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ズドンと子供に囲まれました


「ぐ、ぁああ!!」


「当たっ、た…」


男が突然の痛みに子供を落としてうずくまる。


それに、嬉しさよりも吐き気のこみ上げる中、私は慌てて子供に駆け寄る。


「ガキ!早く逃げるよ!」


男の手から解放されて咳き込む子供の手を引いてそこから逃げようとするが、そんな私の足を男はがっと掴む。


「…のやろお…!逃がすかよ…!」


「っち!しつけえな!」


弾を当てたのは、致命傷にならないよう、かつ子供に当たる危険性の少ない太ももだった。


それぐらいの傷ではこの大男は諦めないらしい。


「姉ちゃん、ちょっと待ってね!」


手を引いていた男の子がそう言うと、指を口にくわえてピューッと鋭い指笛を鳴らした。


何をしているのかは分からなかったが、私はとりあえずこの男を引き剥がすために、中身が空になったピストルで男の頭を殴る。


…が、とにかくこいつの石頭、半端ない。


「くそっ…」


ますます力の強くなる男の腕に、足に痛みが走って顔をしかめたとき



「大丈夫か!?」



遠くから、誰かがこっちへ駆け寄る足音が聞こえた。



男の人の声と、こちらへ駆け寄るばたばたという複数の足音に私は緊張の糸を緩める。


助かった…、とほっと息をついて、足音の方へ目を向けて…


「はっ!?」


私は思わず男のことも忘れてがっくりと膝をつく。


「なんで…ガキしか来ねえんだ…」


ばたばたと駆け寄ってくる人影は、誰もが私と同じか、それ以下のガキどもだった。


大人は何やってんだよ!?


この町の治安はどうなってるんだぁ!


そんなことを心の中で叫んでいたが、次の瞬間、先頭の少年の行動に目を見張る。


肩よりも長い髪をなびかせた一際目つきの鋭い少年が腰の刀を抜いて、後ろの男に斬りかかったのだ。


その攻撃を防ぐために、ようやく私の足から男の手が外れた。


「くっ…!このチビどもめ!懲りずに喧嘩売ってきやがって!」


対する男も腰から短刀を抜いて、その男の子と刀を交える。


その隙に他の子達が、指笛を鳴らした一番小さな男の子を抱え上げて逃げていく。


「あ、待って!お姉ちゃんも一緒に逃げよう!」


言われて、何が何だか分からないまま、私はその子達について走って逃げたのだった。





そして、私達は複雑な裏路地を何度も曲がって、ようやく着いたそこは、寂れた港だった。


港に泊めてある大きな帆船…私の知識に間違いがなければ、確かガレオン船といわれるような昔の船だった。


少なくとも、今のエンジンで動くような近代的なものじゃなくて、帆を張って風で動くレトロタイプだ。



結構、昔の船の模型とか好きだったから思わずじっくりと見惚れていると、足を止めた子供の腕の中から、一番最初に出会ったちびっこい男の子がするりと抜けだして私の服を引っ張る。


「お姉ちゃん、気に入った?この船、おら達の家なんだ」


「船が…?」


首を傾げると、周りのガキ共が顔をしかめる。


「おい、チビ。そんな得体の知れない奴、なんで連れてきたんだよ」


「そうだ。この船は俺達の唯一の宝物なんだぜ」


「っていうか、誰だよ、お前」


一人の言葉に、周りも口々に声をあげる。


いや、そんなこと言われても私は一緒に来いと言われたから来ただけであって、文句を言われる筋合いはないと思うのだが。



「まぁまぁ、皆さん落ち着いて」


そんな中、チビが家だと紹介した船の上から柔らかな声が聞こえた。


「こんにちは、お姉さん。事情はよく分かりませんが、我らのウンディーネ号へようこそ」


上を見上げると、甲板の手すりに肘をついてにっこりと爽やかな笑みを浮かべる綺麗な少年がいた。



って!またガキかよ!



その子は肩まである、柔らかそうな金髪をなびかせて手すりから見事に地面に着地して私の前に来た。


遠くからは分からなかったが、その眼には片方だけの眼鏡…いわゆるモノクルというものをつけていた。



「初めまして」


「はぁ…、どうも」


頭を下げた丁寧な挨拶に、私もお辞儀を返した。


「私は船にいたので事態を把握しかねますが…。チビ、あなたはどうしてこの方をここに連れてきたのですか?」


チビ、と呼ばれた男の子は前歯の欠けた口で大きく笑う。


「おら、この人に助けてもらった!ジャコブに殺されそうになったところをさ!」


その言葉に、周りがざわめく。


「あのジャコブから…?こいつが?」


「いったい、どうやって…」


「だけど、確かに俺達が着いたとき、ジャコブの野郎珍しくうずくまってたなぁ…」


ただ、銃を一発撃っただけの話なのだが、私が口を挟めないくらい少年たちは真剣に話し合っている。


何が何だか分からない、そんな騒ぎの中、ふと金髪の男の子が私の後ろに目をやる。


「おかえりなさい、ロイド。なかなか素敵な恰好ですね」


その言葉に、振り返った私は目を見開く。


それは、もう目が飛び出るくらいに。


ロイドと呼ばれた少年、さっきあの凶悪男に向かって真っ先に剣を抜いた子だったが、何故か汚れた白いシャツに赤黒いシミがべっとりと付いていた。


それが何かは容易に想像が出来たが、何しろその量が大量なのだ。


目をひん剥いて驚いているのは私だけではなかったらしい。


周りのガキ共も慌ててロイドという少年に駆け寄る。


「お、おい…、その血、大丈夫なのか?」


「ジャコブにやられたのか!?」


一斉に取り囲まれた少年はうるさそうにガシガシッと頭を掻いてから首を振る。


「心配ねぇ。これは全部返り血だ」


少年の言葉に、その場が突然静まり返った。



「…ロイド。それでは、ジャコブは…」


一人、駆け寄ることなく冷静に観察していた金髪の少年に向かって、返り血びっしょりの血まみれ少年はにっと笑った。


「とうとう、殺ったぜ」


沈黙の中に転がった短い言葉に、なぜか少年たちは大声で歓声をあげたのだった。




「いやったー!!」


「流石ロイドだ!」


「これで俺達は出航できるぜ!」


口々に歓声をあげながら、少年たちは血まみれの少年に抱きついていく。


「それでは、掟通り、ロイドが船長ということになりますね」


金髪の少年も嬉しそうに笑った。


しかし


「ち、違う…!」


子供特有の甲高い声が、突然その騒ぎを鎮めた。



「どうしたんですか?」


目を細めて首を傾げる金髪少年に、チビは目を大きく見開きながら、私を指さした。


「船長は、このお姉ちゃんだ」


…へ?私?


今まで何の話か分からずに完全に蚊帳の外で傍観していた私に一斉に注目が集まる。


「…どういうことでしょう?」


完全に静まり返った中、チビは一生懸命拳を握りながら言葉を発する。


「おらを、助けてくれたとき…、このお姉ちゃんがジャコブをピストルで撃ったんだ。初めてジャコブから血を流させたのは、このお姉ちゃんだ」


ざわり、とその場の空気が揺れた。


「みんな、掟に従うなら…!船長はこの人だよ!」


チビの言葉に、少年たちが顔を引きつらせる。


「そんな、馬鹿な…」


「俺達がいくら撃っても、傷一つ負わないジャコブだぜ?」


「で、でもよ…、もし本当だったら…」


そんなざわめきの中、大きくはないが、よく通る低めの声が響いた。


「…確かに、ジャコブの奴は左の太ももに傷を負っていた。その傷がなければ、多分今回も俺は勝てなかった」


血まみれの少年が、切れ長の鋭い目で私を射抜いていた。



いや、すいません。


状況が全く分かりません。




「ロイド…」


周りの子達が呆然と呟く。


「さて。これは思ってもいないことになりましたね。こうなってしまった以上、貴女の事情も聞かなくては。遅くなりましたが、自己紹介してもらえますか?」


皆が狼狽して声が出せない中、にこりと笑った金髪くんに、私は曖昧に頷く。


「私も、いろいろ聞きたいことあったし。とりあえず、私の名前は海野波千。年齢は19」


「ウミノ=ナチ?ウミノが名前ですか?」



聞かれて、私は眉をしかめる。


勘付いてはいたけど、やっぱりここは日本じゃない。


私は肩をすくめて言い直した。


「ナチ=ウミノ。私の国では苗字が先だから」


「ほう。そうですか…。ああ、すいません。申しおくれました。私はエマニュエル・オス・リュクリス。年は15です。気軽にエマとお呼びください」


「は、ぁ…」


差し出されたエマさんの手を握って、私はとりあえず先に確認したいことをエマさんに聞いてみることにした。


この人が一番常識人っぽそう。

ついでにこの中で一番年上そう。


「あの、エマさん。ここは、どこですか?」


自分で聞いといてなんなんだけど、随分馬鹿っぽい質問だ。


しかし、それに疑問を持つことなくエマさんは答えてくれる。


「ここはカリブ海の名もなき孤島。まぁ、通称“子捨て島”と言われてますが」


「こ、子捨て島?…というか、カリブ海?」


口元がぴくぴくと引きつる。


あのトラックの運転手、私を海外にまで捨てに来たのかよ!


顔がひきつる私に、エマさんが苦笑する。


「どうやら、貴女も捨てられたみたいですね」


「あなたも…?」


その言葉に首を傾げると、エマさんは実に爽やかな笑顔で周りの子供達を示す。


「私含めて、彼らもみな、親や奉公先に捨てられた子供です。子供を捨てにくる島。だから、“子捨て島”なんですよ」



「は!?」



子を捨てる島…!?

日本じゃ考えられないけど…海外だったらあったりするんだろうか。


いや、待て待て待て!


私は、今自分が思った言葉を反芻する。


“海外だったら”…?


ここがカリブ海だとして…なんで私、彼らと言葉が通じてるんだ!?


なんで、気づかなかったんだろう。


周りの子を見ると、みんな髪の毛の色も肌の色もとても日本人とは思えない子ばかり。


訳が分からなくて、思わず頭を抱えていると、エマさんが苦笑する。


「あなたも私達と同じ立場みたいですし、いったん船の中で落ち着いて話しましょうか。いいですか?」


最後の言葉は、その場にいる他の子供達に向けて言われた言葉だったみたいだ。


「まあ、同じ捨て子なら、なぁ?」


「うん。チビの奴も助けてもらったみたいだし」



そうして、私は彼らの船“ウンディーネ”号に招待されることになったのだった。




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