第三話(Part 1):デボン紀で遭難してみませんか?(パンゲア救出) 連番⑦
その夜――現代の研究所。
アキは、サバ缶の匂いが染み付いた服のまま、机に突っ伏していた。
(もう二度と行かない。絶滅ツアーなんて、二度と――)
その“二度と”に、電話が割り込んだ。
ベルが鳴る。
鳴り止まない。
嫌な予感しかしない。
受話器を取った瞬間、耳がヒステリックに震えた。
「助手くん!聞いてくれ!私はデボン紀の絶滅ポイントへ飛んだ!
あの絶滅は、森林の異常繁茂による二酸化炭素の吸収が原因だ!
美しく、植物的! だが、タイムマシンの燃料が底を尽きた!今すぐ、
助けに来てくれ!」
アキは、無言で受話器を机に置いた。
無言で立ち上がった。
無言で酸素ボンベのチェックリストを開いた。
その背後で、ドクター・ゴンドワナがシャンパンを飲み干し、にっこりした。
「パンゲアくんは、また絶滅の波に飲み込まれたようだね。アキくん、
予定変更だ」
「……予定は“変更”されるために存在してるんですか?」
「そうだよ。研究計画書も地層も、最終的には折りたたまれる」
「何その哲学!」
ドクターは上機嫌にクロノス号のキーを回した。
「じゃあ次はデボン紀だ。救助がてら、『植物の野心による絶滅』を
観察しようじゃないか!」
アキはため息をついた。
「ドクター、私はもう絶滅ツアーの助手じゃなくて、原始時代の
遭難者レスキュー隊員です……」
時代: 約3億7千万年前、デボン紀後期
場所: 海と森の境目。湿気100%、地面は粘土、空気は“青汁”みたいに濃い
CO2↓ 植物↑ 森のテンション↑
クロノス号のハッチが開くと、アキのバイザーが一瞬で曇った。
「うわ……酸素が“真面目”すぎる……。吸うと健康になりそうで逆に怖い……」
「いいねぇ!空気が若い!この時代の植物は、世界を乗っ取りに来てる!」
「そこ褒めるポイントですか?!」
森は、静かすぎた。
鳥も虫もいない。
代わりに、葉が“見ている”気がする。
その時、無線が割れた。
『――こちら、テクトニクス号……聞こえるか……私は……“構造的に”詰んだ……』
「パンゲア先生!? 生きてますか!」
『生きてる。だが動けない。森が……私の足を……“固定”している……』
アキが森へ走ると、そこには“地質学者の悪夢”があった。
パンゲアは、腰まで泥に埋まり、さらに蔓と根にぐるぐる巻きにされていた。
その横には、異常な量のサンプル箱。
岩。年輪。葉の化石。泥。泥。泥。
そして全てに、ラベルが貼ってある。
『感動した泥(小)』
『さらに感動した泥(中)』
『泣いた泥(特大)』
アキは目を細めた。
「遭難理由……これ、だいたい“感想”ですよね?」
パンゲアは悔しそうに唸った。
「助手くん……科学に必要なのは……情熱だ……そして、収納力だ……」
ドクター・ゴンドワナがパンゲアの顔を覗き込み、楽しそうに言った。
「相変わらずだねぇ。森に“採集欲”を見抜かれて絡まったか」
「違う!森が悪い!この森は!美しすぎる!私は!止まれなかった!」
パンゲアは震える指で、周囲の木々を示した。
「見ろ……この繁茂……この同化……この炭素固定……!
森がCO2を吸いすぎて、海が変わり、酸素が歪み、地球が“呼吸”を間違え始める……
この絶滅は……構造的に……美しい……!」
「美しいとか言ってる場合じゃありません!あなた今、森に食べられかけてます!」
パンゲアは、なおもハンマーを掲げようとして、根に引っ張り戻された。
「ぐっ……この根……まるで……プレートの収束帯……!」
「例えるな!戻れ!」
アキが蔓を切ろうとした、その瞬間――
森が、ざわり、と“怒った”。
葉が一斉に震え、湿気が増し、地面の泥が泡立つ。
どこかで、巨大な影が動いた。
ドクター・ゴンドワナが双眼鏡を覗く。
「おや。あれは――」
「やめてください、“おや”の後にロクな名が来たことない!」
草むらから出てきたのは、巨大な魚影――ではなく、魚のような顔をした“何か”。
浅瀬を這い、ぬるりと陸へ上がってくる。
パンゲアが呟いた。
「……陸に上がる魚……進化の門番……」
アキは震えた。
「門番やめて!門、閉めて!」
ドクター・ゴンドワナは、いつものようにポケットを探った。
「アキくん、文明の力を使おう」
「まさか――」
ドクターが取り出したのは、銀色の缶だった。
「ツナ缶だ。デボン紀は魚の時代。礼儀として、魚で挨拶するべきだろう?」
「礼儀の概念が絶滅してる!」
(第3話 Part 2に続く)




