第二話:絶滅のかほり(Part 2)連番⑤
ペルム紀にて最終サンプル収集するはずだった教授たち、突然現れた珍客と何故かオルドビス紀で勝負をすることに。振り回される助手君を連れまわし、いざオルドビス紀へ。
時代: 約4億4千万年前、オルドビス紀末期。
超大陸ゴンドワナ上に巨大氷床が発達し、
急速な寒冷化と海水準低下が進行中。
場所: 浅い極寒の海。
水温は低く、酸素濃度もペルム紀よりはマシだが、
凍死寸前の寒さ。
激しい時空移動の末、クロノス号は、真っ白な巨大氷床のそばに緊急着水した。
外から吹き込む風は、ペルム紀の熱風とは打って変わって、
骨まで凍みるような冷気だった。
アキは宇宙服のような防寒スーツに身を包み、ブルブル震えながら叫んだ。
「ドクター、ここ、寒すぎます!氷河期ですよ!地球が凍っている!
ペルム紀は『熱死』、オルドビス紀は『凍死』ですか!
なぜ我々は、いつも極端な絶滅ポイントばかり選ぶんですか!」
ドクター・ゴンドワナは、分厚い毛皮のコートを着込み、
手には熱々の紅茶を持ってご機嫌だった。
「アキくん、この清々しい冷気!
ペルム紀の蒸し暑いドロドロの絶滅とは大違いだ!
オルドビス紀の絶滅は、美しく、構造的に、そして何より静かに進行する。
まるで高級フレンチのディナーのようだ!」
「フレンチディナーは、凍りつきません!ドクター、見てください!」
アキが指差す先、浅い海底には、奇妙な殻を持つ生物たちが、
動きを鈍らせている。
「三葉虫だ!そして、巻貝のようなガストロポッド!
彼らは、海水準の低下と寒さで、活動を停止しています。
これが絶滅の原因です!」
「その通りだ!」ドクターは双眼鏡を覗き込んだ。
「そして、彼らがこの氷河期で『凍死』するか『餓死』するかという、
二択の苦悩に晒されているこの瞬間が、最高のサンプルだ!」
その時、ドクター・パンゲアの「テクトニクス号」が、
クロノス号のすぐ隣にズドンと着水した。
パンゲアは、極地探検隊のような完全防備のスーツで、
手には巨大な地質学用ハンマーを持っていた。
「ゴンドワナ!貴様がそんな原始的な生物の
『凍死寸前の顔』を観察している間に、
私はこのオルドビス紀の地層の断面図を解析する。
この氷床の規模こそが、オルドビス紀の真の主人公だ!」
パンゲアは海中へ潜水し、巨大ハンマーで氷床を叩き始めた。
「待てパンゲア!勝手に地層ばかり見て、生物を無視するな!」
ドクターは急に焦り始めた。
「アキくん!競争だ!我々が探すべきは、この寒冷化によって
『最高の標本』になった生物だ!
つまり……『寒すぎて動けない巨大生物』だ!」
アキはため息をついた。「巨大な……オウムガイ……ですか?」
「そうだ!」
ドクターは水中スクーターを取り付け、海へ飛び込んだ。
「オルドビス紀の海には、エンドセラスという、
体長10メートルにもなる巨大なオウムガイの仲間がいた!
彼は、当時の海で最もデカい奴だ。
そんな彼が、この極寒の中で
『寒すぎて、逃げることすら面倒になって凍りついた』姿こそ、
究極の絶滅の標本だ!」
「寒すぎて動けない、じゃなくて、ただの化石じゃないですか!」
アキも水中スクーターに乗り込み、ドクターを追いかけた。
熾烈な水中漫才
海底に到着すると、パンゲアは既に、
地層の中に埋もれた巨大な岩石をハンマーで削り取っていた。
その近くには、確かに巨大なオウムガイの仲間、
エンドセラスの化石が横たわっている。
その殻は、まるで巨大な魚雷のようだ。
「見つけたぞ、ゴンドワナ!この巨大なエンドセラスの化石は、
まさに海水準の急速な変化を物語っている!
私はこの巨大な殻の内部構造を解析し、絶滅の構造的な証拠とする!」
パンゲアは叫んだ。
「それは下らん!パンゲアくん!このエンドセラスの真の価値は、
絶滅に対する彼の『態度』だ!」
ドクターはエンドセラスの殻の、先端部分を指差した。
「アキくん、早く!このエンドセラスは、寒さに耐えかねて、
殻の先端に『凍死寸前の最後の抵抗のサイン』を刻んだはずだ!
この『最後の悪あがき』こそ、絶滅ツアーのお土産にふさわしい!」
アキは水中ペンで、エンドセラスの殻の先端を触診した。
「サインなんてありませんよ、ドクター!ただのヒビですよ!
寒さで凍結したか、パンゲアがハンマーで叩いたんでしょう!」
「いや、違う!よく見るんだ!
このヒビは、きっと『もう無理、熱いコーヒーが飲みたい』
という彼の最後の悲痛な叫びを表現しているに違いない!
我々は、この『凍死寸前の悲痛なヒビ』を採取するんだ!」
ドクターは小型ドリルを取り出し、
エンドセラスの殻の先端をゴリゴリと削り始めた。
「やめろ、ゴンドワナ!私の貴重な構造サンプルを破壊するな!」
パンゲアが慌ててドクターを突き飛ばした。
「貴様の構造解析こそ、このエンドセラスの
『ヒビのメッセージ』を無視している!」
二人は巨大なエンドセラスの化石にしがみつき、
水中で押し合いへし合いを始めた。
その騒ぎのせいで、海底の泥が舞い上がり、視界が悪化する。
「ドクターたち!見えません!それに、
誰かが吐いた硫化水素の泡が凄いことになっています!」アキが叫ぶ。
「アキくん、これは硫化水素じゃない。
パンゲアくんが興奮しすぎて地質学的な屁をこいたんだ。
気にするな!」ドクターが息を切らしながら言った。
パンゲアは怒りで体を震わせた。
「ゴンドワナ!私は貴様のような下品な生物学者ではない!
私の興味は、このエンドセラスの化石の軸部にある。
これがゴンドワナ大陸の移動に伴って受けた
剪断応力を証明する鍵だ!」
「剪断応力?下らん!
私はこのエンドセラスが最後に食べた消化物(胃の内容物)に興味がある!
その内容物こそが、当時の生態系の崩壊スピードを物語る、
究極のグルメレポートだ!」
その時、アキが別のものを見つけた。
海底には、無数の小さな枝のような形をした群体が、静かに横たわっている。
「ドクター、あれを見てください!筆石の群れです!
この時代の海に大量にいた、絶滅したヘミコード門の生物です!」
ドクターは一瞬、エンドセラスから手を離し、筆石に目を奪われた。
「おお!筆石!素晴らしい。彼らはこの寒冷化によって、
優雅な暮らしから急激な静止状態に追い込まれた。
彼らの絶滅は、まるで『途中で墨が切れた筆文字』のようだ!」
パンゲアは即座に筆石の群れの前に立ち塞がった。
「ゴンドワナ、動くな!この筆石の群生は、
当時の温暖な海流が氷床に遮断された海流変化の
シミュレーションモデルとして完璧だ!
貴様ごときが『途中で墨が切れた筆文字』などという詩的な表現で汚すな!」
「パンゲアくん!絶滅に詩がなくてどうする!
私はこの筆石の群体を採取し、
彼らが『静かに死んでいく姿の美学』を学会に発表する!」
ドクターはボックスを持って筆石に駆け寄る。
パンゲアはハンマーで氷床を叩き、人工的な揺れを起こした。
「くっ!私の研究対象に手を出すな!」
「卑怯だぞ、パンゲア!絶滅はスポーツではない!」
二人が筆石を巡って水中で追いかけっこを始めたその時、
突然、巨大な影が二人の上を通過した。
「今度は何ですか!」アキが水中ライトを照らす。
巨大な影の正体は、体長1メートルを超える
巨大なウミサソリ(ユーリプテリド)だった。
彼らは三葉虫や筆石を捕食していた、当時の海の最強捕食者だ。
しかし、彼もこの寒さで動きが鈍っている。
ドクター・ゴンドワナはウミサソリを見て、目を輝かせた。
「待て!アキくん!筆石よりも、これだ!」
「ドクター、あれは危険です!巨大なハサミを持っていますよ!」
「いや、違う!よく見るんだ!このウミサソリの動きは鈍いが、
その体表には『絶滅の焦り』が刻まれている!」
ドクターは大胆にもウミサソリの横に滑り寄った。
ウミサソリは鈍い動きでドクターに向かってハサミを向ける。
「パンゲア!見ろ!このウミサソリは今、
『デカい体を持て余し、逃げるに逃げられない絶望』という、
最もコミカルな悲劇に直面している!
彼は寒さで固まりつつあるが、
最後の力を振り絞って私たちに八つ当たりしようとしている!これこそ、
ユーモアに満ちた絶滅の真実だ!」
パンゲアは、巨大なウミサソリの威圧感に一瞬ひるんだが、すぐに反論した。
「馬鹿め!そのウミサソリが持つ唯一の真実は、
彼が寒さで代謝を抑えようとしているという生化学的なデータだけだ!
貴様の感情論など、科学ではない!」
しかし、アキは気づいた。ドクターがウミサソリに近づいた目的は、
標本採取ではなかった。
「ドクター、まさか……ウミサソリの体温データですか!?」
ドクターはウミサソリの甲羅に、小型の体温計をピタリと貼り付けた。
「正解だ、アキくん!『絶滅の焦り』の熱量、
つまり『熱狂的な死のダンス』のデータを採取する!
さあ、このデータと三葉虫の『完璧なフリーズポーズ』を組み合わせて、
ペルム紀の『投げやりな脱糞』と比較すれば、
絶滅の『スタイル』の法則が完成する!」
ウミサソリは、体温計を貼られたことに怒り、
鈍い動きでドクターに向かってハサミを振り下ろした。
ドクターは間一髪でよけ、
その間にパンゲアがウミサソリの足元の地層を叩き割って
サンプルを採取していた。
「データは取れたぞ、アキくん!パンゲア、あとは貴様にくれてやる!
この海の支配者も、結局は『寒さとデカさで動けないというギャグ』
で終わる運命だった!」
アキは近くにいた小さな三葉虫の群れが、
急速な寒さで動かなくなっていくのを観察していた。
「ドクターたち!そんなところで喧嘩している場合じゃないですよ!
あの三葉虫たちは、もう完全に『固まっています!』」
アキが指差した三葉虫は、まるで氷の中で時間を止められたかのように、
完璧な姿で硬直していた。
ドクター・ゴンドワナは、パンゲアとの押し合いを止め、
三葉虫に目を奪われた。
「これだ、アキくん!」
「え?」
「これこそ、オルドビス紀の究極の標本だ! 寒すぎて動けないどころか、
寒すぎて完璧な形でフリーズした、最高の『絶滅スナック』だ!
これを持ち帰れば、我々のミッションは成功だ!
パンゲア!巨大なエンドセラスの化石などくれてやる!」
ドクターは、透明なボックスを持って三葉虫の群れへ突進した。
「待てゴンドワナ!『絶滅スナック』とはなんだ!
私のオルドビス紀の美意識を汚すな!」
パンゲアも三葉虫に目を奪われたが、目的はあくまで地層だ。
アキはため息をついた。
「結局、ドクターが欲しかったのは、
絶滅寸前の生物の『悲劇的なかわいらしさ』だったんですね……」
こうして、ドクター・ゴンドワナは、
完璧な形で凍りついた三葉虫の標本を大量に回収し、
ドクター・パンゲアの地質学的な美意識を完全に無視して、
オルドビス紀の冷戦を勝利(?)で終え、
三葉虫、筆石、そしてウミサソリのコミカルな絶滅のデータと標本をゲットし、
パンゲアに汚い言葉を残して、再びペルム紀への帰還を急ぐのだった。
(第二話 Part 3に続く)
この後、やっと帰還できる事に。アキ君受難の旅も終わりとおもいきや、その後の展開が・・・。次回お楽しみに。




