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高校三年、そして始動

 梅雨の季節を迎えた。俺たちは三年になっていた。

 昼から雨の上がった土曜の午後。部活帰りの俺は最寄り駅の改札を出た。夕暮れには少し早い時間に、今田がオレの前を歩いていた。松葉杖をついて。

「おい、今田」

「よう。原口。今日は部活は?」

「早めに終わった。って、お前、何? その足」

「んー。ちょっと、試合で膝をやっちまって」

 頬をぽりぽりと掻きながら、ぼそぼそ話す今田。中学のころに戻ってるぞ、おい。

「バレーは?」

「もう、ムリそうかな。日常には障らないみたいだけど」

「そうか」

「実業団に入るとかだったら、手術も考えたらって言われたけど、そこまでは、な」

「総体前なのにな」

「仕方ないさ。これまでで一生分やったんだよ。きっと」


 本人は、吹っ切れているのか。だが、リョウはどうなんだろ。


 なぜか、リョウの心配をするオレをよそに、今田は言葉を続ける。

「引退が、一ヶ月早くなっただけだよ。俺は、これから受験と歌に切り替える」

 はっとした。

 今田は、強い瞳をしていた。きっと、こんな今田を毎日見ているリョウは、大丈夫。オレも負けられない。

「そうだな。一年後だな」

「うん。一年後」



 夏休みは、補習と予備校と練習と。

 模試の結果はそこそこ良いところをいっている。

 ”あの町の大学”。それが、第一条件だからその周りにある大学をピックアップして志望校にした。

 一番難関が、今田の狙う外大。そして、リョウたちの狙う総合大学。周辺の経済専門の単科大学も視野に入れる。さすがに、看護は……違うか。

 みんなで、受かろうな。



 今年も、柳原西の文化祭が一番初めにある。

 うちの去年の文化祭で今田達を気にしていた部活の仲間とは、なんとなく別行動で行った。向こうで会ったときは一緒に動けばいいし。


 ここの文化祭に来るのも三回目だけど、相変わらず今田のクラスはよくわからん出し物のチョイスだ。フィーリングカップルって、なぁ。うちの学校でも毎年どこかのクラスがやるけど。


 とりあえず午後まで、時間つぶしと腹ごしらえだ。目に付いたフランクフルト屋に並ぶ。

「いらっしゃい。って、原口だ」

「マサじゃん。店番か。負けてくれ」

「何でだよ。倍払え」

 笑いながら、普通に金を払って品物を貰う。

「今年も出るんだろ」

「おお。トリだから、期待しとけ」

「じゃぁ、三時過ぎか」

「そんなもんだな。遅れんな」

 はいはい、と返事をしながら、店を出た。


 齧りながら歩いていると、

「一口、おくれ」

 背中に張り付かれた。また、リョウか。ん、でも背が低いか?

 振り返ると、後藤だった。隣に山本も居る。

「結局、会うんじゃねぇか」

「だから、一緒に来れば良かったんだろうが」

 俺の言葉に返事をしたのは、山本。その隙にフランクフルトを食われた。コラ、『やる』と言ってないのに勝手に人のモン食うな。後藤。

「今年も、見るんだろ野外ステージ」

「ああ、うん。今年はあいつらトリらしい」

「トリかぁ」

 と後藤。

「トリだって」

 繰り返す山本。

 あいつらが絡むと、こいつら『何やってるんだろう、俺たち』になっちまうんだよな。



 それからしばらくは三人であっちこっち見て回り、三階の廊下を歩いていると、

「大魔神」

 という声が聞こえた。

 確か、初めて来た時も聞いたぞ。ああ、そうだ。今田が文句を言っていた先輩だ。

「俺は、”だいま”じゃなくって”いまだ”です」

 そうそう。こんな風に。って。あれ?

 声のしたほうを見ると、居たよ。今田とリョウと、スポーツ刈りの男性が。 

「桐生さん、来てたんですね」

 うれしそうだな、リョウ。尻尾を振っているのが見えるようだ。

「大魔神コンビを見にな。出るんだろ、ステージ」

「大魔神トリオですよ。来年には、カルテットかな」

 な、と今田を見る。

「ジンは、膝の調子はどうだ」

「日常には問題ないです」

「そうか。総体残念だったな」

 その言葉には直接は答えず、今田はにっこり笑った。男性は、黙って今田の頭をぐりぐり撫でた。



 午後二時半。進行が早まることは無いと思ったが、念のためステージに向かった。今年は、ぬるくなるのを承知でスポーツドリンクを三本買って。

 それから、約一時間。

〈 今年のステージもこれがラスト。そして、こいつらがここで演奏するのもラストだ。ジン&リョウ&マサ! 〉


 やつらが、出てきた。

 それぞれがポジションについた。

 今田がマイクに手をかけ。

〈 今日はみんな、楽しんでますか? 〉

 初めて、MCを入れた。

〈 このステージで俺は、歌の楽しさを知りました。仲間と会いました 〉

 客席を見渡し、ひとつ、息を入れた

〈 すべての始まりだった、この場所に感謝をこめて 〉

 イントロが始まる。



 この年も、演奏したのは三曲。

 今までと違っていたのは、すべてがオリジナルだったことだ。

 お前ら、いつ勉強して、いつ作っているんだよ。


 商業ベースに乗っているのとは比べ物にならないお粗末なものと大人は言うかもしれない。

 でも、確かにいまの奴らの曲だった。

 毎日を一緒に暮らしている彼らが見つけた、”ジン”の声を最高に生かせる曲だった。  


 そして、ラストは去年と同じくバラードだった。

 いつか、時空を越えて友や愛する人と出会う、そんなどこかSF的な内容の歌だった。

 オレは、出会えたのかな。お前たちと。



〈 どうも、ありがとう。ジンとマサそしてリョウ でした 〉

 今田の言葉でステージが終わる。アンコールの声がかかる。

 有りか? 有りなのか? ラストまで見たのは初めてだな、そういえば。


〈 ジン、もう一曲いけるか? 〉

 司会が、舞台の袖を伺う。マイクをはずして、なにやら相談している。

〈 ちょっと、休憩を入れさせてやってくれ。ハイ、客席のみんなも深呼吸~。トイレは大丈夫か 〉

 司会が、時間稼ぎを入れる。

 OKが出たのか? うなずいた司会が叫ぶ

〈 今度こそ、ラストだ。ジン&マサ&リョウ! 〉


 三人が出てきた。

 マサとリョウのアイコンタクトで始まる。

 アンコール曲は去年も歌った、バラードだった。


 この声に近づくまで、リミットはあと数ヶ月。

 俺のほうの文化祭が追われば、最後の追い込み、だ。



 四月。

 めでたくオレは、学園町の住人になった。

 ジンとオレ、それにリョウは通学が不便でこっちにそれぞれ部屋を借りた。マサは最寄り駅からの便がよくって、自宅通学。


 ジンは、第一志望の外大に推薦を取って入ったらしい。

「だから、俺は英語コースだって。上位に入っていれば外大に特別枠の推薦があるんだよ」

 と、本人は言うけど、上位ってお前ね。数人だろうが。

「んー、でも一般入試だったら、やばかったかも」

 あっけらかんと笑ってやがる。

 リョウは法学部、オレとマサは文学部でそれぞれ総合大学に入れた。ちなみに、俺が国文でマサは音楽情報なんとか? そんな学科があったんだ。

「あったんだよ。お前、要綱読めよ」

 どうやら、音楽理論とかを体系的に勉強するつもりらしい。

「もっと、ジンにあった歌を作りたいからな」

 文化祭で作った曲はコイツの作曲に、ジンの作詞だったらしい。ひざの怪我で動けなかったときに作った詞にマサが曲をつけた。というのが、ことの成り行きだったらしい。


「ジンさ、作詞ってもしかしてノート作ってる?」

「ああ。”えんまさま”ノートな」

「なに? 閻魔様ノートって。閻魔帳じゃないのか?」

 オレたちの会話にリョウが不思議そうに口を挟む。

 ジンが、かばんから大学帳を引っ張り出してきた。

「見て、いいか?」

「どうぞ」

 ファストフードの店のテーブルで二人が頭を寄せ合うようにジンのノートを見る。それを、照れくさそうにアイスコーヒーを飲みながらジンが見ている。

「創作ノートか」

「うん。中学のときの国語の先生が、詩人でな」

 遠藤 正子先生。福福しいおばあちゃん先生だったけど外見に似合わず怖い先生で、いまどきチョークが飛んでくるような授業だった。付いたあだ名が”えんまさ(遠正)ま”

「気になった言葉を、貯めていきなさい。いつか、それは芽を出すってな。サクも作ってんじゃないのか?」

 う。ばれた。

「自分が作っているから、ノートのことを思い出したんだろ」

「サクも、詞を書くんだ」

 うれしそうに、リョウが言う。

「まだ、形になってない。それこそ、貯めてるばっかりで」

「いつか、芽が出たら良いよな」

 うん。マサじゃないけど、お前の声をいかせる歌が作りたいよ。



 大学生活は、授業、授業、バイト、授業、練習、課題。一般の生徒より、まじめな生徒だったんじゃないだろうか。オレたちは。

 ジンとオレは、言葉を学ぶ。いつか”詞”になる材料を貯める。古今東西、いろいろな人の言葉はきっとオレたちの武器になる。

 マサは最初に言っていた通り、音楽を。世界で一番”ジンの声を知っている”作曲家になるために。

 リョウは、法律。コイツはやっぱりつかみどころが無い。

「いつかプロになる日のために。契約とかの法律的な面をオレはサポートする」

 それぞれが、自分の得意な分野を磨きながら、バイトで活動資金を作り練習を重ねた。



 夏休み。数曲持ち歌が作れたところで『一度ライブに出るか』という、話になった。秋の学園祭シーズンにはまだ少し間がある。それまでに一度力試し、だ。


「なぁ。バンド名ってどうするよ」

 今日のたまり場は、リョウのアパート。汗で首に張り付く髪をくくり直しながらジンが言い出した。大学に入って伸ばしだしたから、結構伸びたな。オレも人のことをいえないが。

「大魔神カルテット」

 いつかリョウが言っていた言葉を思い出して言ってみた。


 ジンがテーブルにつぶれた。

 おい、大丈夫か? すごい音がしたぞ。

「サク~。おまえ、どこでそれを~」

 こえー。ジンの声ですごむと地の底から這い出る声に聞こえて、凶悪に怖いだろうが。

「柳原西の文化祭」

「そこしかないだろう」

 ぬるい麦茶を飲みながら、リョウがげらげら笑う。

「大体なんで、ジンがそんなに反応するんだ?」

 ヤカンからお茶のお代わりを入れながら尋ねたマサの言葉に、返事を返したのはリョウだった。

 よっ、と声をかけながら体をひねり、後ろのカラーボックスから裏紙を取る。お前、お母ちゃんか。そんなモン貯め込んで。いや、オレたちが来るからってヤカンに麦茶を作ってくれているあたり、すでにお母ちゃんか。

 

 リョウはそのうちの一枚に、”今田 仁”と大書きした。どうでも良いけど、リョウって字まで個性的だ。

 これをな、と言いながら”イマダ ジン”と振り仮名を打った。そして、”ダ”に丸をつけて矢印で”イ”の前に引っ張ってきた。

 おお。”ダイマ ジン”の出来上がり。ってなんだよこれ。

「そもそもは、最初の部活のときにキャプテンが読み間違えたんだよ。”ひとし”を”じん”に」

 あきらめたようにジンが話し出した。

「先生とかもよく間違えるからそのまま返事をして、立ち上がったら」

「先輩に、『お前、でかいなぁ。”いまだ”じゃなくて、”だいま”に苗字変えろ』ってな」

 せんべいを齧りながら、リョウが付け足した。

「二人してレギュラー取ったら、いつの間にか大魔神コンビって言われだして」

「あれは、他の学校にも言われたよな」 

「そりゃ、お前らみたいなでかいのがネット前に立ったら、大魔神だろうが。球技大会なんか、一人でも大概迫力あったぞ」

 経験者は語る、か。

 肩をすくめるようにしたマサの言葉には、妙な説得力があった。

「お前や、サクだって同じようなもんだろ」

 そんなやり取りをしながら、自分の名前が書かれた裏紙を鶴に折っていたジンが話を戻した。

「で、名前。どうすんの?」


「ジンと、サク。今日はノート持ってきているのか?」

 しばらく誰もが無言で考えていると、マサが言い出した。

「あるけど?」

「俺も持ってる」

 オレたちは、かばんから”えんまさまノート”を出した。

「リョウ、紙」

 それを受け取りながらマサが言う。

「見るぞ」

 そう断って、オレのノートの最初のページをテーブルに広げた。

「サクって、きれいな字書くんだな」

 そう? 褒めて、褒めて。

 

 でも、仲間に”えんまさまノート”を見せるのは、恥ずかしい。めちゃめちゃ恥ずかしい。なんか、頭ん中をさらけ出していると言うか。

 もだえそうになるのを必死で我慢していると、ジンが笑いを含んだ声で言った。

「お互い、慣れような」

「お前のも広げろよ」

 なんのてらいも無く、ジンはノートを広げた。とっくに慣れてんじゃねーか、お前。

 ジンのノートは、半分英語で占められていた。英語で作詞するつもりか。

 言葉のチョイスも俺とはやっぱり違う。見ているものもセンスも違うもんなんだと思う。

「でな。ここから、バンドの名前に使えそうな言葉を拾ってみたらどうだろう」

 マサが提案してきた。


 しばらく、二冊のノートをめくりながら言葉を捜した。

 声を上げたのは、ジンだった。

「サク、お前これ何?」

 ジンが開いていたのは、連想言葉のページ。

「言葉遊び? みたいなもん。辞書をぱっと開いて載っている言葉に他の言葉を繋ぐとどうかな? って」

 たとえば、とそのページのキーワードを指差す。

「刃って言葉があったら、”風の刃”とか”雪の刃”とか? ”光の刃”もありかな、とか」

「で、これか」

 ジンが指差したのは”音を織る”と、”音の籠”だった。

 リョウが、クセのある字で”音”、”織る”、”籠”と書き出す。それを見ながら、ジンが舌の上で言葉を転がしていた。

「”オリオン”の籠?」

「なんだそれ?」

「ん、いや。なんとなく」

 ジンがリョウの鉛筆を取り上げて、”織音の籠”と書いた。

織音(おりおん)な」

「音で織った籠か」

 うなるようなマサと、感心したようなリョウの声。

「なんか、音に捕らえられる感じじゃないか?」

 そんなジンの言葉に、リョウと顔を見合わせた。

 ジンの声に捕らえられる人はこれからどのくらい増えるのだろう。


「もう一ひねり、ないか」

 マサが投げ返す。

 自分の書いた字をしばらく眺めたジンが呟いた。

織音籠(オリオンケージ)



 名前が決まったところで、ライブの準備に入った。

 学園町から数駅はなれた、ターミナル駅の周りにライブハウスがぽつぽつあった。そこを借りてのライブデビューだった。

 文化祭レベルとは、音響の桁外れに違う環境。そこで一緒に演奏するジンの声。

 これは、ハマル。中毒になりそうだ。

 高校の三年間、身長だけがヒョロっと伸びた俺とは違い、バレーで鍛えて一回り体が大きくなったジン。その体を共鳴させて出てくる低音の響きに、俺たちは酔う。

 もっと広いところで、もっと思いっきりジンを歌わせてやりたい。


 リョウやマサに比べていまひとつ意識の薄かった俺が、明確にプロになる意識を持った。そんなステージだった。

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