ズドンと海賊稼業やりました
「見えてきました。あれがグァダルーペですよ」
言われて、私は望遠鏡をエマから渡してもらって覗く。
思ったよりも大きな島みたいだ。
というか、私たちがいた島が小さすぎたんだけども。
「さてと。そんで、そこにとある海賊の一団が居ついてるって話は本当なのね?」
エマに聞くと、彼は頷く。
「ええ。ウンディーネがそう言ってましたので」
「ウンディーネが。そっか、じゃあ本当だろうねぇ」
問題は、彼らがどれくらいの戦力なのかが全く分からないことだ。
「じゃあ、船は町から見えないところに隠して、見張りにユグとチビを置いておくけど、それだけじゃ不安だからエマも残ってくれる?」
言うと、驚いたようにエマは私を見る。
「ロイド達だけで大丈夫ですか?」
「へーきへーき。だって、私がいるもん」
エマの言葉に笑って返せば、エマは苦笑する。
「それは頼もしい船長ですね。…よろしくお願いします」
「はい。任された。…っと。これ」
軽く返して、私はエマにぽいっとピストルを渡す。
「これは?」
首を傾げるエマに私は肩をすくめる。
「武器庫にあったピストルを改良してみた。命中度も威力も上がってるから、何かあったらそれ使ってみて。エマに必要がないんだったらユグにでもいいから。でも、チビには渡しちゃだめだよ。危ないから」
「しかし、これを私達に渡してしまっていいんですか?船長の武器は…」
言われて、私は腰の革ベルトから拳銃を二丁抜いてみせる。
「もっとすごいの持ってるから大丈夫」
ウンディーネが未来から持ってきた軍用の拳銃だ。
そんなやり取りをしているうちに、私たちはグァダルーペに到着したのだった。
「うし。というわけで、ロイドとジョーとリュックはそれぞれの武器を持って私についておいで。とりあえずの様子見。もしいけそうだったらそのまま襲ってもいいけど、あくまで相手の戦力をまず調べることが最優先だからね。絶対に先走らないように」
そう言い聞かせて、私達は縄梯子を使って船から降りる。
甲板から手を振るチビ達に手を振りかえしてから、暗い森の中を、町の明かりを頼りに歩き出したのだった。
「…抜けた」
薄暗い森の中を、猛獣がいないか細心の注意を払いながら通り抜けた私達の目の前に広がったのはそれなりに大きな町。
中心街らしきところからは賑やかな声が聞こえてくる。
さて。問題の海賊はどこにいるか。
「とりあえず、港に船があるか見に行くか」
私がそう呟いたとき。
「せんちょー」
リュックが小声で話しかけてきた。
「なんだい、リュックくん」
「あのですね、怒らないで聞いてくれます?」
リュックの言葉に、眉をひそめながらも頷く。
「はいはい。怒んないよ。なに?なんかあったの?」
「はいー。それがですねー。さっき、ロイドが…『海賊ってのは賑やかな酒場にいるって決まってんだ』って言って…」
へえ。そうなのか。
確かに。せっかく陸にいるのに、船でしんみり酒を飲んでるはずはないよな。
そう納得しながら話の続きを促すと、ジョーがぽつりと言った。
「ロイドの馬鹿、一人で海賊を斬る、とか言って行っちまいやがった」
「は?」
暗い中、よく人数を数えてみると…
1、2、自分を入れて3…。一人足りねぇえええ!!
「え?あれほど先走らんように言ってたよね?私。なに?行っちゃったの?ロイドくん」
まるで、私の言葉に答えるように、賑やかな声が聞こえていた中心街から悲鳴と怒号が聞こえてきた。
「マジかよ…」
私は一瞬ぽかんと口を開けてから、慌てて腰の銃を確かめながら声のする方へ走って行ったのだった。
「おい!この糞ガキ!そんな危ねぇもん振りかざして、悪戯にしちゃ、ちょーっとオイタがすぎるんじゃねえの!?」
「おいおいおい!血ぃ出ちまったじゃねぇか!どう責任とってくれんだ!?あぁ!?」
ロイドの勘通り、中心街の酒場では酔っぱらった海賊たちが大勢集まっていた。
そう、大勢。
その中心で海賊に斬りかかる大した勇気の持ち主のお馬鹿なライドくん。
そんないちゃもんなんか気にも留めずにばっさばっさと斬りまくっていた。
「あんの馬鹿野郎。こんなにあいつが戦闘狂だなんて聞いてねえぞ」
遠巻きに見ている人々を掻き分けながら私は愚痴をこぼす。
あまりにもあまりだろ。
私にとっちゃ初陣なんだぞ、この野郎。
ようやく人混みから抜け出して、私はロイドに声をかけようとした、その瞬間、目を見張った。
ロイドの後ろから斬りかかる海賊の姿。
ロイドは気付いていない。
心臓がどくん、と跳ね打った。
「ほんとに手間のかかる馬鹿野郎がっ!」
私は構えていた銃を撃った。
喧噪のなかで、やけに大きく響いた発砲音。
「なんだ!?貴様も仲間か!?」
ロイドに斬りかかろうとしていた男を撃ったところ、私もかれらの標的に入ってしまったらしい。
しかし、私はそんなことを気にしないで、ずかずかとロイドのもとへ進む。
「なんだ、ナチか」
刀を構えながら私を見る、私より頭一つ小さいロイド。
―パンッ
「うわ!危ねえ!何すんだ、いきなり!」
その足元に向かって銃を発砲する。
―パンッ パンッ パンッ
もはや乱射だ。
慌てて後ろに下がるロイドは私をぎろりと睨む。
「てめえ…!何のつもりで…、…!?」
私の顔を見たロイドは目をいっぱいに見開く。
「な、なんで、泣いてんだよ!?」
慌てたようにわたわたするロイドを私はぎっと睨む。
目に溜まった涙が頬を伝って流れた。
「この馬鹿ロイド!あんなに先走んなって言ったのに!この人数を一人でどうにかするつもりだったとかふざけたこと抜かしたら今度は脳天に鉛弾ぶち込んでやる!今だって、後ろから斬りかかられそうになってて危なかったんだから!あんたの身に何かあってみなさいよ!私が、あんたを殺してやるんだから!」
「ちょ、船長、言ってることが訳わからなくなってますよー?」
ようやく追いついたのか、後ろからリュックの声がするが、私はうるさい、と一喝。
しかし、今度はロイドが相手にしていた海賊たちが息巻いて怒鳴りつけてくる。
「なんだぁ?ガキの喧嘩か?それにしても、ちょいっとそいつはやり過ぎちまったなぁ」
「こんだけ仲間を斬っておいて、今更謝ろうたってそうはいかねえぞ!?」
私は、そいつらを睨んでロイドの隣に並ぶ。
「説教の続きは帰ってから!いいね!」
そう言って、私は襲いかかってくる男たちの腕や足を寸分狂わずに撃ちぬいた。
人間に対して発砲する恐怖は、最初にロイドに斬りかかろうとした男を撃ったことで麻痺状態になってしまったのか、不思議と何も感じなくなっていた。
両手に拳銃を持って機械的に相手が動けなくなるポイントを撃ちぬいて、弾がなくなりホールドオープンした状態になると、腰の弾倉から素早く弾を詰めなおして再び撃つ。
どれくらい時間が経過しただろうか。
硝煙が立ち込める中、たくさんの男たちが倒れてうめいていた。
その硝煙も、強烈に吹いた風でさぁっと吹き飛ばされ辺りが見えやすくなる。
そして、倒れている男たちの中で一番服装が立派で、ふわふわした羽を帽子につけているおじさんを見つけて私はそのおじさんの横に片膝をつく。
「ねぇ、おじさんが船長さん?」
その声に、脂汗をいっぱいにかいたおじさんがうめきながら顔をあげた。
「く、くそ…、この、悪魔め…!」
「悪魔?…ああ、あんた達から見たらそう見えるかもね」
何しろ数百年先の武器ですから。
「あのー、私達お金がなくて困ってるんで、散々この町から搾り取ったっていうお金分けてもらってもいいですか?」
「はぁ!?ふざけんじゃねえぞ!この…」
「あ、拒否するなら撃ちます。今度は頭を」
ガチッと銃口をおじさんの頭にあてて私は無表情に首を傾げる。
「どうします?」
「…っ!…、北の、岬に…俺達の…船が、ある…」
心底悔しそうに途切れ途切れに言われた言葉に頷いて、私は銃を降ろす。
「よし。じゃあ、リュックは私についてきて。ジョーはロイドとこの人たち縛り上げておいて」
そう言って、私はロイドに一瞥もせずに北の岬へ向かった。
果たして、確かに北の岬に大きなガレオン船を確認できた。
しかし、見張りも数人いるらしく、船には明かりが灯っている。
まぁ、ここは船長さんに勝ったんだから正面突破でいいだろう。
ということで、リュックと私は遠慮なくガレオン船の縄梯子を登って行く。
静かな夜に、波の音とぶつぶつ言う男たちの声が聞こえた。
「いいなぁ。陸に行ってる連中はよぉ」
「今頃酒に女に歌に、派手にやってんだろうなぁ」
見張りの海賊の不満の声だ。
「喜ばしいことに、彼らは酒の代わりに鉛弾を受けて全員お縄になってるよ」
ひょいっと縄梯子からガレオン船の甲板に飛び移った私が言うと、男たちは驚いたように目を剥いた。
「な、なんだ!?敵襲だ!」
「合図をだせ!早くしろ!」
慌てる二人の海賊に私は首を振る。
「無駄だってば。ほら、船長さんの帽子。町にいた連中は全員捕まえたよ」
持ってきといた船長の帽子を見て、見張りの二人は明らかに顔色が変わる。
やっぱり念のため持ってきておいてよかった。
「じゃあ、この船の荷物ちょっともらっていくから」
そう言うと、男たちは大人しく引き下がった。
それを見て、私が船室に入ろうとした瞬間
「危ない!船長!」
「!?」
ドンッと体が突き飛ばされた。
「!リュック…!」
私を突き飛ばしたリュックの肩には短剣が刺さっていた。
「へっへ…!なんだよ、ガキ二人だけじゃねえか」
「どうせ、その船長の帽子もくすねてきただけだろ」
銃を抜いて笑う男たちの言葉に、私はしまった、と舌打ちをした。
相手は従順な振りをしてこっちの隙を窺っていたのだ。
「…ごめん、リュック。大丈夫?」
肩から血を流すリュックに聞くと、リュックは苦笑する。
「肩ぐらいですんでよかったっすよ。さっきの戦い見て、初めてナチが俺らの船長なんだって認識できたんす。なのに、目の前で殺されちゃ、みんなに申し訳がたたねぇ」
「リュック…」
ごめん。今まで君の名前が面白いことを心の中で笑っていて本当にごめんよ。
これからはきちんと心を込めてリュックと呼ぶよ。
そんな決意を胸に、私は腰から銃を抜く。
「おっと、動くなよ!?こっちにも銃はあるんだぜ?お前が動いたら、そこの男を撃って…」
―バンッ
「う、うわぁあああ!」
男が全て言い終わる前に、私は早撃ちで相手の銃口を撃ちぬいた。
その衝撃で相手の銃が暴発する。
その男は失神して倒れた。
火傷はしたが、恐らく死んではいないだろう。
「もう一人の。こっち来てくれる?」
無表情で言うと、男は汗をかきながらこっちへゆっくり進んでくる。
その男が目の前に来て、その男の腰に下げている刀と銃を取り上げた。
「この町から搾り取ったお金はどこにある?そこまで案内してもらうけど、いいかな?」
銃を向けながら首を傾げて尋ねると、男はこくこくと頷いた。
「リュック。ちょっとここで待ってて。多分あまり動かさない方がいいから。私が荷物取ってくるよ」
そう言って、私は男の背中に銃口を押しつけながら船内に入って行ったのだった。
「こ、ここです…」
言われてついたのは、倉庫のような場所。
なるほど。宝を置くにはうってつけのような場所。
うちの船にもこんなところあるかなぁ、なんて思いながら扉を開けて私は思わず驚きの声をあげた。
「うわあ。これ、私ひとりじゃ持ってけないわ」
そこに積まれた麻袋からあふれ出す金貨銀貨。
他にも王冠だったりネックレスだったりがあったけど、とりあえず入りようなのはお金だけ。
「ちょっと手伝ってね」
見張りのはずだった男に、私はにっこりと笑って脅迫したのだった。
「おい、ロイドー。船長のあの怒り方、普通じゃなかったぜー?素直に謝った方がいいんじゃねえの?」
ジョーの言葉に、ロイドは黙ったまま返事をしない。
すでに海賊たちは縛り上げていたが、いまだに恐怖心が勝るのか、町の人たちは遠くからこっちを見ていた。
「いや、恐ろしい光景だったのう」
「ここに海賊が居座ってから、町の金は根こそぎ奪われてこれ以上恐ろしいことはないと思っていたが…」
「あの女の銃の腕ときたら恐ろしい…!あいつらも海賊じゃろうか…」
人々がこそこそと噂をしていたところに、何食わぬ顔で戻ってきたのは、ナチ達だった。
「ただいまー」
私はそう言って、肩に背負っていた麻袋をぽいっと放り出す。中からは金貨がじゃらじゃらと出てきた。
リュックは、私が略奪しに行ってる間に、自分で肩の剣を抜いてしまったようだが、そこまで深く刺さっていなかったのか、多少顔色が悪いものの元気だった。
そんなこんなでとりあえず私の腕の力で持って帰れたのは金貨が詰まった麻袋一袋…と、見張りの男にも手伝わせて、他三袋。
「よし。えーっと、あの、町の方々」
遠巻きに見てる人に話しかけると、全員びくっと肩を震わせる。
まぁ、当然か。
その反応を受け流して、私は見張り君が持ってきてくれた麻袋を指し示す。
「この三袋の金貨と引き換えに、食糧を少し分けてもらえませんか?」
私の言葉に、町の人たちがざわめく。
そして、しばらく何事か話し合った後、屈強な男の人が出てきた。
「キミたちは何者かね?」
その言葉に、私はあはは、と笑う。
「出来立てほやほやの海賊です」
「…!な、ならば、物資を渡すことは出来ん!」
その言葉に、私は肩をすくめ、ロイドはふんっと鼻を鳴らした。
「私達は別にこの町に危害を加えようってんじゃないですよ。ただの取引、なんですが」
「す、すまない…、気を悪くされたのなら許してくれ。海賊には今まで散々町を荒らされ…。それに、今、海軍から海賊取締令が出されていて、海賊に援助をしたものは皆縛り首にされてしまうんだ…」
「へぇ…。海賊取締令…。ここに居ついた海賊さえも退治してくれない海軍がよく言うね」
にこりと笑いながら言った私に、男は心底すまなそうな顔をする。
「その海賊たちを捕まえてくれたのには本当に感謝しているんだ。…どうだろう。私達は今から家に帰って全員眠りにつくとしよう。その間、君たちがどんなものを持って行ったとしても私達はみな眠りが深くて気付かないだろう」
その男の言葉に、私はにっと笑う。
「そういうことなら、私達も“たまたま”この金貨三袋を置いていってしまうことにしよう」
そうして、お互いに頷いて私たちは別れた。
もちろん、連れてきた見張り君も縄でしばってから。
とにかくリュックを船に連れて帰らないと。
そして、後程町から航海に必要な食糧をこっそり頂いて、私たちはその島を後にしたのだった。
これが、私の初めての海賊稼業だった。




