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そりすべり

「それで先輩はどうされるんですか?」


「まあ、再就職先を探さないとね」


 俺はそこで気づいた。このチャンスにこのストーカーと離れるんだ!実家から追い出されて、今は漫喫暮らしの俺なら、会社という接点が無ければこれ以上追いかけてこれないはずだ。

 ヒーハー!やったぜ!社長良くやった!腹は立つが許してやってもいい気分になってきた。


「大丈夫です。私がRMTで食べさせてあげます」


 内心テンションの上がった俺を冬の滝つぼに落とし込む様に、佐鳥さんは熱のこもった声でささやく。 確かに佐鳥さんは、ゲームアイテムを現実のお金で売買するRMTの裏世界ではそれなりの存在らしい。レアアイテムで月200万の稼ぎだそうだ。警察に捕まんないのかと聞いたら、ニヤニヤ笑うので怖くてこれ以上は聞けなかったが。


「その代わり、内助の功をお願いしますね」


 おい!勝手に話進めるなっての。ぜってえ嫌だ。なんで俺が料理、洗濯、掃除なんてしなくちゃならねーんだよ。


「私が風邪で寝込んだ時、アパートに来てご飯作ってくれたじゃないですか。料理スキルカンストしたキャラ並みに美味しかったな」


 つきたての餅のような肌と、桃のような薄紅色の頬に手を当て俺をお褒めを頂く誰かさん。虐殺スキルを上限までカウント・ストップ、超暴虐キャラを操ってるんだと自慢してたな。


 くっそ。あれは社内デスマーチ進行中にシステムエンジニアではエースのお前が倒れて、仕事の納期がマジヤバになったから早く回復させろという社長命令で元気付けに行っただけだ。

 そこで見た廃ゲーマーの余りに酷い部屋の惨状に、ちょっと同情して飯を作っただけだ。それ以来餌付けされた狼みたいに近寄って来やがって。こええっての。


「いや、ちゃんと仕事探すつもりだよ」


 きっぱり言い切る俺に、佐鳥さんは残念そうに手を下ろす。

 ネイルアートもしてない透明のマニュキュアを透過した桜色の貝がらが十枚。なんでこんなに爪整ってるんだか。


「そういうわけで帰るから」


 永遠にサヨウナラ、と内心で挨拶しながらさっさと立ち上がった俺に、向かいのソファへ腰掛たまま、佐鳥さんは聞き捨てならんつぶやきをもらす。


「残念です。熊原先輩にも退職金を渡そうかと思っていたんですが」


「……あいつらが銀行口座からここの金庫までさらっていったんじゃないのか?」


 一応声を潜めつつ話す俺の怪訝な顔がおかしかったのか、グロスに艶めく唇が笑みを形作った。


「内緒ですけど、聞きたいですか?」


 俺はストーカーの交渉術にはまるのが悔しいので黙っている。相手も沈黙のまま可愛い膝の上で手の平をぽんぽんと交互に叩いてリズムを取っている。

 その間隔は多分きっちり一秒だ。クイズ番組の残り時間ぽく焦燥感をつのらせる音に、俺は十三回目で降参した。


「ああ」


 心から嫌そうな俺の返事にもかかわらず、佐鳥さんは、嬉しそうに腰を上げて手招きをする。もっと近くに来いという事か。やなこった。

 ストーカーに接近する馬鹿はいないだろーが。こら、両手で招くな。


「そこで話せよ」


「やです」


 俺の言葉を無視して、二人を隔てるテーブルにすらりとした両脚を乗せて立つ。


「まて、普通障害物を回り込むだろ」


 俺がチートっぽい行動を批判すると、両手を腰にあげて踏ん反り返りやがった。


「攻撃型戦士でも、レベルが高ければ地形効果の影響は軽減できるのです」


「何のレベルだよ」


「A&Iです」


「Ability(能 力)とIntelligence(知 識)か?」


「またまた。先輩たら」


 笑み深くハートを左胸の前で形作る自称?愛の戦士。それなら俺は、退職金という楔で処刑場の階段に打ち付けられた哀の囚人だぜ。


 そして俺の金銭事情に生殺与奪の権利を握った戦士は、腰の手を横に広げ体をひねると、竹とんぼように螺旋回転で長椅子の座面に向けて跳んだ。

 佐鳥さんはぐるぐるまわりながら上昇し、その直後墜落。それはただでさえ古く壊れかけの椅子には致命的だったらしい。


 錆びたスプリングにトドメの一撃を食らわせ、怪鳥は五輪体操競技で金メダルの日本代表並みに、ぴったりとした姿勢で着地した。

 俺のすぐ隣に。五センチぐらいの距離に。ふわりと上がった髪がもとにもどる途中、俺の肩をなでる。


 床の上の俺と椅子の佐鳥さんは元々身長差が結構あるので、俺は普段ストーカーの熱視線を軽くスルー出来る。

 だが今回は視線が一瞬だけ釣り合ってしまった。

 黒目が大きく、すこしハシバミ色の混ざった瞳力(めぢから)は、刹那の交錯でも物理的圧力を感じさせる。


 うざうざ。ああ、本気でうざあ。








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