ズドンと宝の地図がでた
結局、グァダルーペの街には泊まらなかった。
ってか、泊まれなかった。
極悪な海賊に踏みにじられた町で、同じ海賊である私達がいてはいい気分にはなれないだろう。
しかし、夜の航海も座礁の危険などがあるからという理由で、グァダルーペの街から離れた沖合に船を泊めて寝ることにした。
エマとロイドはそれぞれに部屋があるが、他のちびっこ達は一つの船室で雑魚寝だ。
そして、驚いたのが船長室。
ここまで広くしなくても良かったんじゃないの?と思わずウンディーネに言ってしまったほど豪華な部屋だった。
もちろん、私が船長であることを想定していたのか女の子用の白い壁紙にナチュラルテイストな可愛らしい部屋ですごく気に入った。
気に入ったけども、問題はその部屋の広さ。
部屋の中にシャワー部屋とトイレ完備。
どっかの高級ホテルの一室みたいだった。
まあ、突然そんな部屋に一人で熟睡できるわけもなく。
私はそーっと部屋を抜け出して、見張り台に上って空を見上げていた。
夜空には、現代の日本の空では考えられないほどたくさんの星がきれいに瞬いていた。
星が隙間なく白く敷き詰められていて、こんなに星って存在してたんだなぁ、なんて感動した。
その上、5秒間に一つは流れ星が流れるのだから、見ていて飽きない。
そして、ずっと空を見上げながら私はいろいろと考えを巡らしていた。
今日、たくさんの人を自分が撃ったこと。
自分の油断のせいでリュックが傷ついたこと。
何より、自分は一度死んでいて自分がいた時代の日本にはもう帰れないと言うこと。
いろんなことを考えていると、下から誰かが見張り台に上ってくる気配がした。
「風邪、ひくぞ」
そんな無愛想な言葉とともに、私の肩に毛布がぱさりとかけられて、私は苦笑する。
「寝られないのか?」
その言葉に、私は空を見上げたまま答える。
「まぁ、そんなところ。あんたはどうしたの?ロイド」
ロイドはしばらく沈黙したあと、気まずそうに口を開いた。
「帰ったら、説教するって…言ってたじゃねえか」
それを聞いて、私は少し笑う。
結局、船に戻ってから私はロイドとは一度も顔を合わせていなかった。
「なんで、泣いてんの?」
言われて、初めて私は自分の頬を伝う暖かいものに気付いた。
「あれ?おかしいな」
「何がだよ」
「上を向いてたらね、涙、流れないはずなんだけどな」
確か、そんな歌があったはず。涙がこぼれないように上を向いて、っていう歌が。
嘘じゃん。目に涙が溜まりすぎたら、上を向いてても流れちゃうよ。
「ねぇ、ロイド」
頬を流れるそれをそのままに、私は口を開く。
「私さ、なんか、帰れないみたいなんだよね」
ロイドにそんなこと言うつもりはなかったんだけど、涙と一緒に言葉がぽろぽろ零れ落ちてしまう。
「私、日本に帰ろうと思ってた。帰って、勉強して、警察になるんだ、って。私にはね、妹がいたの。ちょうどチビくらいの年のさ。その子、私と一緒に公園に遊びに行ったところで、誘拐されて殺されちゃったの。私が、ちょっと目を離したすきに」
昔の話だった。
まだ両親が離婚する前の。
「偶然…っていうのかな。私、射撃の才能があって。警察になったらこの腕で、悪い奴らを懲らしめてやるんだ、ってずっと夢見てた。悪い奴を懲らしめて、子供を救うヒーローをね。…でも、無理なんだって。私、帰れないんだよ…」
最後は嗚咽だった。
肩を震わせて、自分の腕をぎゅっと握りしめた。
妹が殺されてから、警察になって幼児の誘拐犯を捕まえて妹の仇をうつことだけを生きがいにして生きてきた。
それが現実不可能になったことをようやく頭が整理されて理解できた。
もう、上を向いていても流れる涙を止めることが出来ずに私は掛けてもらった毛布に顔をうずめた。
「…俺、頭悪いからよ。なんで、ナチが帰れないことになったのかよくわかんねんだけど…」
狭い見張り台で、私の向かいにいるロイドが空を見上げながら口を開く。
「なればいいじゃん。悪い奴を懲らしめる、ガキ達のヒーローにさ」
「え…?」
顔を上げた私を、ロイドはまっすぐ見ていた。
「俺達はみんな、あんたの言う“悪い奴”に人生を滅茶苦茶にされた。ユグは、戦争で孤児になったのを奴隷商人に掴まってる。売られそうになったのを俺達のところまで逃げてきたんだ。チビは極悪な海賊に強姦されて出来た子供で、産んですぐにあの島に捨てられた。ジョーとリュックも悲惨な奴隷奉公人だった。エマは…あいつは、また特別な過去を持ってる」
「そ、んな…」
確かに、中世のヨーロッパでは戦争が多かったことは記憶している。
それに、奴隷制度があるのも知っていたけど奴隷が黒人だけじゃなかったことは知らなかった。
「俺は、英国の騎士の嫡男だった。伯爵の地位にいたけども、政略戦争に巻き込まれて家ごと焼き討ちにかけられた。家族は俺以外殺され、その時唯一家にいなかった俺はここに捨てられた」
「ロイド…」
思ってもいなかった彼の過去に私はなんと声をかければいいのか分からなかった。
「俺は頭悪いから、家を焼き討ちにした英国の貴族に復讐しようとした。でも、あの島に送られる前に復讐しに行った貴族はこう言ったんだ。俺の家の焼き討ちは王族が命じたことだったってね」
ロイドはハハッと乾いた声で笑った。
「じゃあ、本当の仇は王族になるのか?国に復讐すれば気が済むのか?俺は分かんなくなったよ。…でも、この島に送られてきた奴らの話を聞いてさ。気づいたんだよ」
ロイドは夜空を見上げた。
「おんなじ人間なのに、人を売り買いする奴。戦争に明け暮れる権力者。自分の利益のために不当な裁判をする奴。狂ってんのは国だ!権力者だ!…俺達はただの海賊なんかじゃない。国にも地位にも縛られることなく、悪い奴らをぶっとばす、世界で一番自由でかっこいい海賊になるんだ」
そう言ったロイドの目は、どの星よりも強く瞬いていて、私は彼の目に吸い込まれそうになった。
「ナチのところ以外にも助けを求めるガキ共がいっぱいいるんだ。なろうぜ、ナチ!悪い奴らを懲らしめる、ガキ共のヒーローにさ!」
ぐっと拳を目の前に突き出され、私は一瞬呆気にとられてから、徐々に顔が緩んでいく。
私は頬の涙をぐいっと拭って(ちなみに鼻水は毛布でかんで)にっと笑った。
「仕方ないな。なってやろうじゃん、海賊のヒーローにさ!」
がちん、とロイドの拳に自分の拳をぶつけて、二人で肩を震わせて笑いあったのだった。
「ああ、そうだ」
一緒に夜空を見上げていたら、不意にロイドが懐から何かをがさがさと取り出す。
「どうしたの?」
聞くと、彼は何やら丸めた紙みたいな物を取り出した。
「何事も資本から、って言うだろ?これ、なんだと思う?」
にやっと笑って言うロイドと、紙切れを交互に見て私はまさか…と口を開く。
「宝の…地図?」
「正解」
切れ長の目を細めてロイドが地図を見せる。
『El tesoro de la sirena』
と書かれた文字の下には何やら複雑な海図が。
「ごめん、ロイド。これ、なんて書いてあんの?」
文字が読めなくて、聞くと呆れたようにロイドが溜息をつく。
くそ、なんか馬鹿にされたみたいでむかつく。
ガキの癖に…!
「“人魚の秘宝”。街であの海賊を縛り上げたときに船長が大事そうに持っていたのを取り上げたんだ」
得意そうに笑うロイドに私は思わず笑う。
「あはっは、まっさか、人魚なんて…」
「いるぞ?」
「へ?」
いないでしょ、と言おうとしたところに間髪なくロイドに遮られる。
「う、嘘だぁ」
「嘘じゃねえよ。人魚、クラーケン、ケートス。そして、まだ見ぬ未知の島に隠された財宝とそれを守るグリフォンやゴーレム。現にウンディーネだってこの船にいんだろ?」
「うっ…」
それを言われると、言葉に詰まる。
ウンディーネからはワルキューレの話も聞いてるし、現に自分がここにいることがあり得ないことはあり得ないってことを物語っている。
「その地図に確証は?」
聞くと、ロイドはにっと笑って地図の下部分を指さす。
『Francis Drake』と署名があった。
こっちは英語だったから何とか読める。
「フ、ランシ…ス…ドラーク?」
「ちげーよ。フランシス・ドレーク。伝説の冒険家で偉大な海賊だ。ドレークはエリザベス女王から騎士の称号も得ている海賊なんだ。しかも、その冒険記が凄ぇんだ。今まで見たことのない怪物たちの姿を日誌に描いていて、船員たちも全員がその日誌に書いてあることは本当のことだと女王の前で証言したんだぜ」
「へ、へえ…」
うん。よく分からんが凄い人だったんだろう。
「…人魚の、秘宝かぁ…。気になるね」
そういうことを聞いたら俄然に胸がわくわくしだした。
「だろ?朝になったらエマにこの地図を解読してもらおうぜ」
にっと笑ったロイドに、私も笑い返して頷く。
「んじゃ、トルトゥーガは後回し!先に人魚の秘宝を探しに行くか!」
「話が分かる船長はいいね。じゃ、明日に備えてもう寝ろよ」
そう言うと、ロイドはとん、と手すりを蹴りあげて甲板に降り立っていってしまった。
思わず、夜風になびくさらりとした髪に見惚れた私は、はっと思い出す。
「あ、ちくしょ。ロイドに説教すんの忘れた」
「“人魚の秘宝”?」
翌日、さっそくエマの部屋に例の海図を持っていくと、エマは興味深そうに海図を机に広げる。
「ええ。確かに、この署名はドレークのですね…。…しかし、この海図…」
しばらく黙って海図を見つめていたエマが突然、その紙を裏返したり、日の光にかざしたりし始めた。
何をしているか分からずに、ロイドと一緒にエマの奇行を眺めていたが、エマはそうか、と呟くとロイドに声をかける。
「そこの引き出しからマッチを出してください」
突然の言葉に、ロイドは怪訝な顔をしながらもマッチを取だしエマに投げ渡す。
「なんだか分からねえけど、まさか地図を燃やすんじゃねえよな?」
冗談半分に言ったロイドの言葉に、エマは微笑みを浮かべてマッチに火をつけた。
「この海図、本来ならば存在するはずのない場所を示してるんですよ」
「へ?」
「は?」
私とロイドの目が点になる。
「ですから、こうするんです」
そう言って、エマは海図の下にマッチの火を近づけたのだった。
「てめ!この野郎!何する気だ!」
エマの行動に、止める暇もなくロイドが刀を抜く。
それを呆れたようにエマは眺めて肩をすくめた。
「何する気もなにも…。この海図、暗号ですよ。ですから、こうやって熱で暗号をあぶりだそうとしているのですが、何か?」
「は?」
刀を抜いたロイドがぽかんとしている様子に、私は思わず吹き出す。
「だから言ったでしょう?船長、ロイドはお馬鹿さんなんですよ」
ジェントルスマイルで私に言い放つ、エマの顔が素敵にきらめいていました。
「ああ、でてきました」
その言葉に、ロイドと私が覗き込む。
「…?なに、これ…」
炙り出てきたそこには五本線に、おたまじゃくし…いや、これは音符…だ。
とすると、これは楽譜か。
私が納得している横で、男二人は首を傾げている。
「これは…なんでしょうか」
「わかんねえな。暗号といわれてもさっぱりだ」
その言葉に、私は目を丸くする。
「え、二人とも楽譜知らないの?」
「楽譜?」
疑問が疑問で返される。
「あー…。だから、音楽奏でるときの譜面だよ、これ」
そう言うと、二人とも困ったような顔になる。
「音楽、は俺はやってないしな」
「私も音楽とは無縁でしたもので…」
へ、そうなんだ。中世の音楽史とか音楽の授業でやった気がしたからこの頃には音楽浸透していると思ってたんだけど…。
まぁ、彼らの場合境遇が境遇だから仕方ないのかもしれない。
「えーと…。じゃあ、なんか楽器ない?笛とか?」
ダメもとで聞いてみる。だって、私絶対音感とかないからきちんとこのメロディーを歌える自信がない。
そう言えば、意外にエマが頷く。
「それなら…。ウンディーネ」
呼ぶと、すぐにウンディーネが姿を現す。
「だいたい話は聞いてたわ。音が出ればいいんでしょ?私、竪琴持ってるからナチに貸せばいいのね?」
にっこりと笑ってウンディーネが竪琴…ハープらしきものを差し出してくれる。
「い、いや。ウンディーネが弾けるんなら弾いてほしいんだけど。私、竪琴の弾き方知らないし」
もっともなことを言えば、ウンディーネは肩をすくめる。
「これ、精霊の竪琴よ?弾き方知らなくても大丈夫。それにね、だいたい、暗号になってるような音楽は私が弾いても無駄だと思うわ」
何かを知っているようなその言葉にもっと話を聞こうとしたが、ウンディーネは竪琴を机の上に置いたまま消えてしまった。
なんか、都合よく姿消せるとかずるい気がするんですけど。
まぁ、仕方ないから竪琴を手に取ってみると、ウンディーネの言うとおり、なぜか弾き方が分かった。
私はそれを試しに弾いてみてから、例の楽譜を見る。
…と。
「あれ?エマ、この楽譜どんどん薄くなってない?」
「おや。本当ですね。もう一回炙ってみますか」
そう言ってエマが紙の下にマッチを持っていくが、楽譜はどんどん薄くなる。
「困りましたね。これは何かしらの仕掛けが働いていて一度文字を出すと消えてしまうみたいです」
「は!?ちょ、ちょっと待って!それ、困るよね!?」
「お、おい、ナチ!今すぐその竪琴を弾け!消える前に!」
「う、嘘!ちょっと待って!」
ロイドに急かされて私は慌てて竪琴を構える。
さ、最初は…
―ポロン ポロロン
最初の方から薄れていく楽譜を急いで弾ききった瞬間
―ドクンッ
「え…」
頭に強い衝撃を感じた。
何かが頭に直接流れ込んでくる感覚。
―約束します
「お、おい!ナチ…?」
―必ず、助けますから
誰かの暖かい言葉を聞きながら、ぐらりと体を揺らしてそのまま私は意識を手放したのだった。




