きよしこのよる
名誉大佐の店でクリスマス用チキンパックを買い、地元のケーキ屋でホールサイズを買った佐鳥さんは、さっきの買い物も含め、何もかもを自分で持とうとしてふらついている。
自分で持つと言ってきかないのだ。
街はそろそろ夕方で、暗くなるほど電飾が映えて美しい。俺と佐鳥さんは交渉の結果、一足早く一緒にクリスマスパーティをする事で妥協したのだった。
「かせって」
見かねた俺が再び荷物へ手を出すと、なんとまたもや断ってきやがった。
「私がご招待するのに、お客様にはそんなご迷惑はかけられません」
「ほほう。今までの俺にかけ続けてきたご迷惑はどうなんだ?」
げんなりしながら過去の所業についてチクリと突くが、今の佐鳥さんには全く通じない。やっぱりこれは私の役目ですし、と溢れそうな紙袋を抱きかかえる。
「なあ、アパートじゃなく、どこかのファミレスで食事ってことじゃだめか?」
俺はあの魔窟に再び行くのが嫌で、再交渉を試みる。それに対する返事はこうだ。
「今日のイブイブナイトは、ギルメン達とめりくり祭りの予定だったんです。だから、部屋じゃないとボイチャとか色々困るんで」
あーそう。オンラインゲーム上でのクリスマスイベントはもはや常識だが、こいつのはまり方は俺からみても半端ない。きっとギルドメンバーと音声チャットを楽しんで、レアアイテムのプレゼントとかするんだろう。
「忙しいなら、別に無理にパーティしなくてもいいんだけど」
佐鳥さんのネトゲライフの充実に水を差したくない、というか関わりたくないので、俺がそう告げると、ネトゲで殲滅皇女の冠を戴く廃ゲーマーは「気を使ってもらいありがとうございます」と嬉しそうに笑う。
「では明日のイブに二人きりで。高級レストランとホテルの予約を」
その上すかざすスマートフォンをいじり検索し始めた。
やべえ。こいつに思い付きの交渉は自殺行為だって忘れてた。退職金を手にいれるまではとにかく耐えねえーと。ばっくれるのはそれからだ。
俺は焦りまくって再訂正する。
「やっぱり今夜ギルドの皆とクリスマスを祝おう! うんうん」
俺は無理やり荷物を半分奪い取り、先に立って歩き出した。これ以上変な要望だされるぐらいなら、ネトゲに浸かる相手を横目に眺めながらハバネロのチキンをかじってる方がマシだ。
要するにネトゲは猫にとっての猫じゃらしだからな。ストーカーがこっちに意識を集中してきたら怖すぎる。
斜め後ろを歩く佐鳥さんが、先輩ってば照れ屋さん。とか指で口元を押さえながらほざいているが、もちろん聞こえやしないぜ。
◆ ◆ ◆
佐鳥さんのアパートは2LDKなので、実際にはマンションといってもいいのかもしれない。
本人がアパートと言うので、俺もそれを訂正する気なんてないだけだ。
帰るなり玄関の上がり口に荷物を置いて、シャワー浴びるといってバスルームに飛び込んだ佐鳥さんを、俺はほっといて居間へ入る。
6階の高さにあるこの部屋は、窓からの景色は悪くない。もともと山の傾斜地に建てたので、実際の高低差は下の道路と比較すれば10階ぐらいになる。夜の夜景というほどの煌びやかさは、住宅地にはありはしないが。
俺は窓を開けて、部屋のどこかこもった空気を冬の澄んだものと入れかえる。そして見たくは無かったが、あらためて部屋の方を振り返った。
「変わってねえ」
以前見舞いに来た時同様、脱ぎ散らかした服がソファに重なり、床に広げられたままの何十冊もの雑誌で足の踏み場も無い。
俺はコートを脱ぐと椅子に掛け、ダイニングテーブルの上に買ってきたチキンセットを避難させた。
ため息をつきながら雑誌を拾い始め、まとめて部屋の本棚へと立てていく。その後は服をたたんでソファに置きなおした。
何故か台所にあった掃除機で簡単に部屋のホコリを吸い取ると、キッチンのシンクに置かれたままの食器類を洗っていく。
俺が大雑把ながら部屋の片付けを済ました頃、ようやく佐鳥さんはバスルームから出てきた。
可愛い花柄のひよこ模様のパジャマを着てバスタオルで髪をぬぐっている。部屋の変わりように気づいたのだろう、目を見開いて立ち止まった。
「先輩……」
まあ、感謝の言葉ぐらいはもらっても当然だろうな。俺が手を上げて、気にスンナ、と言いかけるのをさえぎってひよこが叫ぶ。
「読みかけの雑誌ばかりだったのにっ」
俺は笑いながら迷うことなく頭上に拳を落した。
入れ替わりにトイレを借りた俺が部屋に戻ると、風呂上りにも関わらずメイク完了、まつ毛もエクステで長い佐鳥さんは、髪をドライヤーで乾かしながら時間を気にしている。オンラインゲームの祭りの時間が近づいているらしい。
「先輩も久しぶりにどうですか? 昔はこのネトゲやってたんでしょう?」
ひよこ廃人め、うるさいよ。コイツが入社した時、ネトゲネタにあっさり付いてきた事で看破されて以来、ことあるごとに復帰を勧めてくるのも、俺が佐鳥さんを苦手な理由だ。飽きたモノを食えと言われるのが苦痛な事だと、飽きてないヤツは気づかないんだよな。
「もう引退したんだよ」
俺のすげない返事はスルーして、乾いた髪をまとめ、その上から金髪のウイッグをかぶりだした。長く縦ロールまでついたこのカツラ姿に、パジャマの上からピンクのカーディガンを羽織ると、準備完了とばかりPCについた小型カメラで自分の顔を撮り、ボイチャのヘッドフォンを装着する。
「今夜はカメラは静止画にします。先輩が映っちゃうとアレなんで」
ただ、ボイチャで音入らない様に、先輩も声は控えてください、とお願いされる。
俺にとっては願ったり叶ったりだ。これなら佐鳥さんがネトゲ中は、会話の必要がない。ただ端っこで鶏の足を食べてればいいんだからな。ギルドメンバー万歳だぜ。