# 第2話 王宮にて
眩しい。
かか志が最初に感じたのは、それだった。
「……?」
目を閉じているのに、瞼越しでも分かるほどの光がある。先ほどまで身体を包んでいた、どこかへ引っ張られるような感覚は消えていた。代わりに、足の裏へ硬い感触が戻っている。
恐る恐る目を開けると、そこは広い部屋だった。見上げるほど高い天井。壁には大きな旗が掛けられ、足元には複雑な模様が描かれている。そして、その周囲を何十人もの人間が取り囲んでいた。
正面には豪華な服を着た老人。その隣には眼鏡を掛けた細身の男。さらに周囲にはローブ姿の者や、腰に剣を下げた騎士たちがいる。
全員が、かか志を見ていた。
「……召喚、成功……?」
誰かの呟きが聞こえた。
神から聞いた話が本当なら、ここが異世界なのだろう。そして、この人たちが自分を召喚した王国の人間。そこまでは分かる。
「あの……ここ、どこです?」
声を掛けると、視線が一斉に集まった。だが、誰も答えない。
代わりに、眼鏡を掛けた男がかか志を見たまま口を開いた。
「……鑑定を」
「承知しました、セバスチャン様」
一人の宮廷魔術師が前へ出て、一枚の紙を差し出してくる。
「こちらに触れてください」
「……これに?」
「はい」
何の説明もないまま言われてもよく分からないが、拒む理由もない。かか志が紙に触れると、何も書かれていなかった表面に数字が浮かび上がった。
それを見た魔術師の動きが止まる。
「……どうした?」
正面の老人が怪訝そうに尋ねた。
魔術師は答えない。紙を目の前まで持ち上げ、何度か確かめたあと、ようやく顔を上げる。
「陛下……鑑定結果が」
「申せ」
「……レベル、1000です」
室内が静まり返った。老人――国王も、すぐには何も言わなかった。
「……もう一度、確認しろ」
「しております」
「ならば、もう一度だ」
「……はい」
魔術師が再び紙へ目を落とし、やがて諦めたように顔を上げた。
「間違いありません。1000です」
今度は抑えきれなかったのか、周囲にざわめきが広がった。騎士たちは互いに顔を見合わせ、ローブ姿の者たちは鑑定紙を覗き込もうとしている。
「陛下」
セバスチャンが声を落とす。
「分かっている」
「しかし――」
「分かっている、セバス。今は騒ぐな」
短く言って、国王はかか志へ視線を戻した。
何が起きているのか分からないまま見ていたかか志は、さすがに気になって口を挟む。
「あの……レベルって、そんなにまずいんですか?」
「まずい、というより……」
セバスチャン――国王がセバスと呼んだ男が、言葉を選ぶように一度止まった。
「あなたは、ご自身のレベルをご存じなかったのですか?」
「1000っていう数字だけは召喚されるときに知りました。でも、それが高いのか低いのかは全然」
「では、ご自身が何をできるのかも分からない?」
「分からないですね」
「……何も?」
「何も」
即答すると、セバスの眉間にわずかに皺が寄った。かか志も自分の身体を見下ろす。レベル1000と言われても、見た目は昨日までと何も変わらない。身体が軽くなったわけでもなければ、力が湧いてくるような感覚もなかった。
「俺も、何か変わったのかなとは思ったんですけどね。特に何もないんですよ」
「剣術などは?」
「できません」
「魔法は?」
「使い方を知りません」
「……なるほど」
口ではそう言ったものの、セバスの顔はまったく納得していない。
「これ……俺、普通のままですよね?」
「少なくとも、見た限りでは」
「ですよね」
かか志は少し考えた。神から聞いた話では、自分は戦争のために召喚されたらしい。目の前の人たちがレベル1000という数字にここまで驚いているなら、当然そこを期待されているのだろう。
「ちなみに、これだけレベルが高かったら……魔王とか倒せるんですか?」
誰も答えなかった。その沈黙で、かか志は少し嫌な予感がした。
「先に言っておきますけど、俺、戦ったことないですよ。剣も使えないし、魔法も使えない。昨日まで普通に会社で働いてた会社員です」
国王がわずかに眉を寄せる。
「……戦う術を、何一つ持たぬと?」
「少なくとも、自分が知ってる範囲では」
「レベル1000でありながら?」
「そこは俺に言われても……」
かか志も困る。1000にしたのは自分ではない。
「なので、魔王を倒せと言われても……たぶん無理です」
しばしの沈黙のあと、国王がセバスを見る。
「セバス」
「はい」
「どう見る」
セバスはすぐには答えなかった。かか志を見て、鑑定紙を見て、最後に国王へ視線を戻す。
「判断材料が足りません。レベルが1000であること以外、我々はこの方について何も知らない」
「本人も知らぬようだが」
「それが一番困っております」
「……そうだな」
国王は重く息を吐いた。どうやら向こうも相当に困っているらしい。
「……一つ、聞いていいですか?」
「申してみよ」
「俺、帰れないんですよね?」
今度は国王が答えなかった。わずかな間のあと、セバスが口を開く。
「……現状では」
「ですよね」
神から聞いた話と同じだった。だったら、ここでレベル1000について話し続けても仕方がない。自分にも分からないものを聞かれても答えようがないし、帰れないのなら、とりあえず今日からここで生きていくしかない。
そう考えたところで、急に現実的な問題が頭に浮かんだ。
「あの、とりあえず……寝るところだけ、何とかなりませんか?」
国王が目を瞬いた。
「……寝るところ?」
「はい。俺、こっちに家ないので」
「…………」
今までとは違う沈黙が落ちた。やがて国王が額へ手を当て、小さく息を吐く。
「……そうであったな。セバス」
「はい」
「部屋を用意しろ。客人として扱う」
「承知しました」
セバスが頭を下げる。国王は改めてかか志へ向き直った。
「異世界より来た者よ。突然このような場へ呼び出され、そなた自身も混乱していることだろう。まずは王宮で休むがよい」
「あ、はい。ありがとうございます」
「必要なものがあれば、セバスに申し付けよ。可能な限り用意させる」
「分かりました」
ひとまず、いきなり戦場へ連れていかれることはなさそうだ。それだけでも、かか志には十分だった。
王宮の者たちは、まだ落ち着かない様子でこちらを見ている。その理由がレベル1000にあることくらいは、さすがに分かる。
「……レベルが高いだけなんだけどな」
自分の手を見ても、昨日までと何も変わっていない。その数字を、この世界の人間がどれほど異常なものとして見ているのか、かか志にはまだ分かっていなかった。
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