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レベルが支配する異世界夢想  作者: 土瓶蒸しの謎


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# 第19話 無双


 そこでギルは、ふと何かに気づいたようにかか志を見る。


「……いや、待てよ」


「どうしました?」


「山田野。お前の場合は今までの連中とは違うな」


「違う?」


「ああ。普通、高レベルになるような奴は、それだけの経験を積んでる。だから当然、実力も伴ってる」


 ギルは少し考えながら続ける。


「だがお前は違う。別世界から召喚されて、いきなりLV:1000になった。話を聞く限り、戦闘経験がないということは、戦い方はほとんど知らないってことだよな」


「……そうですね」


「つまりお前は――レベルに見合った実力を持っていない」


「……最初からそう言ってるんですけどね。その通りです」


「……であれば」


 ギルは少し考え込んだあと、かか志を見た。


「このままだと、お前いつか死ぬぞ」


「ふぁっ!!!」


 あまりにも突然の言葉に、かか志は思わず声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってください。なんでいきなりそうなるんですか!」


「山田野……は、分かるわけないか。ヨル、お前はおかしいと思わなかったのか?」


「何がでしょう?」


「草原だよ。あれだけ薬草を採ってきたってことは、それなりに歩き回ったんだろ?」


「そうですね」


「……出なかったんだろ? 何も」


 ヨルは少し考え込み、やがて何かに気づいたように表情を変えた。


「言われてみれば……明らかにおかしいですね。ゴブリン一匹出てきませんでした」


「え? でも、あそこって初心者向けの草原ですよね?」


「初心者向けだからって、魔物がいないわけじゃねえよ」


 テンパール草原にもゴブリンなどの弱い魔物は普通に生息しているという。比較的安全だから初心者向けなのであって、魔物と遭遇しない場所というわけではない。


 それなのに、かか志は何度も足を運び、一度もそうした魔物に出会っていなかった。


「さっきのレベル差理論が正しいなら、そいつらはお前に近づく前に逃げてるのかもしれん」


「……それって、むしろ安全なんじゃ?」


「今のお前には逆だ。お前は戦い方を知らない。だったら普通は訓練して、それから弱い魔物を相手に実戦経験を積んでいく」


 そこまで言われて、かか志にもようやく話が見えてきた。


「……その弱い魔物が、俺から逃げる?」


「そういうことだ。下手するとお前、冒険者なのに実戦経験を積めないぞ」


「……それ、かなり困るんですけど」


 戦えないなら練習すればいい。かか志も漠然とそう考えていた。


 剣の振り方や身体の動かし方を教わることはできるだろう。しかし、実際に動く魔物を相手にする経験となれば話は別だ。その相手が最初から逃げてしまうのでは、経験の積みようがない。


 しばらく考えたところで、かか志は別の可能性を思いついた。


「じゃあ……護衛依頼とかはどうなんです? 魔物が俺を避けるなら、むしろ向いてるんじゃないですか?」


 ギルが黙り、ヨルも考えるように視線を落とした。


「……理屈だけなら、そうなるな。レベル差の影響が護衛中にも働くなら、お前がいるだけで魔物や盗賊が襲ってこなくなる可能性はある」


「おお」


 戦えないのなら、戦わずに済む仕事をすればいい。しかも、ただそこにいるだけで襲われなくなるのなら、護衛としてはかなり優秀なのではないだろうか。


「それなら護衛依頼を――」


「待て」


 早速見つかった解決策は、ギルによって止められた。


「その依頼、ギルドは何を根拠にお前へ回すんだ? 戦闘経験なし、護衛経験なし、実際の戦闘能力も不明。それで依頼人に『こいつがいれば襲われないので大丈夫です』って説明するのか?」


「……駄目ですかね?」


「その理由をどう説明するんだ?」


「あ」


 今ここで話している内容自体、他言しないという前提だった。


 しかもレベル差理論はまだ仮説であり、本当に護衛対象にまで効果が及ぶのかも分からない。仮に期待通りの結果が出るとしても、その理由を明かせない以上、ギルドとして依頼人に保証することも難しい。


「……向いてるかもしれないのに、受けられない」


「面倒な奴だな、お前」


「俺のせいですか?」


「だいたいLV:1000のせいだ」


「それは俺のせいじゃないですよ」


 思わぬところで護衛という選択肢まで怪しくなってしまった。


「となると……今まで通り、採取依頼ですかね」


「まあ、今のお前が一人でやるなら、それが一番無難だろうな。ただし、高額な依頼になると話は別だぞ」


「え?」


「簡単に採れる場所にある物なら、高い金を払って冒険者に頼む必要がないだろ」


「ああ……」


 言われてみれば当然だった。


 希少な薬草や素材ほど、深い森や山岳地帯など、人が簡単には入れない場所にあることが多い。そこでは魔物への対処だけでなく、目的地まで辿り着き、必要なら野営をして、無事に帰ってくるための知識や経験も必要になる。


「野営の経験は?」


「ないですね。山歩きも学校行事くらいです」


「……森の中で道に迷ったら?」


「スマホなら何とかなるんですけど」


「すまほ?」


「……なんでもないです」


 かか志が答えるたび、ギルの表情が険しくなっていく。


 魔物が避けてくれるとしても、山で足を滑らせれば普通に怪我をするし、森で迷えば帰れなくなる。野営の知識もなければ、食料や水をどう確保するのかも分からない。


 LV:1000だからといって、方角が分かるようになるわけではないのだ。


「お前、龍燐草の依頼よく達成できたな」


「チェッペリンさんの家まで道がありましたからね」


「あれを普通の採取依頼の基準にするな」


「……ですよね」


 今になって考えると、あの依頼はかなり特殊だった。


 依頼主の屋敷まで道を歩き、庭で目的の草を一本採っただけで100万G。あれほど親切な高額採取依頼が、そう何度もあるとは思えない。


 戦闘系の依頼を受けるには経験が足りない。しかし、その経験を積もうにも弱い魔物が相手をしてくれない。護衛は向いている可能性こそあるものの、その根拠を表に出すことができず、高難度の採取依頼には戦闘とは別の知識や技術が必要になる。


 話せば話すほど、できることが増えるどころか減っている気がする。


「……なあ、山田野」


「はい」


「死ぬってのは少し大げさに言ったが、このままじゃ冒険者として大成するのは難しいぞ」


「……」


(別に大成するつもりもないんだけどなぁ……せめて生活費が稼げるくらいでいいんだけど)


 LV:1000。


 この世界では誰もが驚く、とんでもない数字。


 王宮を出て宿を借り、冒険者として依頼を受け、自分の金で生活するところまでは何とか辿り着いた。ようやく普通に暮らしていけそうだと思っていたのだが、どうやらその「普通」が思っていたより難しいらしい。


「なんとかこう……方法とかないですか? 例えば薬とかで、パァッと身体能力が上がるとか」


「そんな都合のいいもんはない。……いや、なくなったと言うべきか」


「というと?」


「昔、身体能力を一時的に向上させるポーションが研究されたことはある。効果自体はあったらしい」


「あるんじゃないですか」


「最後まで聞け。今は禁止されてる。危険薬物扱いだ」


「なんでです? 便利そうなのに」


「本当にそう思うか?」


 ギルは少し考えてから、かか志を見る。


「例えば脚力が……そうだな、十倍……いや、五倍くらいになったらどうなると思う?」


「足が速くなる?」


「ならいいけどな。身体を動かす力だけが急に強くなって、それまでと同じ感覚で動いたらどうなる?」


「……あ」


 なんとなく嫌な予感がしてきた。


「研究してた連中も、当然そこは考えたらしい。それで人に使う前に、まず動物で試した」


 身体能力を向上させる効果そのものは、実験でもはっきり確認されたという。走る速度や跳ぶ力は目に見えて上がり、当初の目的だけを見れば研究は成功していた。


 問題が起きたのは、その後だった。


「最初は明らかに速くなったし、跳ぶ力も強くなった。だが、しばらくするとまともに動けなくなる個体が出始めた」


「動けなくなる?」


「ああ。薬の効果が切れたわけじゃない。むしろ力そのものは強くなったままだ。だが、その強くなった力に身体が耐えられなかったらしい」


 走れば脚を痛め、跳べば着地で身体を壊す。薬によって引き上げられた力を使えば使うほど身体を傷め、無理に動き続けた個体は、薬の効果が残っているにもかかわらず、最後には立つことすらできなくなったという。


「身体を強くするための薬なのに、その強くなった力で自分の身体を壊すんだ。研究してた連中が危惧していたことが、動物実験でそのまま確認されたわけだな」


「……怖っ」


「人間で同じことを試す必要はないってことで研究は中止。今じゃ危険薬物扱いだ。少なくとも、冒険者が手軽に強くなるために使えるような代物じゃない」


「なるほど……」


 薬で無理やり身体能力を引き上げ、その負荷に身体が耐えられなくなる。


(あー、ドーピングのもっとヤバいやつね)


 かか志にも、それが危険薬物扱いされている理由はよく分かった。


「……薬も駄目かぁ」


「身体だけ強くすりゃいいってほど、簡単じゃねえんだよ」


 ギルの言葉に、かか志は椅子の背へ身体を預けた。


 LV:1000。


 数字だけを見れば、どう考えても無双できそうなレベルである。


 ところが実際には、戦い方を知らない。


 ならば弱い魔物を相手に経験を積もうとしても、その弱い魔物が近寄ってこない。


 戦わなくても済む護衛なら向いているかもしれないが、それを保証するためには公にできない事情を説明する必要がある。


 採取ならできると思えば、高額な依頼ほど今度は野外で生きるための知識や経験が求められる。


 そして最後に思いついた、薬で手っ取り早く身体能力を上げる方法まで危険薬物として禁止されていた。


 どうやらLV:1000という数字は、かか志が思っていた以上に便利で――思っていた以上に不便らしい。


「……無双って、難しいんですね」


「何の話だ?」


「いえ、こっちの話です」


 少なくとも、薬を飲んで明日から最強、というわけにはいかないようだった。


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