# プロローグ
### はじめに
本作は、作者にとって初めての投稿作品です。
文章や構成など、まだまだ粗い部分があるかと思いますが、今回は自分自身の試験的な作品として、いろいろと試しながら書いていこうと思っています。
温かい目で読んでいただければ幸いです。
日付が変わった頃。
誰もいなくなったオフィスで、山田野かか志は最後のキーを叩いた。
「……終わった。帰れる。たぶん」
画面に表示された資料へ目を通す。誤字はない。数字にも問題はない。念のためもう一度確認してから保存し、ファイルを閉じる。そこでようやく、帰れるという実感が湧いてきた。
定時を過ぎてから何時間経ったのかは、もう考えたくもない。
始まりは、夕方に上司から言われた一言だった。
『これ、ちょっとだけお願いできる?』
その「ちょっとだけ」が資料の修正で、それが終われば今度は別の資料。次はデータの集計を頼まれ、集計した数字には確認が入り、確認した数字には修正が入る。その資料について別の人間から問い合わせまで来た。その間にも、メールだけは順調に増えていった。
「……ちょっとって、なんだっけな」
今日だけで意味が分からなくなった言葉を呟きながら、かか志はパソコンの電源を落とした。
誰もいないフロアを後にしてビルを出ると、外の夜気が火照った顔に少し冷たい。
「寒……っていうか、今何時だよ」
確認するまでもない気がして、結局時計は見なかった。
こんな時間になると、街は昼間とはずいぶん違って見える。営業を終えた店のシャッターが並び、信号だけが律儀に点滅を繰り返している。道路を走る車もほとんどない。
そんな中で、コンビニだけが妙に明るかった。かか志はその明かりに吸い寄せられるように店へ入り、飲み物と簡単な食事を買った。
レジを済ませ、袋をぶら下げて再び歩き始める。
交差点に差しかかったところで、大型トラックが曲がってきた。ヘッドライトが歩道にいたかか志を一瞬だけ照らす。
「うおっ」
反射的に足を止める。大きな車体が目の前を横切り、そのまま何事もなく夜の街へ消えていった。
「……びっくりした。勘弁してくれよ、もう」
心臓が少し早くなっている。ただでさえ疲れているのに、余計なところで体力を使った気がする。
「帰って寝よ……」
かか志はコンビニの袋を持ち直すと、再び自宅へ向かって歩き始めた。
◇
帰宅したのは、三時を少し過ぎた頃だった。
靴を脱いで鞄を置き、シャワーを浴びる。それから買ってきたもので適当に食事を済ませた。冷蔵庫の中身を確認して何か作ろうという気力は、さすがに残っていない。
「明日……じゃなくて今日か」
時計を見ると、すでに三時半を回っている。
「……まあ、どっちでもいいか。寝よう」
そう決めて立ち上がったところで、会社で作った資料のことを思い出した。提出前に、一度確認しておこうと思っていた。
別に今やらなければならないわけではない。会社へ行ってから確認してもいい。それでも、一度思い出してしまうとどうにも気になる。
「…………」
しばらく考える。ここで寝ればいい。どう考えても、それが正しい。
「……確認だけしとくか」
結局、パソコンの電源を入れた。
「確認だけ。確認したら寝る。絶対寝る」
誰に言い訳しているのか、自分でもよく分からない。
必要なファイルを開き、修正した箇所を上から確認していく。いくつか数字を追ったところで、ふと画面が止まった。
「……おい」
マウスを動かしてみるが反応しない。キーボードを叩いてみても、やはり何も起こらなかった。
「いやいやいや……」
もう一度マウスを動かす。やはり動かない。
「確認くらいさせろよ……」
かか志は椅子の背もたれに体を預け、小さく息を吐いた。今日一日の最後にまで、パソコンの機嫌を取るつもりはない。
もう一度だけキーを叩き、それでも反応がないことを確認する。少し待ってみたが、画面は止まったままだった。
「……もういい。知らん」
諦めて、電源ボタンへ手を伸ばす。
強制終了。
しばらくしてパソコンの電源が落ち、動かなくなっていた画面も暗くなった。
「よし。寝る。今度こそ寝る」
モニターの光が消えたことで、部屋の中も一気に暗くなる。
その一瞬。
壁際から差すわずかな光の中で、床に円形の模様が浮かんだように見えた。
「……ん?」
かか志は目を凝らした。だが、そこにあるのは見慣れた床だけだった。模様らしいものなど、どこにもない。
「……疲れてんのかな」
少し考えて、自分で頷く。
「まあ、疲れてるな」
この時間まで仕事をしていたのだから、見間違いくらいしても不思議ではない。もう一度床を見たところで、何かがあるわけでもない。
「寝よ」
かか志はそれ以上気にすることなく照明を消し、ベッドへ入った。今日はもう、何も考えたくなかった。
目を閉じる。
長い一日だった。疲れていたこともあって、眠りに落ちるまで時間はかからなかった。
そして翌朝。
山田野かか志の姿は、部屋から消えていた。
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