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あわてんぼうのさんたくろうす

 ギルド構成員とのクリスマスイベントは、それからしばらくして始まった。

 佐鳥さんがゲームにログインした時には、そのギルドの根城はメンバーで溢れかえっていてた。

 ファンタジー系に相応しく、色んな時代や世界をモチーフにしたキャラクターが、色彩豊かな衣裳や装備で城の大ホールを闊歩している。


 佐鳥さんは、絨毯の敷かれた50インチのモニター前に陣取って、ガラスのローテーブル上の無線キーボードでボディランゲージコマンドを打ち込みつつ、音声チャットを楽しんでいる。


 少し離れたダイニングテーブルの椅子に座り、そんな廃人の様子を眺めながら、二本目のチキンの辛さに根を上げ、冷蔵庫のコーラで舌を冷やす俺。さすがハバネロソース。口内での暴君ぶりは伊達じゃねえ。


 ストーカーに迫られるという悲惨なシミュレーションも何百回とした俺としては、この展開は特に不満も無い。それどころか、今日も漫画喫茶で一晩明かすはずだったのだから、それに比べればずいぶんマシだろう。


「おとなしければ、害もないんだけどな」


 俺のつぶやきが聞こえたのか、こちらを振り返るひよこに、ぞんざいに手を振って、なんでもねえ、と示す。佐鳥さんのキャラのステータス画面にさっきの金髪姿が掲載されている。

 中の人を明かすかどうかはプレイヤーの考え方次第で、NOPICTUREの表示ができる事は俺も知っている。


 佐鳥さんはこのギルドでは大物の様だ。

 でかいモニター画面ではひっきりなしに挨拶に来る人々で周りはぎゅうぎゅうに囲まれている。このゲームも大きなギルドは城持ちを目指す。PvP系の多人数対戦ゲームとしては古いほうだと思う。


 まあ、俺がやってた時よりはずいぶんレンダリングが秀麗な感じになったもんだ。ただ、SNS的要素がシステム強化されてからは、ネットだけの関係ですまない場合もあって、その辺が俺の引退理由でもあったけどな。


「そうなの。最近ストーカーに悩まされてるの」


 不意に聞こえた単語に、俺は我に帰る。向こうの声は聞こえないから、この発言は佐鳥さんだ。

 ゲームキャラも金髪の女性なので、それにあわせた口調なのは分かるが、問題はその内容だっての。


「なんか、いつも見られている様な気がして気持ち悪いんだ」


 おいおい。それって自分の事だろうが。俺の興味を引いた事に気づいたのか、小声になって話を続ける真性ストーカー。たまに笑いが混じるのがなんとなく腹が立つ。

 俺は、知らんふりをしようと努めたが、どうしても気になって、ついに佐鳥さんの所へ近寄っていった。


「でも、会社の同僚だし、出来たら上手く付き合いたいんだけど、どうしたらいいのかな?」


 ……ああ、わかったよ。俺の心を読んでるんだな。だが、お前はもう同僚じゃねえからな。金さえもらったら、速攻バイバイだからな。 


 俺はいつの間にか佐鳥さんが被害者になっているこの話題が気に入らなくて、もう一度離れようとした。

 そこへ、ギルドの大物さんはメンバー皆にこう聞いた。


「じゃあ、もしそのストーカーさんが私を傷つけたら、皆はその人をどうするの? コメPLZ」


 そう聞いた直後、文字チャットの画面が凄い速さで埋め尽くされた。どんどんスクロールしていって、一文ずつ読むことなど不可能だ。

 俺もその文字の川が意味する内容を理解した瞬間目をそらしたので、その後結構長いあいだ続いたらしい、俺と思われる人物への大量のコメントは見ていない。


 ただ、網膜に入った単語の例はこんな感じ。


《KILL》《リアルで》《姫には俺達がついてる》


 頼むから、やめてくれ。


 あと、勝ったという表情で俺を見上げる廃人も、その顔ヤメロ!

 俺は後も見ず、急いで部屋から逃げ出した。


 全速力で最寄のバス停まで走り、ちょうど来た駅前行きの便に飛び乗る。

 佐鳥さんには悪いが、パジャマ姿では追ってこられないだろう。退職金は惜しいが、命には代えられん。あれが祭りの席のノリならいいが、あの時の佐鳥さんの後ろで流れる文字の奔流は、俺の生存本能に充分危機感を植えつけてくれた。


 こえーよ。マジこえーよ。


 俺はバスの座席に座り、これからどうすればいいのかと思いながら、目を閉じた。


  ◆ ◆ ◆ 


 気がつくと、TVの画面が目に入った。ヘッドフォンからは朝の芸能ニュースが聞こえてくる。

 どうも、ネットカフェでTVを見ながら寝てしまったらしい。


「ああ、へんな夢を見た」


 俺は大きく背伸びをしてからだをほぐす。あちこちの骨がポキポキと音をたてている。リクライングチェアでもベッドに比べれば、眠りにくいよな。


 俺は漫画を書棚に返すと、席をたち精算のために、受付カウンターへと向かう。

 精算のシートを出すと、綺麗な店員がレジを打ってくれる。夢にでてきた人によく似ている。ただ、夢とは違って、あんなに図々しくは無い。お釣りを渡す時も、はにかむような可愛い笑顔だ。


 ああ、こんな店員さんと仲良くなりたくてあんな変な夢をみたのか。


 そんな思いがばれないように極めて事務的に対応しながらも、俺は朝からいいものを見たと、ちょっとお得な気分で店をでた。


 街はすでに活動を始めていた。年末進行で家に戻れず、漫画喫茶に泊り込みの日々ももうすぐ終わる。

 今日はクリスマスイブだ。まあ、恋人も居ない俺はやる事もないし、納期の迫った仕事をしてしまうだろうが。それでも週末は家に帰って風呂にはいりたいもんだな。


「あのう……」


 まあ、あの社長の使い方じゃ、その内皆ダウンするかもなあ。


「ちょっといいですか?」


 その場合は、社長自身にがんばってもらうしかないけどな。


「熊原先輩!」


 ……他人の振りして現実逃避しても俺だよね。


 苦い顔をしているに違いない俺が嫌々後ろを見ると、そこには、さっきのネットカフェの制服を着た佐鳥さんが立っていた。








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