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ズドンと人魚の秘宝の真実


「って、人魚の話聞くの忘れてた…」


朝目覚めて一番の言葉。


早速、ぼさぼさの頭を手櫛で整えながら船室の扉を開ける。


ちょうど、朝日が昇る頃だったみたいで青い水平線から眩しい光がさしていた。


これがなかなか美しい景色なもんだから、つい甲板にでて、てすりにもたれかかりながら昇ってくる朝日を眺めていた。


すると、上から声がかかる。


「船長、早いっすね」


「ああ、リュック。おはよう」


見張り台から私を見下ろしていたのはリュックで、私はひらひらと手を振る。


「リュックこそ。ああ、もしかして不寝の番だった?」


基本、この船は子供しか乗ってないから就寝時間は10時だと私が決めたのだが(もちろんチビは例外で、もっと早くに寝させるが)夜の見張り番だけは外せない役目らしく、いつのまにか交代でやることが決まっていた。


出来るなら、子供達は寝かせて私が代わりたいが、船長としてそれはやってはいけないと言われた。


「そうっす。まぁ、何もなく平和でしたけどね」


「それが一番だよ」


そんな風にほのぼのと会話をしていると、次々に船室の扉が開いて、他の子達も起き出してくる。


「あれ。船長とリュックが逢引きしてる」


ジョーの言葉に、リュックがずるっと見張り台でこける音がした。


「ば、ばば、ばっかやろう!ただ会話してただけだよ!」


それにジョーはけらけらと笑って肩をすくめる。


「そんなん知ってるっつーの。てか慌てすぎだろ、お前」


「またお前すぐに人をからかうのやめろよな!」


そんなこんなでジョーとリュックが喧嘩を始める。


ああ、朝から賑やかだなぁ、とあくびをしながら私はそんな光景をぼんやりと見つめていた。






「船長!朝食までこんなの作ってもらっていいんすか!?」


リュックの声に、私は朝食の準備をしながら首を振る。


「『朝食まで』じゃないの。朝食が一番大事なんだから。今まできちんと食べてなかったんでしょ?」


朝は、サラダとソーセージとパンというなんともお手軽なものに関わらず、相変わらず感動している子供達に呆れながらてきぱきと準備をしていく。


全く、成長期の子供だってのに今までよく栄養失調にならずに育ってこれたもんだ。


「ほら、準備もみんな手伝えー。だらだらしてんじゃねーぞ」


完全に朝食をテーブルで待ってるポーズのガキ達に手伝わせて、ようやく自分も席に着く。


「はい、いただきます」


「「いただきまーす」」


みんなで手を合わせてから朝食を食べる。

そんな中、私は向かいに座っているエマに人魚のことを聞こうと口を開く。


「で、エマ。人魚の手がかりってどうなの?」


それに、エマがそうだ、と頷く。


「実は船長が寝込んでからウンディーネの姿が見当たらなくて…ウンディーネ、いますか?」


その言葉に食堂の隅っこになんだかしょんぼりとしたウンディーネが姿を現した。


「あれ?どしたの?ウンディーネ」


聞くと、ウンディーネは俯いたままささっとエマの後ろに隠れてしまった。


え、なに。嫌われた…?


なんか私したっけ、と考えながら首を傾げると、エマが苦笑する。


「ウンディーネは船長に申し訳なくて顔を合わせられないそうですよ」


「へ?なんで?」


思いがけない言葉に聞き返すと、ウンディーネのかわりにエマが答える。


「あの旋律に何かあるのに気付いておきながら船長に竪琴を弾かせてしまったでしょう。それで、三日間も目を覚まさなかったからだと…」


な、なんだ。

そんなことか。


ほっと息をついて、私は腕を伸ばしてエマの後ろに隠れているウンディーネの頭を撫でる。


「大丈夫だよ。別に寝込んだだけで何もなかったし。もう今は元気なんだから気にしないで」


「…じゃないの」


顔を伏せたままのウンディーネが何かをぽつりと呟く。


「ん?」


聞き取れずに、私は首をかしげる。


すると、ウンディーネがばっと顔をあげてテーブル越しに私に抱きついてきた。


「実は全然大丈夫じゃないの!う、うう~…!ごめんなさいぃー!」


「え?え?どういうこと?」


抱きつかれてぱちくりする私と、同じくぽかんとした一同。


どうやら状況把握が出来てないのは私だけじゃないようです。







「とりあえず、落ち着いて話してくれる?」


朝食の後片付けをしたテーブルで、全員もう一度席について、ウンディーネに話を聞く。


その言葉に、小さく頷いたウンディーネがぽつぽつと話し出す。


「私も、ナチが“あれ”を弾いてから気付いたんだけど…。まさか、“あれ”をナチが手に入れてるとは思わなくて…。あの旋律、ある鎮魂歌の一節だったの。『アフロディアの悲劇』というお話は知ってる?」


その言葉に反応したのはエマとロイドの二人だった。


「知ってるな。よく家に招いていた詩人が謳っていた」


「ええ。私も宮廷道化師に話を聞いたことがあります」


きゅ、宮廷道化?


エマの発言に思わず突っ込みたくなってしまったが、とりあえず今はそれよりもウンディーネの話を聞くことを優先させた。


「そう…。そうね。でも、多分人間の間で語られている『アフロディアの悲劇』と事実は違ってると思うわ。エマかロイド、知っている話を聞かせてくれる?」


その言葉に、ロイドが無言で肩をすくめてエマを促す。

それに、頷いてエマが咳払いしたあとに話し出した。






「出だしは決まってこうです。…海の底で幸せに暮らしていた人魚達。その中でも一際美しく、綺麗な歌声の人魚のお姫様、アフロディア。とても残酷なお姫様。…人魚は今でこそ、恐ろしい海の魔物と言われていますが、ずっと昔は人間と親しくしていたらしいです。しかし、その関係を壊したのがこの『アフロディアの悲劇』の主人公である、人魚の姫、アフロディアだったと言われています」


エマの言葉に、私は眉をひそめる。


「人魚って、恐ろしい海の魔物…なの?」


私のイメージでは、尾びれを持って海を自由に泳ぎ回る美しい伝説の生き物、なのだけど。


そう思って口に出すと、みんなが顔をこわばらす。


「船乗りが恐れるのは、嵐でも漂流でもない。クラーケンや人魚やセイレンだ」


「美しい歌声で船を沈没させるんだ、奴らは」


「海に引きずり込まれて溺れさせられるんだよ」


思いがけない言葉に私は怪訝気に眉をひそめてロイドを見る。


「そんな恐ろしい人魚の秘宝をわざわざ取りに行くの?もしかして、ものっすごく危険なんじゃないの?」


疑問たっぷりに聞けば、ロイドは不敵に笑う。


「ああ。人魚は恐ろしいが、そのぶんこの世で一番の宝を持っているらしい。不老不死の薬やなんでも願いが叶う宝石だったり、な」


「なんでも…願いが叶う…?」


その言葉に、私は思わず食いついた。


それは、諦めていた未来の日本へ帰ることも可能にするのだろうか。


そんな想いが胸をよぎったところで、エマが咳払いをして注意を集める。


「続きを話しますよ?」


エマの言葉に、私たちは頷く。


エマの話してくれた『アフロディアの悲劇』とは次のようなお話だった。




昔、人魚は恋の女神〈アフロディテ〉の使いとして、人間に愛をもたらし、時には結ばれることもあったとか。


その中でも人魚姫、アフロディアはまさに女神の生まれ変わりとして、特別な存在でした。


そんな彼女に人間の男たちはみな惚れてしまいます。そして、次々に男たちはアフロディアに求婚しに海へ出て行きました。


しかし、誰一人として帰ってきません。

不審に思ったある騎士がアフロディアのもとへと行ってみると、アフロディアの住む洞窟の水は美しいルビーの色をしていました。

あまりの美しさに騎士はアフロディアのいない隙にその水に潜ってみました。するとなんと水の底にはアフロディアに求婚しにいった男達の骨が一面に沈んでいたのす。


アフロディアは愛の象徴である赤の色に惹かれ、その中でも人間の血の色を好み、求婚しにきた男達を殺して水の色を赤く染めた悪魔のような人魚だったのでした。


そのことを知った騎士は帰ってきたアフロディアを見事討伐し、英雄として語られるようになりました。


その名をサバロン。


それ以降、大切な人魚の姫を殺された人魚たちは人間に復讐するようになり、船乗り達は人魚に襲われた時にはサバロンの名を唱えるようになったと言われています。




「だいたい、どこの国でも知っているお話でしょう」



エマの話が終わると、ロイドも頷く。


「俺が聞いたのも、同じ話だ」


なんか…怖い童話、だな。


というのが率直な感想だった。


人魚たちが恐ろしい海の魔物だったとして、それを理由づけるための後からつくったお話なんだろうな、としか思わなかった。


ウンディーネの顔を見るまでは。


「ウン、ディーネ?」


ひどく悲しそうな、傷ついた顔。


ただのお話でどうしてウンディーネがそこまで心が痛そうな表情をするのかが分からなかった。


呼びかけると、ウンディーネは拳をぎゅっと握りしめて辛そうに笑う。


「あのね、信じられないかもしれないけど…このお話のアフロディアと私…友達だったの」


「え?」


アフロディアと、友達…?

この物語の主人公の人魚は実在、していた?


全員、口を開けてウンディーネを見つめる。


「人間の間で語られている『アフロディアの悲劇』と、真実の悲劇は違っていたの。アフロディアは、とても歌が上手で、心が優しい子だったわ。人魚の誰からも好かれていた。だから、アフロディアが殺された人魚たちは人間を憎むようになったわ。そして、人間にとって“魔物”となった人魚の恐ろしさを語るために『アフロディアの悲劇』は段々と捻じ曲げられていった。同時に、真実を残したアフロディアへ捧げられた鎮魂歌は人から忘れられていった」


誰も口を開けなかった。


そんな中、ウンディーネが私を見る。


「その鎮魂歌を作った人の名は、サバロン。アフロディアの恋人だった人。…アフロディアを殺した人。サバロンは誤って愛していたアフロディアを殺してしまった。その過ちに気付いた彼は、鎮魂歌のとある旋律にアフロディアの魂を閉じ込めたの。それが、あなたが弾いた一節だったのよ、ナチ」


「どういう、こと…?」


さっきから耳鳴りがやまない。


まるで、海に潜ったみたいにウンディーネの声が遠く感じられる。


「サバロンはアフロディアを生き返らせたかった。それが叶わなかったサバロンは古代の魔法を使って禁忌を犯した。その旋律を奏でた者に、アフロディアの魂が依りつき、やがてアフロディアの意識がその体を乗っ取るように呪いをかけた。その一節はやがてアフロディアを女神の生まれ変わりと信じていた人魚達に『秘宝』と呼ばれるようになったの」


「ま、さか…、『人魚の秘宝』っていうのは…」


耳鳴りがひどくなる。


くらくらとして、今にも意識を手放してしまいそうだったけども、今倒れるわけにはいかなかった。


「そう。“人魚にとっての”秘宝。アフロディアの魂のことよ。そして、今その魂はナチの中にある。海の生き物にとって、いえ、人間にとってもナチは特別な意味を持ってしまったの。…私が、あの時きちんと最初から話を聞いていれば…!楽譜に目を通していたら…!本当にごめんなさい!」


ウンディーネの泣きそうな顔に私は大丈夫だよ、と笑ってあげたかったけど、これ以上意識を保てなかった。


青い海に落ちるように、私は意識を手放したのだった。




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