第二話:絶滅のかほり( Part 1 )連番④
ペルム紀末期で「ミッション」遂行の予定だったが、マッド教授の暴虐に振り回される不憫な助手アキ。この先にさらなる試練が控えているとは思いもよらず・・・
時代: 2億5200万年前、ペルム紀末期。
地球上の生物のほとんどが死に絶えようとしている。
場所: シベリア・トラップに近い、硫化水素と熱水で煮えたぎる海岸線。
アキは巨大な脱皮殻を抱え、特注の耐熱ペンを握りしめていた。
ドクターはタイムマシンの屋根に登り、シャンパンを飲みながら
噴火の鑑賞を続けている。
「アキくん、急ぎたまえ!噴火口からのマグマの勢いが最高潮だ!
まさに地球のクライマックス!
この美しい瞬間を腕足動物たちに見せてあげなさい!」
ドクターは陽気に叫んだ。
アキはぐらぐら揺れる足元を気にしながら、
海岸線にわずかに残った生命の痕跡を探した。
「腕足動物のリーダーなんて、どうやって見つけるんですか!
みんな、殻が溶けかかって、意識不明ですよ!」
「簡単なことさ。この中で一番最後まで生きていて、かつ、
知性のカケラでも残している者がリーダーだ!さあ、交渉だ、アキくん!」
アキは仕方なく、泥の中にひしめき合っている腕足動物
(ブラキオポッド)の群れに近づいた。
彼らは絶望的な状況下で、貝殻のような体をわずかに
開閉する動作を繰り返している。
「あのー、すいません!ブラキオポッドの方々!
私は2億5千万年後の未来から来た者です!」
もちろん、腕足動物から返事はない。
ただ、泡と共に、硫化水素の臭いがさらに濃くなるだけだ。
「無視しないでください!私たちが今、
絶滅の瀬戸際にいるのはご存知ですよね!?」
アキは焦りながら、比較的大きく、まだ動きの鈍くない
一匹のブラキオポッドの前に脱皮殻を置いた。
「私たちは、あなた方が絶滅した後、地球を支配する次の時代の生物から、
あなた方へのメッセージを預かっています!見てください、これです!」
アキは殻の端に、耐熱ペンで大きく書いた。
To PERMIAN From FUTURE
そして、脱皮殻の巨大な平らな面を、ブラキオポッドに差し出した。
「さあ!あなた方の知恵を使って、このペンで未来の我々に向けて、
絶滅する直前の気持ちを書いてください!
『悔しい』とか、『恐竜に託す』とか!」
ブラキオポッドは、微動だにしなかった。
その殻は白く、今にも泥に溶け入りそうに見える。
アキが落胆した瞬間、そのブラキオポッドが、わずかに体を開閉した。
そして、その小さな口から、微量の粘液が分泌され、
それが脱皮殻の表面に、一つの線を描いた。
線は、たったの数ミリ。それはまるで、「ぐったりした横線」のようだった。
「…横棒?これだけですか?『もう疲れた』という意味ですかね?」
アキは肩を落とした。
すると、その隣にいた別のブラキオポッドが、同じように粘液を分泌し、
最初の横線の上に、別の横線を描いた。
「今度は二重線…まさか、『もう二度とごめんだ』という意味ですか!」
アキは、何だか心が痛くなった。絶滅寸前の生物の最後の言葉が、
ネガティブな横棒二本とは。
さらに、群れの中の一番大きなブラキオポッドが、最後の力を振り絞るように、
大量の粘液を放出し、脱皮殻の広範囲を覆った。
「うわあ!液漏れ!?ドクター、助けてください!全部ベトベトになりました!」
ドクターは屋根の上から、優雅にシャンパンを飲み干し、クラッカーを割った。
「おめでとう、アキくん!ミッションコンプリートだ!これこそ、
『絶滅の真実』だよ!」
アキがドクターをクロノス号に押し戻そうとしたその時、
地平線から、もう一機のタイムマシンが、硫黄ガスを切り裂いて
猛スピードで飛来してきた。
その機体はクロノス号よりも大きく、
ボディには巨大な「P」のロゴが刻まれている。
「おや、これは驚いた。こんな終末的な場所に、
同業者がいるとは」ドクターは目を細めた。
タイムマシン「テクトニクス号」のハッチが開き、
中から長身でがっちりした体躯の男が現れた。
彼はドクターと同じく分厚いサングラスをかけているが、
その表情は常にピリピリと張り詰めている。
「ゴンドワナ!やはり貴様か!」
「おお、パンゲアくんではないか!」
ドクター・ゴンドワナは心底楽しそうな顔でライバルに手を振った。
アキは耳打ちした。「ドクター、あの人、誰ですか?」
「私の永遠のライバル、ドクター・パンゲアだ。
彼は常に私の『生物の絶滅』というテーマに対し、
『地球の構造的な絶滅』で対抗してくる、面倒くさい男だよ」
ドクター・パンゲアは、ぬかるみを避けてクロノス号の前に立つと、
サングラスを外し、ドクター・ゴンドワナを厳しく睨みつけた。
「ゴンドワナ!貴様がペルム紀に来ているのは、
このシベリア・トラップによる史上最悪の絶滅を、
またぞろ『最高の芝居だ!』などと馬鹿げた表現で楽しむためだろう!」
「その通りだ、パンゲアくん。この噴火の音を聞きたまえ!
これは地球の悲鳴ではなく、次の時代へのファンファーレだ!」
「下らん!真の科学者が注目すべきは、超大陸パンゲアの形成と崩壊が、
いかにしてこの悲劇を生み出したかという、構造的なロジックだ!
貴様のブラキオポッドの悲鳴など、ノイズに過ぎん!」
ドクター・パンゲアは、自分のタイムマシン「テクトニクス号」の
制御盤を指差した。
「私が見つけた、真に偉大な絶滅はここにある!次のターゲットは、
オルドビス紀だ!」
アキは反応した。
「オルドビス紀?あの、約4億4千万年前の、
海洋生物が大打撃を受けた絶滅ですか?」
「そうだ、助手くん!」パンゲアはアキの知識にわずかに頷いた。
「あの絶滅は、大陸が集まり、大規模な氷床が発達したことによる
急激な海水準低下と気候変動が原因だ!
シンプルで、美しく、そして何より構造的!
貴様らがペルム紀の熱中症で遊んでいる間に、
私はオルドビス紀の冷凍庫で地質学的な真実を掴んでみせる!」
ドクター・ゴンドワナは面白くなさそうに頬杖をついた。
「ほう。オルドビス紀か。確かにあの時代は、
絶滅の初期段階として興味深い。
だが、パンゲアくん。オルドビス紀は生物の種類が少なすぎて、
ユーモアに欠けるぞ。
私が集めているのは、絶滅生物たちの最後の『絶望のサイン』だ。
オルドビス紀の三葉虫のサインなんて、ただの傷だろう!」
パンゲアはドクターの皮肉を無視し、挑戦的な笑みを浮かべた。
「では、勝負だ、ゴンドワナ。
貴様はペルム紀の生物の『悲哀の粘液』を集めればいい。
私はオルドビス紀の氷河期に飛び、『地球の鉄壁な構造美』を証明する!
先に、より衝撃的な絶滅の『真実』を現代に持ち帰った者が、
真の古生物学者だ!」
ドクター・ゴンドワナはシャンパンの空き瓶をポンと投げ捨て、
再び目を輝かせた。
「よかろう、パンゲアくん!その勝負、受けて立つ!
アキくん!予定変更だ!」
アキは頭を抱えた。
「またですか!ドクター!私はさっき、
『もう二度とドクターの絶滅ツアーには付き合わない』と
誓ったばかりですよ!」
「甘いな、アキくん。私たちがペルム紀のメッセージを集めている間に、
パンゲアくんがオルドビス紀の巨大な氷床を
『地球のクールビューティー!』などと発表したら、
我々の『絶滅記念の脱糞』は、ただのゴミになってしまうぞ!
早く、次の目的地はオルドビス紀だ!
パンゲアくんより先に、オルドビス紀の生物の滑稽な死に様を確保する!」
ドクターは慌ててクロノス号の操縦席に飛び込んだ。
パンゲアは満足そうにテクトニクス号に戻る。
アキは、二つのタイムマシンが絶滅ガスの中でエンジンを
唸らせるのを見ながら、絶望的な声を上げた。
「なぜ、ライバルが出てくると、ミッションが
『絶滅の早押しクイズ』になるんですか!もう帰りたい!」
ブォォォォン!!
クロノス号とテクトニクス号は、ペルム紀の終焉の空へ、
まるで競争するかのように飛び立っていった。
行き先は、地球最古の絶滅の一つ、オルドビス紀の氷河期である。
もう大気中の酸素濃度が当時の基準値の半分以下、海水は酸欠と酸性化で死の海!
( 第2話 Part 2 に続く)




