ズドンと海賊の食糧事情
ひどく、不思議な夢を見た。
ゆらゆらと綺麗な青がゆらめくそこは海底の洞窟のようで。
ぽっかりとくり抜いたような丸い洞窟には水が満ちて、その中央には白い石の台座。
私はそこで竪琴を手に歌を歌っていた。
そうすると、周りにたくさんの綺麗な女の子たちが水から顔をだして、私の歌に耳を傾ける。
よく見ると、みんな腰より下は美しい鱗を持った尾びれになっていた。
ああ、気づくと自分も二本の足ではなく、虹色に光る尾びれに変わっていて。
夢、なんだな、と漠然と思った。
人魚になった、不思議な夢。
洞窟内を満たすゆらゆら揺れる青色。
透き通った水面が光っているのが不思議で底を覗いてみれば、積み重なる黄金の金貨や王冠がどこからか入ってくる陽の光をきらきらと反射していた。
海の底に沈んでいる輝くもので時々遊びながら、私達はとても暖かな時間を過ごしていた。
ふわふわとしていて、でもどこか不安定な、不思議な夢。
「…―チ!ナチ!」
「う、ん…?」
誰かに名前を呼ばれて意識が急激に浮上する。
「あ、れ…?ロイド?」
自分の手を握っている目の前の人物に焦点を合わせて呟くと、ロイドは安心したように私が寝かされていたベッドに頭を突っ込む。
「はぁー。起きたか…」
「え?起きたって…、私、いつ寝たんだっけ?」
その言葉に、ロイドは呆れたようにためいきをついた。
「お前、あの旋律を弾いたあと意識失って、それから丸三日間寝たっきりだったんだぞ。エマは、これ以上寝たままだと危ないとか言い出すし…」
「え?三日間?」
思いもよらぬ言葉に驚いて、身を起こそうとするが…。
「ロイド…、手…」
「へ?あ、わり…」
ぎゅうっとロイドに片手を握られたままで身を起こせなかったから困って言えば、慌てて離してくれたものの、暖かな温もりが去ってしまったことがなんとなく寂しく感じた。
なんだかんだ、私よりも大きな手で、剣で戦ってきた証だろうか。ごつごつとした手が、あの不安定な夢から覚めた私にはひどく頼もしかった。
そんなことをぼんやり思っていると、がちゃりとドアが開いて誰かがひょこっと顔を出した。
「あ!せんちょ、起きてる!」
「チビ」
覗いて、私が体を起こしているのを見たチビは嬉しそうに私の方へ駆けてきてベッドにダイブしてくる。
「うおっ、ちょ、チビ、まて…!」
私の制止も全く耳に入れずに、チビは薄々予感していたとおりに私の腹に見事にダイビングヘッドをかましてくれて。
「ぐえっ」
寝起きで避けられず、もろに頭突きを喰らって思わず変な声が出たが、そんなことはお構いなしにぎゅうっと抱きついてくるチビを見ると、怒る気もなくなりゆっくりとその頭を撫でてやった。
それを苦笑しながらロイドは言う。
「チビはすっかりナチに懐いちまったからなぁ。目を覚まさないのをずっと心配してたんだ」
ロイドいわく、チビはどうやったら起きるのか皆に聞きまわっていろいろと実践してくれたみたいだ。
私の耳元で大声で叫んだり、エマの薬をこっそり拝借して飲ませようとしたり、童話の中のお姫様のようにキスで起こそうとしたり…
最初はロイド達もほほえましく見ていたらしいのだが、流石にエマの薬を持ち出してきたあたりから危険を感じてチビを止めてくれたらしい。
しかし、何度か皆の監視の目をかいくぐって刺激物を飲ませてくれたらしく…
なんだか、やけに舌がひりひりする。
何を飲まされたのか非常に気になるところだ。
「大丈夫ですね。体自体は健康そのものです」
エマに検診してもらって、私はようやく一息つく。
「それにしても、目が覚めて本当に良かったです。何か、異常を感じるところはありませんか?」
そう言われて、夢のことを思い出したが、それはただの夢だし、特に言う必要性は感じられなかったからとりあえず大丈夫、と言っておく。
「だいたい、ああいう隠れた暗号というものには罠や呪いがかかっていたりするんですから安易に弾かせたロイドが悪いんです」
「げ。そうなの?」
罠とか呪いとか本当に困る。
「ええ。なんでも、ある旋律はそれを奏でたものを殺したり、暗号を読み上げた瞬間に悪魔に魂を抜かれたりとか…」
「そこまで!?命の危険性あったの!?」
エマの恐ろしい例え話に思わず私はエマの肩を思いっきり揺さぶる。
「だったらなんでもっと早くに止めてくれなかったんだ!もし変な呪いがついてたら死ぬところだったじゃん、私!」
「そんなこと言ったって、私の言うことなんか全然聞く雰囲気じゃなかったじゃないですか。それに、私自身興味もありましたし」
肩をすくめてさらりとそう言い放つエマに軽く殺気を覚えたのは思い過ごしではないはずだ。
「はぁ。もういい。…それで?今航路はどうしてるの?」
「船長が倒れたので、近くに見つけた無人島に泊めてあります。船長の指示がないと船は動かせませんから」
「ああ。まぁ、確かに」
私が倒れてから三日間。
一応次の目標は人魚の秘宝にしようと思っていたのだが、海図はでたらめ。暗号は意味の分からない旋律。
これからどうしようかと頭を悩ませるところだ。
「なんか、人魚の手がかりとかないの?」
一番博識そうなエマに聞くが、彼は眉をひそめる。
「ある、にはあります。が…」
「が?」
言いよどむエマに続きを促すが、エマは肩をすくめる。
「こういった類のことは、私よりも彼女のほうが確実でしょう」
言われて、私は確かに、と頷く。
彼女とはもちろんウンディーネ。
「そうだね。ウンディーネに人魚について話を…」
そう言いかけたときだった。
ぐるきゅるるる…と大きな音がエマの部屋に響く。
「ああ、そうですね。お腹すきましたよね。少し時間は早いですが夕食にしましょうか」
腹の音に顔を赤くさせてお腹を押さえた私を、笑うこともなくそう言ってくれるエマは年下ながら本当に紳士だなと思いました。
食堂に行けば、すでに私が目を覚ましたと言う話を聞いていたのか全員そこに集まっていた。
しかし、夕食の用意はなく、はたと私はあることに気付いた。
「そういえば…誰が料理つくんの?」
よく考えれば、ここで食べたものといえば島で食糧をもらう前は乾パン。
町で食糧を頂いてからは少し硬めのパサついたパン。
パンしか食べていない気がする。
一応、船に積んでる食材として町で頂戴した燻製肉や野菜などはあるのだが、それが食卓に出てきた覚えはない。
当然、今も集まってるガキ達はパンだけをもぐもぐと口に詰め込んでいる。
そんな私の問いに、エマが笑う。
「私がこの子達と一緒に暮らしてきた中で、まともな食事なんか食べたことありませんよ」
「え!?」
驚く私にロイドがパンをくわえながら言う。
「もともと食糧なんてほとんどない島で、俺達はジャコブ率いる海賊団から食べられるものを盗んでたんだ。見つかったら殺されるし、食べられるだけで精一杯だったから料理なんてしたことはない」
それに、リュックやジョーも頷く。
「肉や魚を焼くだけならなんとかできるけどなぁ。でもそもそも肉なんて高級食材手に出来ねぇけど」
「俺は今まで生きてきた中で調理された物を食べたことなんてないぞ」
信じられない言葉の数々に、私は改めて時代とこの子達の境遇を思い知らされた。
私は頭に手をやってからかぶりを振る。
「分かった。今ある食材で私が料理つくる。ちょっと待ってて」
そう言って、ぽかんとしている皆を置いて、私は一人食材を選ぶために貯蔵庫に下りて行った。
貯蔵庫はウンディーネが幾つか食材に分けて作ってくれている。
水を循環させて部屋を冷やす、新鮮な食材を保存するのに便利なのが一つと、乾燥させた燻製などを保存するのに適した風通しのいい部屋、それから水以外の液体保存用の部屋で3つだ。
恐らく、この時代においては魔法の船としか言えないだろう。
まぁ、実際ウンディーネのおかげだから魔法の船といえば魔法の船なんだけども。
しかし、やはり材料は少ないし、調味料なんてものはほとんどない。
その中で幾つか食材を選んで私はキッチンに上がる。
本当に料理できる人がいなかったら何のためのキッチンなんだかわからない。
まぁ、とりあえず一人暮らしで培った知恵と工夫で調味料が制限されている中でも一応頭の中で献立を組み立てていく。
幸い、チーズやバター、塩などはあったからそれだけで幾つかの料理を作ることが出来た。
「お待たせ」
そう言って、出来たものをテーブルに座るガキ達の前に並べていくと、全員が目の色を変えて興奮した。
「うわぁー!」
「すっげえ!なんだ、これ!?」
「うまそうな匂い!ほんとに食べていいのか!?」
全員分を並べ終えて、早速料理に手を出そうとした子供達を私が一喝。
「待ちなさい!」
しん、となった食卓で私はにっこりと笑う。
「食べる前には皆でいただきます、でしょ?」
「すげぇー…、うまい…」
「俺、今まで生きてきた中でこんなに美味いもん初めて食った」
「やべー、なんか涙出てくる…」
いただきますを知らないという皆に無理やりいただきますをさせて、ようやくの夕食。
食べながら涙ぐむ子供達に私は苦笑する。
そんなにたいした物を作ったわけではないのだが。
たまねぎとにんにくにバターで味付けしたオニオンスープに、適当に見繕った野菜と鶏の燻製肉を入れたグラタン。それにパンというメニューだったが、こんなに喜んでもらえると作り甲斐があったというものだ。
「せんちょ、まほーつかい?」
慣れない手つきでスプーンを使ってスープを飲むチビが目をきらきらさせて聞いてくる。
「そうそう。船長は魔法使いなんだよー」
適当に言いながら、チビの汚れた口の周りをナプキンで拭いてやる。
チビは私の言葉を信じて、まほーつかい凄い!と喜んでいた。
その夜はみんなでテーブルを囲んで、私が決めた就寝時間まで楽しく団欒したのだった。




