5話 変化と情報
スラム街の喧騒を背に、空は足を軽く跳ねさせ、人気のない路地へと進んだ。
人影はなく、遠くには街の中心部の灯りがかすかに揺れている。
ここでなら、誰にも邪魔されず、落ち着いて話ができる。
「……よし」
空は掌を広げ、薄く光の粒を操るように手を動かした。
空間がねじれ、地面から漆黒の縁取りを持つゲートが現れる。
その中心は澄み切った光に満たされ、まるで夜空を閉じ込めた深淵を覗き込むようだった。
「ここなら、誰にも邪魔されない」
空はエドガーを手招きした。
「さあ、こちらへ」
エドガーは礼儀正しく一礼し、足を踏み入れた。
ゲートを抜けた先は、ただの空間ではなく、異空間に作られた「居室」であった。
内装は整然としており、机、椅子、本棚、彫刻までが揃った、知性と教養に満ちた空間。
色彩は柔らかく、光の角度ごとに陰影が変化し、まるで現実世界の邸宅のように安定感と優雅さを兼ね備えていた。
「まずは……お前の身なりを整えよう」
空は軽く指をパチンと鳴らす。
その音とほぼ同時に、エドガーの衣服が光を纏い、見る間に執事服へと変化した。
胸元は整い、肩のラインは鋭く、足元まで磨かれた靴に変わる。
清潔感と品格を兼ね備えた装いで、まさに「主人の側に立つための者」という雰囲気を漂わせていた。
エドガーは軽く頭を下げる。
「……恐縮です。ご配慮、ありがとうございます」
空は微笑む。
「これからは俺のそばに置く。強いほうが良い。だから、お前の力も調整する」
空は指先を動かすだけで、エドガーの身体の周囲に淡い光のオーラが生まれた。
その瞬間、エドガーの体が内側から膨らむように力強く変化し、筋肉や体格が整えられ、存在そのものが圧倒的に強靭になった。
空が設定した力の倍率は、なんと 10倍以上。
街の一般人はもちろん、冒険者上位ランクに匹敵する強さを持つ人間の中でもトップクラスの力を備えた存在となった。
「……これは……」
エドガーは自分の身体を確かめるように手で触れる。
表情には驚きと少しの戸惑いが浮かぶ。
空は冷静に、しかし遊ぶように言った。
「戦闘のためではない。ただ、お前の力は知っておくことは重要だろう」
エドガーは一礼する。
「承知いたしました。感謝申し上げます」
空は一瞬、手を額にかざして視線を向ける。
──鑑定。
瞬時に情報が浮かび上がる。
---
《鑑定結果》
【名前】エドガー・ロウエル
【種族】一応人間
【年齢】68
【レベル】410
【体力】32,500
【魔力】29,800
【攻撃力】24,300
【防御力】25,100
【俊敏性】22,000
【スキル】《剣術上級》《護衛心得》《洞察》《指揮》
---
「……なるほど。確かに、人間の中ではトップクラスの数値だ」
空は満足そうに頷いた。
「では、ここから少し話を聞こう。この街の現状についてだ」
エドガーは静かに座り、説明を始めた。
「この街は、表向きは交易や工房で栄えていますが、裏には多数の派閥があります。奴隷制度があり、労働力として多くの人々が管理されています。マフィアや犯罪組織が互いに縄張りを巡り、度々衝突が発生しています」
空は頷き、情報を頭に入れる。
「なるほど。街は世界の中でも危険な部類か……。興味深い」
「また、街の表では警備兵や自警団が機能していますが、裏社会の影響力は強大です。貴族や富裕層に依頼される傭兵、冒険者、そして犯罪組織……彼らの活動によって均衡が保たれております」
空は軽く笑った。
「なるほど、つまり危険を管理しながらも、人々は生きているわけだ」
「はい」
空は目を輝かせ、次の質問を投げる。
「ところで……この街の冒険者について詳しく教えてくれ」
エドガーは丁寧に説明する。
「冒険者は世界中に存在する職業的存在で、街や国、王国、時には国家間の依頼まで幅広く請け負います。主な活動内容は以下の通りです。
Fランク(初級):薬草採取やスライム討伐、道具の回収などの簡単な依頼。一般人が危険に遭わない程度のモンスターが対象。
Eランク(下級):ゴブリンや野生の狼など、低レベルの下級モンスター討伐。村や小規模な集落から依頼されることが多い。
Dランク(下級~中級):ゴブリンの群れや山賊討伐、交易路の護衛など。危険度がやや上がり、戦闘経験の少ない者には挑戦的な依頼。
Cランク(中級):中級モンスター討伐、村や町の依頼、情報収集など多岐に渡る。冒険者としての活動が安定してくるランク。
Bランク(中級~上級):複数の依頼を同時にこなすこともあり、指揮能力や戦術眼が求められる。地域の防衛や重要任務を担当することも。
Aランク(上級):国家や都市から公式に認められた強者。複数の依頼や特殊任務をこなすことが多く、時には政治や外交に関わる任務も受ける。
Sランク(エリート):最上級ランクで、国や大陸規模の事件解決、強大な魔物討伐、特殊任務や探索を行う。少人数でも国家や世界に影響を与える能力を持つ。
冒険者の形態は、単独で行動する者、パーティを組む者、ギルドに所属する者など様々です。依頼の規模や難易度によってランクに応じた活動を行います」
空は静かに頷き、さらに踏み込んだ質問を投げかける。
「なるほど……街の冒険者も、多様な活動をしているわけだな。ギルドは街の秩序にどの程度関わっている?」
エドガーは答える。
「冒険者ギルドは街にとって情報源でもあります。依頼を仲介し、依頼者と冒険者を結びつけ、報酬や契約の管理も行います。場合によっては、街の警備や裏社会の情報収集にも関わっています」
空は口元に微笑を浮かべた。
「よし、教えてくれた礼に……何かしてほしいことはあるか?」
エドガーは少し躊躇した。
だが、礼儀正しく尋ね返した。
「……では、差し支えなければ、あなた様について少しだけお聞かせ願えますか?」
空は少し笑った。
「……俺の正体か。人間でないことは確かだが、余計な情報は控えてほしい。時が来れば、ある程度だけ話そう」
空は静かに、自らの異質な存在と、この街に降り立った目的の一端を明かした。
ただし、他言無用と念を押す。
エドガーは深く頭を下げ、理解を示した。
「……承知いたしました」
空は小さく頷き、指をひと振りする。
異空間のゲートが再び開き、二人は街の中心部へと姿を移した。
目指すは冒険者ギルド。
そこは街の秩序と情報の中心であり、冒険者たちの集う場所だ。
街の中心に向かって空とエドガーは歩を進める。
空は視線を巡らせ、街の活気、裏路地の影、警備兵の配置までを頭に入れる。
全ては遊戯の対象であり、次の舞台での遊びのための情報収集でもあった。
空の瞳は静かに輝き、そして次の行動への期待で満たされていた。




