8話 のんびり
街を出て少し歩くだけで、そこにはまるで別世界のような景色が広がっていた。
高く澄んだ空、遠くまで続く大地。
風に揺れる緑の草原は海のように果てしなく、彩りを添える小さな花々が陽光を反射してきらめいている。
道を進めば鳥のさえずりが耳に届き、時折、草の中から兎のような小動物が顔を覗かせては逃げていった。
「……なるほど。悪くない景色だ」
空は足を止め、目を細めて風を受けた。
人工的に作った楽園とは違う、野生の自然が持つ柔らかい息吹。
長き時を生きてきた彼でさえ、思わず「良い」と感じてしまうほどに心地よかった。
「確かに……心が洗われますな」
エドガーもまた目を細め、胸いっぱいに空気を吸い込む。
街の喧騒やスラムの淀んだ空気とはまるで違う、清らかで新鮮な風だった。
やがて、エドガーが草の間にしゃがみ込み、指先で一枚の葉を摘み上げる。
「……これは、ヒーリングハーブでございましょう。街の薬師たちが求めていたものと同じはずです」
空も覗き込む。
葉の縁が波打つように丸まり、淡い緑色の表面にはうっすらと光沢がある。
見ただけで「癒し」の力を宿しているのが分かるようだった。
「確かに、ただの雑草とは違う気配があるな」
「ええ。しかし、採取は力を加えすぎては駄目なのです。根元から丁寧に摘み取らねば、薬効が失われることもあると聞いております」
エドガーは小刀を取り出し、器用に茎を切り取る。
彼の動作は無駄がなく、かつ慎重で、長年の経験が自然と滲み出ていた。
摘み取ったハーブを布袋に収めると、彼は振り返って言った。
「主、いかがなさいますか?」
空は一瞬だけ考え、そして自ら草むらに膝をついた。
「……せっかくの初依頼だ。ゆっくりもやろう。遊びだと思えば悪くない」
そう言って、指先で茎をなぞり、力を込めすぎぬよう注意しながら摘み取る。
葉がぷちりと音を立てて手の中に収まった瞬間、彼はわずかに笑った。
「……なるほど。こういう感覚か」
「お上手でございます。やはり、主にできぬことはないのですな」
エドガーの言葉に、空は肩を竦める。
「ただの草摘みだ。だが……不思議なものだ。これほど些細な作業であっても、こうして人と共にやると妙に新鮮に思える」
「左様にございますか」
「俺は常に一人で創り、一人で壊してきた。だが、今こうして共に採る……それだけで、少し退屈が和らぐ」
エドガーは主の横顔を見つめ、静かに微笑んだ。
「……主が楽しんでおられるのであれば、私にとっても喜びです」
二人は黙々と作業を続けた。
空は要領を覚えると驚くほどの速さで薬草を摘み取り、袋はすぐに膨らんでいった。
だが彼は決して力任せにせず、一つ一つを大切に扱っていた。
その姿は、かつて「世界を創造する神」として全てを操っていた頃とは正反対に思えた。
太陽は西に傾き、草原は黄金色に染まる。
風が吹き抜け、草と草が擦れ合う音が波のように広がった。
「……終わったな」
空は袋を掲げ、中身を確認する。
「これだけあれば十分でございましょう。……主、最初の依頼としては上出来でございますな」
「そうだな。……思った以上に悪くない」
空はふと笑い、草原を見渡した。
久方ぶりに、心の底から「退屈していない」と思える時間だった。
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