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高校一年

 学校の帰り道、そいつに出会ったのはまったくの偶然だった。


 当時、オレは蔵塚市との境目にある市立笠嶺高校に通っていた。最寄り駅からは電車一本。時間は少々かかるが、ラッシュとは反対向きの電車でまあまあ通いやすい学校だった。


 一学期の期末試験も終わり、夏休みを待つころ。

 軽音部の練習のあと仲間たちと駅前のファストフード店でだらだら過ごし、そろそろ帰るか……とおみこしを上げた、そんな時間帯の電車でのことだった。

 オレ達が乗ろうとした時、奴はドアのところに立っていた。


 でかいなコイツ。オレと同じくらいありそうだ。


 そんなことを思いながら、オレはその前を通り過ぎて、連結部のあたりに仲間たちと固まって立っていた。たしか蔵塚市にある県立柳原西高校の制服だな、と、なんとなくそいつを眺めていたら目が合ってしまった。

 ちょっと待て。知り合いじゃねぇか。

 一緒に居た仲間に断って、奴のところへ行く。


「おい、今田、だよな?」

「原口、か?」

 なんてことはない。この春まで雲雀塚中学校で一緒だった、バレー部の今田 (ひとし)。そういえばオレと学年で一番背が高いのはどっちだとかいわれていた奴だ。

「今田、それ柳原西だよな。学区外だろ? 引っ越したのか?」

「ん? ああ、制服な。いや、俺、英語コースだから全県学区で受けたんだ」

 県内で唯一、英語コースと理数コースがある学校。俺の行っている高校の3駅ほど北になるか。それが今田の行っている学校だった。

 それから、ポツリポツリと近況なんかを話した。バスケを中学でやめてしまったオレとは違い、今田は高校でもバレーを続けているとか。今田はもともと口数の少ない奴だったから、なんだか話が続かない感じでほんとに雨だれのような会話を交わした。切りのいいところで、別れを告げて仲間のところに戻った。


 それっきり、通学の時間が違うらしく、今田と電車で逢うことは無かった。



 秋になり、いわゆる文化祭シーズンを迎えた。

 部長をはじめとした先輩情報で、柳原西校の文化祭はすごいぞ、と聞いたオレたちは遊びに行った。

 近隣の公立では女の子も一番かわいい、という噂も半分信じてたけど。


 入り口の受付で、パンフレットを貰う。

 クラスの出し物が……各学年十クラス。Eー1とかSー1とかあるのが英語コースと理数コースのクラスらしい。だったら今田は、Eー1か? ふーむ、和風喫茶な。いまいち興味ないな。

 軽音部の仲間で来ているので、とりあえず模擬店を冷やかしながら、屋外ステージに向かうことにした。


 廊下の向こうから、でかい奴がやってくる。今田ともう一人、同じくらいの奴。今田は、そいつとじゃれるように、小突きあいながら笑っていた。

 奴らと、俺たちのグループが行き会う直前に目があった。

「よう、今田」

「原口。ひさしぶりだな。来てたんだ」

 じゃれていたままの笑顔で今田が言う。コイツ、高校でなんか雰囲気が変わったか?

 ちょっと驚いている俺の、横手の階段から大きな声がした

「おい。大魔神」

 法被を着た上級生らしいスポーツ刈りの人が現れた。今田が顔をしかめる。

「お、大魔神コンビじゃなくって、今日はトリオか」

「桐生さん! 何度言うんですか!俺の苗字は、”だ い ま”じゃなくって、”い ま だ”です!」

 本気で、キャンキャン食って掛かる今田に、カルチャーショックだ。こんな奴だったっけ?

 先輩らしい人と、今田のやり取りを唖然と眺めていると、横からの視線を感じた。今田と一緒に居たヤツだ。

「ジンの友達?」

「ジン?」

「今田のこと」

「ああ、中学校が一緒だったんだ」

 ふぅん、そう。うなずいたソイツは色素の少し薄い瞳のせいかどことなく冷たい目に見えた。

「あんなジンは珍しいか?」

「そうだな、中学のころはもっとおとなしいイメージだった」

 ふっ、と鼻で笑われた、気がする。

「もっと珍しいモン、みせてやるよ」

 と、午後一時からの野外ステージに来るように俺たちに言った。今度ははっきりとした笑顔を添えて。

 そして、

「おい、ジン。そろそろ行くぞ」

 と、今田に声をかけると

「桐生さん、失礼します」

 二人でまさに体育会系の見本のように、上級生に挨拶をして去っていった。



 もともと、野外ステージは見るつもりだったし。

 言われた時間まで、腹ごしらえをしつつ時間をつぶして、午後一時。

 午後からの野外ステージは、部活関係なし、事前申し込みでやりたい奴が演奏するスタイルだった。

 これが、うちの先輩の言っていた『柳原西のすごい文化祭』。普段、音楽関係の部活動には出てこない上手な奴が混じっていたりする。


 オレ達が客席に着いて、三番め。でっかい二人組が出てきた。

 今田とさっきのヤツだ。今田はスタンドマイクの前に立って、相方がキーボードらしい。

 おい。今田って歌えるのか?


 今までに出てきた奴らとは違い、こいつらMCなしで始めやがった。

 アイコンタクトでスタートしたのは、アメリカのロックバンドの曲だった。オリジナルより人数が少ないところは、アレンジでカバーしているのか、聞いていても違和感の無いイントロだった。

 メロディーに、歌が重なる。

 今田の歌に最初に思ったのは『ずるい』だった。なんだよその声は。今まで、どこに隠していたんだよ。反則だろうが。

 奴の声はすでに”大人”だった。

 もともと、低い声なのは知っていた。口数が少なくって、ぼそぼそした話し方をする奴だと思っていた。中学のころ、一部の連中に『おっさん』と呼ばれるような声だったのに。どうやったらそんな歌声になるんだよ

 そしてさすが、英語コース。発音がきれいなんだ。うちの先輩の歌なんかジャングリッシュもいいところと、恥ずかしくなるくらい。

 キーボードのヤツが、弾きながら客席のオレ達に気づいたらしい。曲の合間に、にやって感じで笑いやがった。

 確かに、珍しいモン見せてもらったよ。


 今田たちは、合計三曲を演奏した。

〈 聞いてくれて、ありがとう。ジンとリョウ でした 〉

 そう言って、ステージを終えた今田の顔は、人前で演奏することにハマった奴の顔だった。



 今田を捕まえようと、ステージの裏に走った。奴は缶コーヒーを飲んでいた。腕時計で時間を確認したと思うと、缶を”リョウ”に押し付けて、走りだした。

「おい、今田!」

 叫ぶ俺の声に、振り向きながら

「悪い、原口。クラスのほうに行ってくる」

 と、言い残し走り去った。 


 残されたのは、オレと奴の相方。”リョウ”は今田の飲み残しに口をつけながら、目を流すようにこっちを見てきやがった。

「確かに、”珍しいモン”だったよ」

 なんとなく負けたような気分で俺はそう言った。

「あいつ、あんな声していたんだな」

「あれが、お前たち雲雀塚中学の連中が封じ込めていたジンだ」

 なんだ、それ。

 疑問が、むっとした顔になって表れたのは自分でも解った。”リョウ”ははっきりと、軽蔑をこめた目でオレを見た。

「ジンと『おっさん』で、心当たりがあるだろ?」

 今田の声を『おっさん』といっていた連中の顔が浮かぶ。

「あいつは、自分の声を嫌っていた。そんな思いを与えたやつらの前で、誰が本気で歌うかよ」

 学区外のこの高校に来たのは、ジンにとって幸いだよ。あいつは、本当の自分の声に出会えたんだ。

 そう言葉を続けた”リョウ”は、さっきとは打って変わって男のオレでも見惚れるような顔で笑った。


「あいつ、今日のステージで歌にハマッタよな」

「そう、見えたか?」

「ああ。あれは、音楽に魅入られたやつの顔だった。二曲目のシャウトなんか、客席で見ていてもメッチャ気持ちよさそうだったよ」

 そんなオレの言葉に、ふーん、とつぶやいて”リョウ”はオレの顔を改めて、眺めてきた。

「お前も、魅入られたクチか」

「正直、今日の今田の声には、やられた」

「お前にジンは、やらないよ」

「いや、貰うモンでもないだろ」

 二人で、顔を見合わせて笑った。冷たそうなやつだと思っていたけど、意外と面白いヤツかもしれない。

「お前、名前」

「俺? 山岸 (とおる)

「”リョウ”じゃないんだ」

「あのな。ジンだって、”ひとし”だろうが」

 空中に”仁”と書きながら、リョウが言う。

「人に聞いておいて、自分は?」

「オレは、原口 朔矢(さくや)


この日、オレの人生が半歩、ずれた。



 うちの学校の文化祭も終わり、そろそろ期末試験の声が聞こえてきた十一月の半ば。

 土曜の午後の長い部活の合間。じゃんけんで負けたオレは、ジュースの買い出しに購買へ行こうと校門の前を横切っていた。

「おーい。原口」

 低い呼び声に、振り返るとジャージ姿の今田とリョウが手を振っていた。

「お前ら、よその学校で何してる」

「練習試合だよ」 

「なんだ、リョウもバレー部か」

「そうだよーん」

 『だよーん』って、あのな。まだ、二回しか会っていないけどリョウってヤツはよく解らん。

「いつの間にか、お前ら仲良しだな」

 うれしそうに、今田が笑っている。仲良し……。なんか違う気がする。 

「原口は、部活?」

「の、買い出し」

 向こうで、『ジン、亮、置いていくぞー』と呼んでいる声がする。

「今、行きまーす」

 返事を返した二人は、『暇があったら、体育館に見に来いよ』と、誰の学校だコラ、なことを言い置いて先輩たちを追いかけて行った。



 部室に戻って、少々練習して。

 文化祭が終わったところだから、どうもやる気になれない。先輩たちもなんだか、だらけた日だった。

「ちょーっと、体育館覗いて来ていいっすか?」

 誰かの持ち込んだ漫画をぱらぱらめくっている部長に、お伺いを立ててみる。

「んー。体育館なんかやってるのか?」

「バレーの練習試合だって、柳原西校が来てるみたいで」

 三十分だけな、とお許しを貰った。柳原西の文化祭に一緒に行った仲間たちが、一緒に行く、というので、五、六人で体育館に向かった。


 邪魔にならないように、体育館のギャラリーから見物した。

 点差は……うちがボロボロにやられてんじゃん。練習試合になんのか? これ。

 今田も、リョウも試合に出ていた。一年チーム、じゃないよな。うちの方は一年出ていないし。 

 ってことは、あれか? 二人とも、二年に混じってやっているのか。


「コラー、ジン。もっと狙って打て!」

 あーあ。怒られてやがる。うーん。微妙にコントロールが甘いのかね。

 と、思っていたら、リョウが狙いすましたように無人の空間にスパイクを叩き込む。こっちは、なんと言うか、”容赦なし”だな。 

「なあ、原口」

 何度かサーブ権が移動したところで、横で見ていた、山本がつついてくる。

「なんだ?」

「いま、後衛に居るでかい二人ってさ、柳原西の文化祭でステージ出てた奴だよな。お前の友達の」

「あぁ、そうだな」

「あいつら、こっちが本職か」

 もう一人の後藤が、やってられない、って調子でぼやく。うん、解るよ。その気持ち。

 何やってんだろうな、オレたち。

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