49話 真実を求める問い
次で50話ってマジっ!?
半年くらいで50話のペースか……
もっと上げれるよう頑張ります。
アーリスの街は復興の活気に溢れ、人々の表情には平穏が戻っている。その中心部に位置する、街で最も大きな総合病院の一室。
空とエドガーは、午前の柔らかな陽光が差し込む廊下を歩いていた。
エドガーの手には、主の指示で用意した、街で一番人気の菓子折りが下げられている。
「……賑やかですね。もっとも、あの状況から生還したのですから、当然の反応かもしれませんが」
エドガーの視線の先、カイルの病室の前には、彼に対する感謝の手紙、冒険者たちが持ってきた花束や差し入れが山のように積み上げられていた。
「ま、アイツが頑張った証拠だろ。……おっ、起きてるな」
空がドアを開けると、そこには驚くほど活気のある光景があった。
「おっ、空! エドガー! こっちだ、こっち!」
ベッドの上に座り、皿に盛られた山盛りのパンと果実を豪快に口へ運びながら、カイルが元気よく手を振った。包帯こそ巻かれているものの、その顔色は驚くほど血色が良く、瞳には力強い輝きが戻っている。
数日前、全身の血管を破裂させて死の淵にいた男とは思えない回復力だ。
そして、その傍らには、カイルとは対照的に岩のように屈強な体格を持つ大男が腰掛けていた。
「……よぉ。カイルから話は聞いてるぜ。あんたたちが、こいつを救ってくれた恩人だってな」
男は、カイルがリーダーを務めるAランクパーティー《黒鋼の翼》の一員、ドルガン・ブラッドベインだ。
禿げ上がった頭に刻まれた無数の傷跡、そして使い古された戦斧が壁に立てかけられており、その佇まいは歴戦の猛者そのものだった。
「あの時はFランクのひよっこだと思っていたが……全く、冒険者ギルドの鑑定ってのは、いつから節穴になったんだ?」
ドルガンは豪快に笑い、空に右手を差し出した。
普段は周りの冒険者たちを黙らせるほどの威圧感を持つドルガンだが、今はその荒々しさの中に、仲間を救われたことへの深い感謝が滲んでいた。
「ははは! ドルガン、お前がそんな律儀な態度取るなんて珍しいな。いつもは『実力のない奴はすっこんでろ!』なんて言ってるくせに」
「うるせぇ、相手を選んで言ってるんだよ。仲間の恩人に失礼ができるかよ」
カイルが笑いながら茶化すと、ドルガンは照れ隠しにその頭を軽く小突いた。
空はその様子を眺めながら、ふと気になっていたことを口にする。
「……何より元気そうでよかったが。ところで、あんたら《黒鋼の翼》の他の連中はどうしたんだ? 今回の騒動、黒鋼の翼はカイル一人しか見なかったんだが」
「ああ、それか……。全くだ、タイミングが悪すぎたんだよ」
その問いに、ドルガンは頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、当時の状況を説明した。
「俺たちはこれでも十数年やってるベテランだ。各々事情があってな、今回の長期休暇で全員バラバラの場所にいたんだ。俺は妻のいる故郷へ。エリスはエルフの里へ里帰り中。リオとミレイユの馬鹿夫婦に至っちゃ、遅めの新婚旅行で遠出の真っ最中だ」
ドルガンは遠くを見つめるように溜息をつく。
「カイルが一人でアーリスに残ったのは、リーダーとしてギルドとの調整があったからなんだが。……まさか、その隙にこんな大事件が起きるとはな。俺が報せを受けて駆けつけた時には、もう全部終わっていた……リーダーの危機に立ち会えなかったのは不覚だが、まあ、カイルのピンピンしてる面も拝めたし、俺はあと数日したらまた妻の元へ戻るさ。……エリスたちには、俺から手紙を出しておいたしな」
「はは、みんなに合わせる顔がないよ。リーダーが勝手に死にかけてたなんてさ」
カイルは頭をかきながら笑うが、その瞳には仲間たちへの深い信頼が宿っていた。
《黒鋼の翼》――カイルがリーダー、エリスが副リーダー。家族のような絆で結ばれたそのパーティーは、実力だけでなくその結束力の強さでも知られている。
しばらくの間、ドルガンの武勇伝やカイルの食欲についての他愛もない会話が続いた。
しかし、食後の茶を飲み干した頃、カイルの表情から不意に笑みが消えた。
「……ドルガン。悪いけど、少し席を外してくれないか。空と話したいことがあるんだ」
その真剣な声音に、ドルガンは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに察したように立ち上がった。
「……わかった。なら俺は、下の売店で酒の様子でも見てくるかな。病院で飲むわけにはいかんが、見るだけならタダだしな」
ドルガンはエドガーに軽く目配せをすると、病室を出て行った。
エドガーは察したかのように扉の前に立ち、周囲の気配を遮断する結界をさりげなく展開した。
室内には、沈黙が流れる。
カイルは窓の外、女王が消滅した鉱山の方向を見つめていたが、やがて視線をゆっくりと空へ向けた。
「空……。一つだけ、聞かせてくれ」
カイルの声は低く、そして重かった。
「あの時……女王に吹き飛ばされた時。俺は確かに意識を失った。魂が削り取られるような、真っ暗な闇の中にいたんだ。……でも、その意識が消える直前、俺は感じたんだ」
カイルは、自身の右手の平を見つめた。
今もそこには、空の魔力に触れたことで覚醒した、あの「金鋼」が、微かに、しかし確かに息づいている。
「俺の身体を包んだ、あの温かくて……そして、宇宙そのものみたいにデカい魔力。今の俺の傷一つない身体。そして、女王を退けたあの仮面の男。あれは、お前なんだろう? シルヴィアさんたちは気づいていないようだったけど、俺にはわかる。お前がそばにいた時と同じ匂いがした」
カイルの瞳が、空の目を真っ直ぐに射抜く。
そこには恐怖ではなく、純粋な、そして逃れようのない真実を求める意志があった。
「本当にお前は何者なんだ? ただの冒険者じゃない。人間ですらないかもしれない。……空、お前、一体何をしにこの街へ来たんだ?」
静まり返った病室で、カイルの問いが重く響く。
その問いに対し、空は否定も肯定もしなかった。
彼は窓際へ歩み寄り、復興の光に包まれる街を見下ろしながら、仮面を外した時のような、どこか物悲しくも平然とした微笑を浮かべた。
「俺が何者か、か。……カイル、お前はアリの巣を観察したことはあるか?」
唐突な問いに、カイルが眉をひそめる。
「アリ……? ああ、子供の頃にならあるが」
「アリたちが必死に巣を作り、餌を運び、敵と戦う。その姿を上から眺めている人間にとって、アリたちの苦労は滑稽か? それとも尊いか? ……人間が指先一つで巣を壊すこともできれば、砂糖を置いて救うこともできる。だが、アリにとってその指先は、理解不能な天災か、あるいは神の奇跡に見えるだろう」
空は振り返り、カイルの瞳を覗き込んだ。
「俺は、ただの暇人だ。この広い世界という庭を眺め、たまに気に入ったアリが死にそうなら、少しだけ手を貸す。……お前が俺をどう定義するかはお前の勝手だが、俺にとってお前は、少しだけ見応えのある『アリ』だった。それだけだ」
「……アリ、か」
カイルは苦笑した。
普通なら激昂するような物言いだが、空の口から出ると、それが冷酷な蔑みではなく、絶対的な事実としてスッと腑に落ちてしまったからだ。
「神様気取りの暇人、ってわけか。……全く、お前みたいな奴が隣にいたら、俺たちの努力が馬鹿馬鹿しくなるぜ」
カイルは再びベッドに背中を預け、天井を見上げた。
「でも、感謝してるよ。……あの力がなければ、俺は今頃土の下だった。……空、お前が何者であっても、俺はお前を友人だと思ってる。」
「友人、か。……エドガー、聞いたか? 俺に友人ができたそうだぞ」
空が揶揄するように言うと、扉の前で控えていたエドガーが恭しく一礼した。
「左様でございますか。空様の長い旅路に、新たな色が加わったことを、心より喜び申し上げます」
「はは、執事様も相変わらずだな」
カイルは笑い、そして決意を込めた目で言った。
「空。俺はもっと強くなるよ。お前のその『指先』にいつか届くくらいにな。……この命、いつかお前の役に立つために磨いておくよ」
「ああ。期待してるよ、『黄金の戦士』様」
空はそう言い残し、エドガーと共に病室を後にした。
病院を後にした空とエドガーは、アーリスの冒険者ギルドに向かっていた。
そこには、ラグンとその家族が保護されている。
「さて、あれから数日。ラグンに贈った『プレゼント』が、どうなっているか見ものだな」




