第四話「戦闘形態」
変形は、三秒で終わった。
音がした。金属が軋む音。展開する音。固定される音。
モニターの映像が変わった。さっきまで見えていなかった腕が、両側に展開されていた。脚部が折り畳まれて推進器に変わっていた。背中に何かが開いた。
「……でかくなった?」
『全長が変わったわけではありません。形が変わりました』
「なんか、強そう」
『強いです』
ケンジが計器を見ながら言った。
「出力が三倍になってる」
「三倍!?」
「さっきまでと別の機体みたいだ」
『別の機体ではありません。同じ機体です。ただ——』
マリアが少し間を置いた。
『本気を出しています』
アイコはモニターを見た。十七の光点は、まだこちらに気づいていない。でもじわじわと包囲網が狭まっている。時間がない。
「マリアさん、武装は」
『右腕に実体剣。左腕に収束圧力砲。背部に短距離誘導弾、八発』
「使い方は」
『感覚で分かります』
「さっきもそれ言ってたけど——」
アイコは試しに右腕を動かした。操縦桿を少し右に傾ける。モニターの中で巨大な腕が動いた。指先まで、自分の手みたいに動いた。
「——ほんとだ」
『信じてもらえましたか』
「信じるしかないじゃないの」
アイコは深呼吸した。
十四年間生きてきて、こんな状況になるとは思っていなかった。朝に寝坊して、曲がり角でさえない男子にぶつかって、気づいたら海底で巨大ロボットに乗って戦おうとしている。
人生、何があるか分からない。
「ケンジ」
「何」
「怖い?」
「怖い」
「逃げてもいいよ。でも逃げ場ないけど」
「分かってる。やる」
「何ができるの」
「計器の読み方なら、たぶん」
「たぶんって何よ」
「理系だから」
「それだけ?」
「あと——」
ケンジが副席のパネルを操作した。モニターに十七機の位置と移動ベクトルが表示された。包囲網の隙間。最短ルート。全部数字で。
「こっちから抜けると、最初の三機だけ相手にすれば東に出られる」
アイコはその画面を見た。
「……やるじゃん」
「理系だから」
「それだけ言ってなさい」
アイコは操縦桿を握った。
「マリアさん、行くよ」
『はい』
「お母さんに会いに行く」
『はい』
「帰ってきたら説明してもらうから。全部」
『全部、話します』
「約束ね」
『約束します』
推進器が唸った。
機体が砂煙を巻き上げて動いた。
ケンジが叫んだ。
「二時方向、一機気づいた!来る!」
「見えてる!」
索敵艇が光線を放った。アイコは操縦桿を捻った。光線が左をかすめた。右腕を振った。実体剣が索敵艇を両断した。
「——当たった!」
「まぐれでしょ」
「まぐれじゃない!感覚だから!」
「それが一番怖い!」
二機目が正面から来た。アイコは左腕を向けた。収束圧力砲。トリガーを引いた。
青白い光が走った。
索敵艇が爆発した。
「すごい」
「すごい!」
「落ち着いて」マリアの声が割って入った。「三機目、真上です」
アイコは上を向いた。真上から急降下してくる索敵艇。回避が間に合わない。
「ケンジ!」
「誘導弾、発射!」
背部から八発中の二発が飛んだ。索敵艇がそれを躱そうとして——躱せなかった。爆発。残骸が海底に沈んでいく。
「抜けた!東に出られる!」
「行って!」マリアが言った。「残りの十四機が動き出しました!」
「速度は!」
「全開で!」
機体が加速した。暗い海底を、光の尾を引きながら突っ走った。後ろで十四の光点が追ってくる。でも、遅い。戦闘形態の方が速かった。
じわじわ、距離が開いていく。
一分後。
追跡が見えなくなった。
アイコは操縦桿から手を離した。
全身から力が抜けた。シートに沈み込んだ。
「……終わった?」
『一時的に』
「また一時的かよ」
『すみません。白鳥機関は諦めません』
「知ってる」
隣でケンジが大きく息を吐いた。眼鏡がないまま、天井を見上げていた。
「……君、強いね」
「マリアさんのおかげ」
「でも動かしてたのは君だよ」
アイコはケンジを見た。
「ケンジも、誘導弾うまかった」
「理系だから」
「それしか言わないね」
「事実だから」
二人は少しの間、黙っていた。
モニターに東への進路が表示されていた。海底基地まで、まだ三十八キロ。
アイコは前を向いた。
「マリアさん、お母さんは元気?眠ってるだけ?」
『バイタルは安定しています。三年間、ずっと』
「三年間……」
三年間、ずっとこの機体の中で眠っていた。
アイコは唇を噛んだ。泣かなかった。泣いてる場合じゃなかった。
「絶対起こすから」
『——はい』
「待っててって言っといて」
『伝えます』
機体は暗い海底を進んでいた。
後ろに白鳥機関。前に海底基地。お母さんはこの機体の中で眠っている。
隣に、さえない男子。
最悪な一日が、とんでもない冒険になっていた。
つづく




