高校二年
オレたちは二年になった。
今田たちのバレーの練習試合を見てから、何かに急き立てられるようにオレはベースの練習に励んだ。
負けられない。あいつらはバレーをあれだけこなして、更に音楽をしている。音楽だけのオレは、奴らに負けられない。
でも、練習すればするほど、今の環境に物足りなさを感じる。今田の声が忘れられない。あの声のバックでやれたら……。ないものねだりは重々承知でも、想いは止まらない。
『やらないよ』そう言って笑ったリョウの顔が浮かぶ。
わかっているさ。お前らは二人で、完結している。オレが入る余地は無いんだろう。
いつか、お前たちに負けないメンバーで俺もやってみせる。
その日のために。
練習だ。
今年も、秋が来た。
近隣のトップを切るように、柳原西校の文化祭が行われる。
去年と同じように軽音部の仲間と訪れ、入り口でパンフレットを貰い……二年の英語コース、Eー2はお化け屋敷。どうして、今田のクラスはこうオレのツボをはずした出し物をするのかね。今年もこれはパスだな。
そして、午後一時から野外ステージで”やりたい奴集まれ”な出し物は今年もあるようだ。今田たちは今年も出るのだろうか。
そんなことを考えながら、歩いていると背中がずっしり重くなった。
「よう、原口。久しぶり」
今田の低い声とは違う。だったら、ここで声をかけてくる奴は、一人しか居ない。
「リョウ、重いだろうが」
エルボーを食らわしてやると、咳き込みながら剥がれた。
「ステージ前の奴にひどいことするな、お前」
「今年も出るのか。ジンとリョウで」
「ん、今年は、バージョンアップだぜ。乞う、ご期待、だ」
指で作った銃を向けて撃つ振りをしたリョウは、からっと笑って去っていった。相変わらず、よくわからん奴だ。
「あいつ、バージョンアップ、って言ったよな」
「バレーの片手間の奴が、いったいどんな進化を」
期待半分、やっかみ半分。俺たちは、午後一時を待った。
今年も始まった、柳原西の野外ステージ。
なかなか、お目当ての連中は出てこなかった。学年順だったりするのか? 最初のほうは一年生っぽいのが続いた。
二時間近く聞いたかな。そろそろ疲れてきた頃に司会が煽りを入れてきた。
〈 さて、皆さんおまちかね、去年の一番人気。ジンとリョウがパワーアップして登場だ! 〉
あいつら、一番人気って。投票までしてるのかこの出し物は。
歓声に応えて、出てきたのは三人組!?
もう一人もまた、今田たちと同じくらいデカイ。
あいつらは、二人で完結していると思っていた。オレの入る余地はないくらい。
なのに今年、三人目のメンバーでギターが入った。音の幅が広がって、今田の声の魅力が更に研ぎ澄まされた。
今年の曲もコピーが三曲だったけど、一曲は日本語のバラードだった。
静かな曲に、低い声が映える。
そこに、もう中学生のときの今田は居なかった。
一人のヴォーカリスト ”ジン” だった。
〈 今年も、聞いてくれてありがとう。ジンとリョウそしてマサ でした 〉
今田は、今年もそんな挨拶で自分たちのステージを締めくくった。
もう少し聞いていくという仲間たちと別れ、客席を離れた。
校舎のほうへ歩いていく、でかい三人組が見えた。声をかけようか。そう逡巡しているオレの心の声が聞こえたように、リョウが振り向いた。リョウがほかの二人の足を止めさせた。
「どうだった? バージョンアップだろ?」
オレが追いつくのを待って、リョウが言い出した。
「ああ。すごかった。特に最後のバラードが」
ふふん、と、リョウが得意げに笑う。
いや、バラードがすごかったのは、お前じゃなくって今田だろ。何で、お前が得意になるんだ。
そんなことを考えていると、今田を呼ぶ声がした。運営スタッフに呼ばれたらしく、今田が振り返る。
「ごめん、原口。ちょっと行ってくるわ。今日は聞いてくれてありがとうな」
そう言って軽く手を上げた今田は、呼びに来たスタッフとなにやら書類を見ながら去っていった。
「なぁ、さらにバージョンアップする気、無いか?」
なんとなく、その姿を見送っていたオレは、ぽろっとそんな言葉をこぼしていた。
言ってしまってから、横目でリョウの顔を確認する。
おい、そんなに驚くか?
「バージョンアップ、って」
「おまえ、笠嶺のベースだよな。軽音部の」
それまで黙っていた”マサ”が口を挟んだ。その言葉に、うなずく。
「マサ知ってんの?」
「去年、笠嶺の文化祭で見た」
その”マサ”の答えに改めて、リョウがオレのほうを向いた。
「原口、今年の文化祭っていつ?」
「再来週の土日」
「ステージは?」
「日曜の午後二時から出る予定」
リョウからポンポン出てくる質問に答えると、ヤツは、んー、と宙を睨んで考えだした。
「練習が午前だから、ぎりぎり行けるか?」
昼飯は、現地調達して……とかぶつぶつ言っている。
「名前、聞いていいか?」
そんな、リョウを放っておいて、”マサ”が声をかけてきた。
「原口 朔矢だ。お前は?」
「中尾 正志。おれも軽音部でギターをしている」
「お前だけ、音読みじゃないんだ」
「リョウに、ショウじゃ、かぶるだろ」
苦笑するマサ。確かに、あれとかぶると霞むな。つかみどころの無い、リョウの行動を思う。
そして、つかみどころの無いリョウは、というと。
「じゃ、今度は俺たちのほうが原口のステージ見せてもらいにいくから」
お前の腕前、見せてもらうよ、と、人の悪い顔で笑った。
よっしゃ。見ていろ。
そして、うちの学校の文化祭の日が来た。
柳原西とは違い、野外ステージなんてしゃれた物は無い。体育館のステージでブラバンとか合唱部とかと交代で演奏するスタイルだ。
オレは、同級生の山本や後藤たちと四人で組んでいる。全員があの日柳原西に行ったメンバーだった。
俺たちの出番のひとつ前、もう一組の二年生グループの演奏を聴きながら、舞台袖から客席を眺める。
壁際に、でかい三人組のシルエットが見えた。
やつらが来ている。
前のグループがステージから捌けた。
ステージに出る。
壁のほうを見やると、リョウがひらひら手を振るのが見えた。
カウントがとられ、曲が始まる。
あとは、夢中だった。いいところを見せてやるとかそんなことは飛んだ。
歓声と、手拍子が聞こえる。
これだよな。今田。気持ち良いよな。やっぱり、オレも人前で演奏することに、ハマッタやつなんだ。
あっという間に、持ち歌四曲が終わった。
次に控える先輩に譲るため、さっさとステージを降りる。
「なぁ、原口」
「ん?」
「壁際、気が付いたか?」
「あぁ。今田たち、来てたな」
「俺たちのって、どう聞こえたんだろうな」
「さあな。ま、楽しかったし、良いんじゃないか」
体育館の通路を楽器を担いで通りながら、山本達とそんな話をしていた。
裏口から出て部室に楽器を片付け、もう一度体育館へ向かう途中。今田の呼ぶ声がした。
「お疲れ」
今田が、スポーツドリンクを手渡してきた。気が利くじゃないか。って、奴らに差し入れをしてない俺が気が利かなかったのか?
ありがたく、飲む。
「なかなか、いい腕してるな」
リョウが、にやりとしながら言った。おい、上から目線かよ。
「どうも」
「で、バージョンアップの話だがな」
ぶ。いきなり本題か。変なところに、入ったじゃないか。
むせる俺の背中を叩きながら、今田が笑う。
「痛いぞ。バレー部。加減しやがれ」
「悪い、悪い」
悪いと思うなら、腹を抱えて笑うな。
「おーい、原口。じゃれてないで」
リョウが話を戻す。
「今のところな、オレもジンもメインはバレーだから。演るのは文化祭だけだ」
うん、そうだな。
「ここも、うちも部外者の演奏はできないだろ? ということは、卒業までは一緒にする機会はまず無い」
「じゃぁ、ムリか。最初からそう言えよ」
「いや、そこで終わらせるのは惜しいだろ」
マサが言う。その横で今田が、自分もスポーツドリンクを飲みながら頷く。
お前、器用だな。
「ここからが、本題。原口、大学どのあたりを考えている?」
「まだ、なーんにも」
そんなオレの返事を受けてリョウが出してきたのは蔵塚市の西隣、楠姫城市にある総合大学の名前だった。
「お前、行ける頭ありそうか?」
「笠嶺なら、そこそこありだろ?」
そりゃな。これでも市内三位の進学校だ。学区内の出身である今田には、ある程度の成績は判っているようだ。
「俺たちは、その総合大学。ジンは、その近くの外大を狙っている」
「そのあたり、大学が結構固まっているだろ? 大学が近かったら、一緒にやれるんじゃないか」
ペットボトルに蓋をしながらのジンの言葉に、進路指導のときに貰った資料を思い浮かべる。
楠姫城市はちょっと郊外になりかけたあたりに、学園町を作る計画で大学の誘致をしていた。
それに伴って、市の西よりの地域が発展してきているらしい。
「つまり腕を磨きつつ、成績もってことか」
「そ。一年半後か。一緒にやろうぜ」
今田が右手をサムズアップして、きれいに笑った。