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ある夏の日

 みーんみんみん

 じりじりじり――


 辺り一面から、ミンミンゼミやアブラゼミの鳴き声が押し寄せる。

 甲高い音が鼓膜を震わせ、耳の奥がじんじんと痺れた。

 それでも、足を一歩踏み出すたびに、その喧噪が少しずつ遠のいていく気がする。


「はぁ……はぁ……」


 喉の奥が焼けるように熱い。口の中にある水分は、全て消え去り、舌が上顎に張り付く。


 みーんみんみん

 じりじりじり――


 葉の隙間からこぼれる陽射しが、肌をじっくりと炙り続け、首から流れ落ちた汗が、シャツを背中に張り付ける。


 みーんみんみん

 じりじりじり――


 地面に出ている木の根を踏みつけ、腰の高さまである茂みをかき分ける。

 枝葉が身体を掠め、所々から血が流れてくるが、止まらない。


「はぁ……はぁ……」


 大地の匂い、湿った土と草の青臭さが鼻腔を満たす。

 その奥に、鉄のような匂いが混じった。

 腰の高さまである茂みの先――ソレは、大地に横たわっていた。

 赤い湖の中心にある、小さな白い物体。

 ソレを確かめるために、足が勝手に前へ出る。

 近づくたびに、輪郭がはっきりしていく。

 細い腕。力なく広がった指先。年齢に対して、小柄な肉体。


「恵理……?」


 声が掠れ、喉の奥で途切れる。

 その名を呼んだ瞬間、胸の奥で何かが弾け、全身が熱くなる。

 赤い湖など気にせずに、ソレに向かって走り出す。


 みーんみんみん

 じり……じり……じり――


 辺りで近くでセミが鳴いているはずなのに、それがとても遠くで鳴いているように錯覚してしまう。

 足元で水音が跳ね、赤い飛沫が脛にかかる。それでも止まらない。

 膝をつき、恵理の肩を抱き起こす。

 まだ温かい。けれど、その体は信じられないほど軽く、力が抜けきっていた。


「おい!起きろ!起きてくれ!」


 目は虚ろで、焦点がどこにも合っていない。

 その奥にあったはずの光は、もう見つからない。


 みーんみんみん

 じりじりじり――

 じりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじりじり

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