第3話(Part2):デボン紀で遭難してみませんか?(パンゲア救出) 連番⑧
アキが止めるより早く、ドクターは缶を投げた。
缶は弧を描き、ぬるい泥に落ちる。
“門番”は、舌のようなものを伸ばし――缶ごと飲み込んだ。
アキは、魂が抜けた声で言った。
「……この時代、缶に優しすぎません?」
ドクターは満足げに拍手した。
「文化交流、成功だ」
「汚染です!」
その瞬間、森の蔓が一斉にパンゲアを締め上げた。
「ぐっ……!森が……嫉妬した……!私が魚を見たから……!」
「嫉妬じゃなくて捕食です!」
アキは決断した。
「ドクター!軽量化します!パンゲア先生、サンプルは――」
「全部だ!」
「半分です!!」
アキはサンプル箱を掴み、容赦なく森へ投棄した。
『泣いた泥(特大)』が泥に帰り、
『感動した泥(小)』が泥と抱き合い、
森がどこか満足そうに“しゅん”と静まった。
蔓の締め付けが緩む。
パンゲアがずるり、と泥から抜けた。
「……助手くん……君は、科学者の心を殺した……」
「あなたの心はまた採集で蘇ります!」
ドクター・ゴンドワナが嬉しそうに言った。
「よし。救助完了。帰ろう。森が本気を出す前に」
パンゲアは地面に寝転び、空を見た。
「……見ろ……雲が……緑に見える……」
「それは目が疲れてるだけです!」
パンゲアの機体に戻ると、何故か燃料はある。
アキが機体チェックから出ると泥まみれのパンゲアが、
倒木をホワイトボード代わりにして、地層を描いていた。
「助手くん!見ろ!この年輪!この堆積!この葉の落ち方!美しいだろう!
私は、森林の異常繁茂がもたらす“構造的な呼吸”を観測していた!」
「観測じゃなくて遭難です!燃料切れって言ってたでしょう!」
パンゲアはハンマーを掲げて胸を張った。
「燃料は尽きた。しかし成果は満ちた。サンプルが重すぎて機体が
浮かばなくなっただけだ」
アキは頭を抱えた。
「……要するに、積みすぎです。引っ越しトラックじゃないんですよ、
タイムマシンは!」
ゴンドワナが、いつもの調子でにっこり笑う。
「パンゲアくん、相変わらず“構造”に命を賭けるね。乾杯しよう。救助記念に」
「乾杯の前に、軽量化してください!」
アキがパンゲアの機体を覗くと、中には岩、岩、岩、そして岩。
「ラベルが絶滅なんですよ!どれが必要なんですか!」
パンゲアは真顔で言った。
「全部だ。地球の真実は、選別できない」
ゴンドワナが感心したように頷く。
「素晴らしい。じゃあ、選別不能の代わりに、こうしよう。
アキくん、交換条件だ」
ゴンドワナはポケットから、銀色に光る一本の缶を取り出した。
アキの目が細くなる。
「……またサバ缶ですか」
「違う。これは“ツナ缶”だ。デボン紀は魚の時代。礼儀として、
魚で挨拶するべきだろう?」
「礼儀の方向性が間違ってます!」
その時、浅瀬がざばりと割れ、巨大な魚影が現れた。
鎧のような頭部。顎が“道具”みたいに硬い。
「ダンクルオステウスだ!」ゴンドワナが目を輝かせる。
「最高の顎圧だぞ、アキくん!」
アキは叫んだ。
「今それどころじゃない!顎圧で私たちの契約書ごと噛み砕かれます!」
パンゲアがハンマーを構える。
「よし。顎の力で、ここに新しい断層を──」
「やめてください!“顎で地質”は新ジャンルすぎます!」
ダンクルオステウスが、ぐい、とこちらを見た。
ゴンドワナは落ち着いた手つきでツナ缶を放った。
缶は弧を描き、浅瀬に落ちる。
次の瞬間、巨大魚は“缶ごと”飲み込んだ。
アキは静かに言った。
「……この世界、缶に優しすぎません?」
ゴンドワナは満足げに頷いた。
「文化交流、成功だ」
「違います、汚染です!」
パンゲアが突然、遠くを見て呟いた。
「……見ろ。森林が、さらに増えている。これは美しい。
帰れなくても、悔いはない」
アキはパンゲアの襟首を掴んだ。
「帰ります!!悔いは現代でやってください!!」
こうしてアキは、
“構造サンプル”を半分投棄し、“救助(という名の観光)”を成立させ、
そしてゴンドワナがいつの間にか拾っていた
「謎の葉っぱ標本」に絶望するのだった。
「……ドクター、その葉っぱ、なんですか」
「もちろんお土産だよ。“植物の野心の名刺”さ」
「名刺の束、地球規模なんですよ……!」
帰還:現代・研究所
サバ缶臭↑ 疲労↑ 達成感(偽)↑
クロノス号が着陸すると同時に、アキは床に倒れた。
「……もう、無理です……絶滅も遭難も、全部同じ棚に入ってる……」
パンゲアは泥だらけで立ち上がり、ゴンドワナを睨む。
「ゴンドワナ……貴様の“生物の絶滅”は、いつも臭い……。
だが……デボン紀の森は……認めざるを得ない……美しかった……」
ドクター・ゴンドワナはニコニコした。
「だろう? だから言ったじゃないか。絶滅は最高のフィールドワークだって」
アキは半分泣きながら叫んだ。
「フィールドワークは!現代で!してください!」
その時、研究所のドアがノックされた。
入ってきたのは、スーツ姿の男女二人。
胸のバッジに、嫌な単語が輝いている。
――時空倫理委員会。
「……貴研究所における“缶詰の時代間移送”について、確認に参りました」
アキは天井を見た。
「ほら来た……。缶のせいで……」
ドクター・ゴンドワナは涼しい顔で答える。
「缶は、文化交流だよ」
「文化汚染です!」アキと委員会が同時に言った。
委員会の一人が書類をめくり、淡々と告げる。
「次回の時空渡航計画を提出してください。
なお、隕石鑑賞は危険行為に該当します」
アキが反射で立ち上がった。
「え、隕石鑑賞!? まさか――」
ドクター・ゴンドワナは、もうノートを開いていた。
ページのタイトルは、でかい字でこう書かれている。
『白亜紀末期:巨大隕石・花火大会(最高)』
ドクターが言う。
「アキくん、次は白亜紀だ。あの火花は最高に美しいぞ!」
アキは、ゆっくりと椅子に座り直し、静かに酸素ボンベを抱きしめた。
「……ドクター。私はもう、予定を立てるのをやめます……」
パンゲアがハンマーを握りしめ、目を細める。
「白亜紀末期……隕石……衝突角度……クレーター……
ふふ……“構造的”に、最高だな……」
アキは絶望の声を絞り出した。
「やめて!二人とも目がキラキラする方向が終末なんです!」
こうして、
“救助(という名の観光)”を終えたばかりの三人は、
次の終末――白亜紀の花火大会へ、
当然のように向かおうとしているのだった。
(第4話に続く)




