って、ビールを置いた。



 ビールを飲みつつ、静かに泣き続けるYUKIを眺めながら、オレたちも黙って自分の分を飲んでいた。目もあわせずに。

 あたりが薄暗くなってきた頃、JINが立ち上がった。キッチンスペースでなにやらごそごそしていると思ったら、

「ほら、YUKI。食えるだけでも、腹に入れとけ」

 そう言って、JINは、焼き飯を出してきた。

「有り合わせだけどな。SAKUも食っとけ」

「オレ結構飲んだから、飯食う気分じゃないんだけど」

 わざと逆らうオレにJINはアーモンド形の目をキョロっと向けてきた。

「ほう。俺の飯が食えんのか」

 JINがノッテくれた。アイアンクローで頭をつかむのは余計だろうが。

「痛いわ、大魔神。お前、握力どんだけあるんだよ」

 YUKIはそんなオレたちを見ながら、少し唇をゆがめた。笑った、のか?

「ありがと。JINもSAKUも」

 そう言うと、スプーンをとってゆっくりと食べ始めた。

 その様子を見ながら、JINとオレも食べる。


 YUKIは、病み上がりの人間のように一口、一口、確かめるように口に入れていた。



 食べてからも、『キツイ』と言いつつオレたちは飲み続けた。今までに経験したことの無い、静かな酒だった。

 心配しているだろうRYOには、ポケベルに『YUKIと一緒にJINのところに居る』とメッセージを入れておいたので、一度様子見の電話がかかってきたみたいだ。JINが電話に出たときの応答で、わかった。

 YUKIは飲んでは泣く、あまりいい酒ではなかったが

「つぶれるまで飲んで泣いたらいい。向こうで泣けなかった分、全部出したら良いんだ」

 と言って、JINは酒を止めなかった。一人だけ素面だから、と買出しにも行って。

 

 オレもつぶれて、寝ていたことに気づいたのは夜中に目が覚めてだった。目を開けたら、すぐ横でYUKIが眠っていた。そっと起き上がると、テーブルの上は片付いていて、ベットからはがしたらしい布団がオレとYUKIに掛けてあった。 


「ん、起きたか。まぶしかったか? ごめんな」

 JINは一人、キッチンスペースの明かりをつけてなにやらノートに書いていた。シンクにもたれるようにして、ノートを腕で支えながら。

「ほうじ茶なら、あるぞ。飲むか」

 ノートを持ったままJINが訊いてきた。

「いや、いいけど。何? えんまさま?」

「聞いていたこっちも、溜め込んだらやばい気がしてな。吐き出し中」

 形にする気はないがな、と、自分の胸をトントンとつつきながらため息をついたJINは、ノートを閉じた。



 再び眠ったオレが翌朝目を覚ましたときには、JINは居なかった。オレより先に起きていたらしいYUKIが腫れた目で、テーブルの上の何かを読んでいた。


 JINの”えんまさま”ノートじゃないか。アイツ、いつものようにノート放り出したまま、どこかへ行ったな。


 いつごろからか、オレもJINもノートを常にスタンバイしているようになった。そのうちにJINは、席を立つときもノートを広げたまま放っておくことが多くなった。メンバーなら誰に読まれてもいい、とばかりに。


 ヤバイ、と思ったのは夜中のJINの姿を思い出してからだった。

「YUKI?」

「あぁ、SAKU起きたんや。おはよ」

「おはよう。って、JINは?」

「朝飯買ってくるって、出てった。顔洗ってき?」

「お前も、目が腫れてるだろうが。冷やせよ」

「今日は仕事ないし大丈夫や」

 そう言ってYUKIはまた、ノートに目を戻した。

 失敗した。ノートから意識を外そうと思ったのにな。

 

 のろのろと立ち上がって、洗面スペースに行ったところでコンビニの袋を提げたJINが戻ってきた。

「SAKUも起きたか。飯にしようぜ」

「おい、JIN。昨日のノート出しっぱなし」

 YUKIに聞こえないように声をひそめたオレに、JINは靴を脱ぎながらYUKIの姿を見やって同じように声をひそめて言った。

「大丈夫。あれは日本語では書いてないよ」

 吐き出しメモが英語って、お前な。焦ったオレの気持ちを返せ。

 脱力する俺の頭をぽんぽんと叩いてJINは、明るく言った。

「YUKI。飯にするから、ノートのけてくれ」



 それから、しばらくは世間的に音楽活動が自粛ムードで新しい仕事が止まった。俺たちは本業の合間にしていたバイトの時間を増やすことで、食いつないだ。織音籠の仕事は無くっても、YUKIを一人にしておくことに不安を感じたオレたちは”打ち合わせ”と称して集まっていた。学生の頃のように、誰かの家で。 


 ぽつぽつと、様子見的に仕事が戻りだしたころ。YUKIから電話があった。見せたいものがある、と言う。

 オレの部屋に持ってきたのは、数枚のレポート用紙だった。

「JINのノートを見てから、なんかとにかく吐き出さな、と思って」

「見ていいか?」

 照れくさそうに頷くYUKIは、憑き物が落ちたような顔だった。

 オレの”えんまさま”ノートより、形になっているYUKIの言葉がそこにはあふれていた。

「これ、作るか?」

「できるんかな?」

「みんなに見せてみようぜ」


 YUKIの(ことば)は、一曲のレクイエムになった。

 CDには一切収録せず、毎年一月のライブでのみ演奏する幻のレクイエム。

 後に、この曲は三月にも演奏するようになる。   

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